第87話 休日の裏で
──王都アシュトニア 七番街
「「「ダハハハッ」」」
狭い路地をガラの悪い連中が歩いていた。横に広がっており通行の邪魔となっている。
前から歩いてきた青年は、彼らにぶつからないよう道の端に寄った。
「…………」
邪魔くせえんだよクズ共が。道を開けた青年は、心の中でそう吐き捨てる。
とはいえそれで突っかかるほど無思慮でもなく、黙ってやり過ごした。
そうしてわだかまりを抱えたまま帰り着いた自宅の、その扉の前に一人の人間が立っていた。灰色のローブで全身を覆った不審者である。
「待っておりましたよ。クラーヴさん」
「っ……!?」
不審者が自身の名前を知っていたことに息を呑む青年。
そんな彼に構わず、不審者は言葉を続ける。
「私にはわかります、あなたに燻る鬱憤が。この宝玉に魔力を込めなさい。そうすればあなたは願望を叶える力を得られるでしょう」
それだけ言うと強引に紫の宝玉を渡し、角の向こうへ逃げるように消えて行った。
「な、何だったんだ、あいつ……」
そんな不審者を見送った青年は、ふと手元の宝玉に視線を落とす。
これが何だか分からないが、妙に惹き付けられる。
「力を得られる、とか言ってたが……」
ゴクリ、と生唾を呑みこんだ。
◆ ◆ ◆
多くの《迷宮》を抱え他都市とは比較にならないほど潤っている王都。だが、人が人である以上、貧富の格差は存在し、治安の悪いスラムも生まれる。
そこは、女子供が攫われるのも日常茶飯事な、王都の危険地帯である。
「ふんふんふふーん♪」
そんなスラムを鼻歌混じりに歩く少女がいた。
獣耳をピコピコさせる彼女は見てくれも良く、気配もとても弱いため、そんなことをしていれば必然的に怪しい者達に目を付けられる。
「いよォ、嬢ちゃん。一人でお散歩かい?」
「そうだよ。王都に来たばかりで色々見て回ってるんだ」
「おうおう、この辺りは悪ーい奴がよく出るからよ、一人でいると危ねーぜ。どうだ、俺が安全なとこまで連れてってやろうか?」
「ありがとー。じゃあお願いするね」
少女はにこやかに言った。
任せとけ、と口にした男は、心の中で嘲笑っていた。しめしめ、世間知らずの田舎者を捕まえられたぞ、と。
しばし路地を歩き、辿り着いたのは一軒の廃屋。明らかに管理が放棄されている外観で、いかにも不良が寄り付きそうである。
そんなところへ平気で招き入れる男と、気にせず入って行く少女。
「へへっ」
バタン。少女が足を踏み入れた途端、男が扉を閉めた。
中でたむろしていた不良達がそちらに向き直り、問いかける。
「なんだぁ? その女」
「そこを歩いてたから声かけたら、面白ぇくらいノコノコ付いてきたんだよ」
「でかした! ヒッヒッヒ、運が悪かったな、女ァ。ま、俺達だって鬼じゃねえ。優しく」
「《スカ―ロア》」
少女は微笑みを崩さないまま、《スキル》を発動させた。瞬間、不良達の全身を無比の恐怖が貫いた。
つい今しがた扉を閉めた男も、男の話を聞き舌なめずりしながら近寄ろうとしていた者達も、誰もが立っていられない。
膝を震わせその場に崩れ落ちた。
《スカ―ロア》の与える威圧感は使用者の力に比例する。S級すら凌駕する力量の少女が使えば、それは本来の使い手以上の恐怖をもたらす。
そんなものが、ただのゴロツキに耐えられるはずが無かった。
「面倒なのは嫌いだからさ。《パペットスレッドプレンティ》、《ドミネイトマインド》、さっさと質問に答えてね」
「ん?」
王都のスラムにおいて一大勢力を築いている男はその日、おかしな気配に気が付いた。
「どうしたんすか? 頭目」
「そこそこの規模の集団が近付いてきてるみてぇだ」
「えっ、ヤバくないっすか?」
「いや、この程度の奴らなら俺一人で壊滅させられる。問題はねえ」
自信満々に言う頭目に、周囲の部下達はほっと息をつく。他所の街でA級冒険者をやっていたという頭目の実力を、彼らは信頼しているのだ。
「たのもー」
集団が彼らの元に到着した。先頭の少女が気の抜ける声と共に扉を開け放つ。
「なんだぁ? 嬢ちゃ」
「はいはい、《スカ―ロア》」
面倒くさそうに使われた《スキル》で、ほとんどの者が行動不能に陥った。
数少ない例外である頭目は、弾かれたように立ち上がり大剣を構える。
「あなたが頭目だね。ちょっと聞きたいことがあるんだけど」
「いきなり威圧をぶっ放すような奴に答えるこたぁねえ」
「そう言わずにさ」
「フンッ」
床を砕くがごとき強烈な踏み込み。そのエネルギーを刃に乗せて、頭目は大剣を振るう。
豪速で放たれた斬撃は、少女の体を素通りした。
一拍の後、少女の
「《幻想身》、あなたはもっと《抵抗力》上げたほうが良いよ。《酔生夢死》」
「ガっ!?」
剣術一本でのし上がった彼は、《レベル》の割に《抵抗力》が低い。それでも、格下の《状態異常》ならほぼ無効化できていたのだが、今回は相手が悪かった。
そっと触れた少女の手から、強力なデバフが注入される。
ブレる視界。裏返る天地。頭目の意識は混濁し、昏倒した。
「パペスレ、ドミマイ、ほい終わりっと。頭目さん、魔神教団って知ってる?」
「知らない」
「悪魔や《封魔玉》を配ってる人達に心当たりは?」
「無い」
「じゃあ最近、おかしなことない?」
「黒いオーラをまとった者に襲われたとの報告が、何度か上がっている」
「そう、それだよ。なら──」
それからもいくつか質問を続けた少女。
やがて聞きたいことを聞き終えると、《酔生夢死》と《ドミネイトマインド》を解除した。
頭目は意識を取り戻し、しかし《傀儡化》が残っているため身動きは取れない。
「これからあなたとその手下には魔神教団について調査してもらうよ。でも、何も無しじゃあやる気が出ないかもしれない。だからね──《釘刺し》」
新たな《スキル》を発動する。
半透明の釘が二本、空中に現れ、一本がリーダーの額に、もう一本が近くの机に突き刺さった。けれど不思議なことに、机にも額にも傷は一つも付いていない。
「いい、机をよぉく見ててね」
頭目の視線をそちらに向けさせた少女は、もったいぶった仕草で指を鳴らした。
すると、先程釘が刺さったところに穴が開いた。
「私はいつでもこれと同じことが、あなたのおでこにもできる。またその内に成果を聞きに来るから、私を満足させられるよう死ぬ気で頑張ってね」
「あ、ああっ、ああ!」
少女が《傀儡化》を解除すると、頭目はもげそうな速度で首を縦に振るのだった。
◆ ◆ ◆
「え~、オリヤさん、騎士なんですかぁ~」
「そうなんすよ。今日も危険人物を監視してて」
「キャー、すごぉーい!」
三人の女性に囲われて歓楽街を歩くのは、蛇の団の騎士オリヤだ。
とある任務についていた彼は、彼女達と出会ったことで任務を中断。現在は彼女達に連れられてお店に向かっているところだ。
「私ぃ、オリヤさんがどんなことしてたか知りたぁい」
「しょうがないっすねぇ。オイラが見張ってたのは」
「──貴様何をしている」
そこへ、冷や水を浴びせるような声が投げかけられた。
ぎぎぎぎ、と錆びた人形の如きぎこちなさでオリヤが振り返ると、そこには彼の上司の姿が。
「た、隊長……。こんなところで何をされて……」
「巡回任務中だ。それより私は何をしているのかと問うたはずだが」
オリヤを囲っていた女性達(及び護衛の男性)はススス……、とフェードアウトして行き、彼は怒れる隊長に一人で向き合うこととなった。
「あの冒険者は協力的だったがまだ情報を持っているかもしれん。故に顔の割れていない貴様が彼を尾行し、可能なら情報を探り、それが無理でも住所を特定しろ。そう《念話》で命じたはずだが?」
「それはその……やむにやまれぬ事情がありまして……」
「ほう? 話してみろ」
「……それは……そう、飛んだんですよ! 路地裏でいきなり、バーッて。それで尾行は無理になってしまいました」
さすがに厳しいか、と思いつつもそれ以外に理由が思いつかなかったオリヤ。案の定、隊長の追及は緩まない。
「ほう、尾行に勘付かれたということか?」
「え……いえいえ! それはないです! ちゃんと《ユニークスキル》で隠れてたんでよっぽど《気配察知》を鍛えてない限りはバレてませんよ」
「ふむ。だがどちらにせよ、屋根や路地を全力で駆ければ追うこともできたはずだ」
「…………」
ダラダラと冷や汗を流しながら目を逸らす。言い訳は浮かんでこなかった。
「……まあいい、私の巡回に随行せよ。それが終われば訓練場だ。その腐り切った性根を一から叩き直してやる」
「了解であります……」
華やかな歓楽街とは対照的な沈み切った心境で、騎士オリヤはとぼとぼと隊長に付いて行くのであった。
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