第13話 《小型迷宮》

 打ち合わせを終えマロンと別れた俺は街の中央にある図書館にやって来ていた。

 それなりの入館料を取られたがこの世界の本の価値を考えれば安いものだ。

 司書っぽいお爺さんに「汚したり破ったりしたら鉱山送りにしてやる」と脅されながら目的の資料を探す。


「あったあった」


 図書室の二倍くらいの広さだが綺麗に整頓されていたのですぐに見つかった。

 手に取った分厚い本の書名は『大魔術図鑑』。パラパラとめくってみたが〈魔術〉についてまとめた本で間違いないようだ。

 椅子に座り目次を開く。ここへはどんな〈魔術〉があるか調べに来た。ググれりゃ早かったがスマホはないからな。


 〈魔術〉の持つ神秘性だとか魔術師としての心構えだとかの講釈が終わり〈魔術〉紹介のページに入った。

 その〈魔術〉の効果に始まりどれだけの魔力が必要か。どのくらい集中しなければならないか。再使用までどれほど空ければいいか。応用的な使用法に『前提属性』。そういったことが丁寧につづられている。

 どの《魔術系スキル》から鍛えるべきかの指標になり、敵に〈魔術〉を使われたときの対策にもなる。大変ためになる一冊だ。


 ちなみに『前提属性』というのはその〈魔術〉を発動するのに必要な《魔術系スキル》のことだ。

 たとえば《中級魔術:ファイアアロー》の『前提属性』は《火魔術(中級)レベル4》と三属性水・土・風の《中級レベル1》である。

 《水魔術》の《スキルレベル》が高いほど精度が、《土魔術》が高いほど耐久度や射程が、《風魔術》が高いほど速度が、そして《火魔術》が高いほど威力が増しまた総合力も底上げされる。


 このように大抵の《魔術》は四属性の《中級》以上が『前提属性』とされている。

 これが四属性を《中級》にしてからが魔術師のスタートとされる所以である。


 〈上級魔術〉編まで読み終えたので一旦休憩する。背もたれに体重を預け瞼を閉じる。経年劣化で汚れていて読みづらいため少し眼が疲れた。

 《上級》より上、つまり《特奥級》以上の〈魔術〉については今は調べなくてもいいだろう。取り敢えずはこれまで見た中で覚えたい〈魔術〉と警戒すべき〈魔術〉を整理していく。


 それから何度か読み返したり他の本を手に取って見たりしてその日は閉館時間まで粘って勉強した。




 翌日。

 俺は街の南東部に位置する《小型迷宮》広場に来ていた。外周部に様々な店が並ぶ広場の中心には《小型迷宮》の入口である大きな扉が立っている。

 いや、板の部分が無く外枠だけのそれは扉よりもアーチと呼んだ方が正確かもしれないが。


「あっ、こっちだよリュウジ君~」


 広場の片隅に居たマロンが俺を見つけて声をかけて来た。


「教えてもらう立場だってのに待たせてスマン」

「いいよいいよ、まだ八時なってないし。それより早速行ってみよう」


 マロンに連れられて大きな扉の前まで歩いていく。


「そういや《迷宮》に入るのに何が必要かって分かってる?」

「ああ、冒険者証と通行料だろ」

「正解」


 《小型迷宮》に入れるのはD級になってからなので身分確認のために冒険者証がいるのだ。

 見張りをしている兵士に冒険者証を見せ通行料も払い大きな扉を通り抜ける。


「おお……結構広いんだな」


 内部は大きな螺旋階段になっていた。左回りで数段ごとに踊り場がある。

 上を見上げると発光する高い天井が目に入る。明かりはしっかり確保されているようだ。


「まずは一階層だね」


 軽い足取りで段を上るマロンに続き最初の踊り場にやって来る。踊り場の左側の壁には入口にあったようなアーチが取り付けられていた。入口のほどではないがこれも非常に大きい。

 だが俺は扉ではなく螺旋階段の方に手を伸ばす。空中を進んだ手は途中で見えない何かに阻まれ止まった。

 ペタペタと何度か触ってみる。力を入れてもビクともしない。熱くもなく冷たくもない。見えない空気の壁がそこにはあった。

 けれど他の冒険者達は壁などないかのように俺の横を通って何事もなく上っていっている。


「やっぱり気になる?」

「ああ、本当に進めねぇんだな」

「うん、ちゃんと一階層ずつ攻略しないとね」


 その不思議な手触りを一頻り確かめてから扉の方に向き直る。


「さ、この扉の向こうはもう魔物の領域だよ。気を引き締めてね」

「おう、《双竜召喚》」


 小竜達を呼び出し準備を整える。そうして二人と二匹で扉をくぐると蒸し暑い空気に出迎えられる。

 強さを増した天井光と高い湿度の相乗効果で暑さ指数が急上昇だ。マメな水分補給が求められる。


「森、か?」

「そーだよー」


 扉の先はさながら熱帯雨林であった。並ぶ木々には蔓が巻き付き雄大な植物があちこちに生えている。

 扉の周囲は更地で遮蔽物も無いが一度ひとたびジャングルの中に踏み入れば不意打ちを受け放題だろう。


「索敵はマロンがしてくれるんだよな?」

「うん。私の《ビーストボースト》に任せてよ」

「ああ、頼んだ」


 彼女の《ビーストボースト》には《気配察知》や《潜伏》を強化する効果がある。

 一応俺も《竜の体現者ザ・ドラゴン》によって気配に敏くなってはいるが未だ《気配察知》も取れていないし不安が残る。ここは経験者を信じよう。

 その彼女は槍を振り回し茂みをばっさばっさと切り拓いている。俺は小竜と一緒にその数歩後ろを黙々と付いていく。

 しばらく進んだところでマロンが立ち止まる。


「十一時から二体」


 十一時、というのは敵の来る方角だ。進行方向を十二時としたとき、時計の短針が指す方を示している。今回は左中間の位置だ。

 小竜を一匹、前に出させ戦闘態勢に入る。

 ガサガサと茂みを揺らして出てきたのは二匹の鼠だ。《レベル》はどちらも十一。体高は俺の膝くらいまであり鋭い牙が口から飛び出ている。

 奴らが最初に目を付けたのは前衛の小竜だった。二匹が一斉に殺到する。


「グラァウッ!」


 だが小竜は牙鼠二匹を体当たりで蹴散らしそのまま爪で引き裂いて一匹を屠り、もう一匹はマロンが槍で刺し殺した。


「いやー強いねぇ、ドラゴンちゃん。一階層では敵なしじゃないかな」

「まぁ一階層だしな。うちの小竜達にゃ朝飯前だ」


 《迷宮》の魔物は階層によって《レベル》が変わる。《小型迷宮》の一階層なら《レベル》は十一か十二のどちらかだ。この程度の相手には苦戦するはずもない。

 そうこうしていると目の前の鼠達の死骸が消え去り代わりに牙が残された。


「普通のドロップだね」

「へー、マジで消えんだな」


 ぼやきながら《ドロップアイテム》をポーチに詰める。

 《迷宮》魔物は死ぬと《ドロップアイテム》を残し死体は消え失せる。《迷宮》魔物は《迷宮》に召喚されているためこういうことが起こるらしい。小竜達が死んだら死体が光になるのと同じようなことだ。


 その後も何度か魔物達と交戦しその度に小竜に無双させながら進んでいると強い魔力を感じ取った。俺達はその魔力に向かって行く。

 そうして見えてきたのは大きな赤い宝石だった。半ば木にめり込むようにして存在しているそれがこの魔力を放っているようである。


「あれが《階層石》だよ」

「普通に魔力を込めたんでいいんだよな?」

「うん。周りに気配もないしちゃっちゃとやっちゃって」


 促されるまま《階層石》と呼ばれた赤い石に歩み寄り魔力を込める。すると《階層石》はピカッと赤く光った。


「これで一階層は攻略完了だね。戻って二階層に行こー」

「おー」


 来た道を引き返し踊り場まで戻ってくる。そして再び螺旋階段に向かうと先程の空気の壁は存在せず上ることができた。

 《階層石》に魔力を込めたため先に進む資格を得られたのだ。

 続けて第二階層の扉をくぐる。この調子でどんどん攻略していこう。

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