第30話 竜騎兵、家を買う(内定編)
昨日、C級冒険者になるというとりあえずの目標を達成した俺は、次に何を目指すか考えた。
C級の次なのだからB級を目指すのが自然であるし実際B級になることも目標の一つではある。
けれどそれにプラスしてもう一つ、目標を立てた。それが新居の購入だ。
現在俺は宿屋を仮住まいとしている。
この世界の宿屋の宿泊代は前世のホテルほど高額ではないがそれでもやはり出費は嵩む。
《中型迷宮》の近くの宿屋に越し来てからはなおさらだ。
だから家が欲しい。家に土地とどちらも高い買い物にはなるが買ってしまえば後は税金等がかかるだけで維持費はずっと安く済む。
この世界は戸籍の管理が緩いのでお金が払えるなら他のことは購入の障害にはならないようだしな。
「まあ! そのお年でC級冒険者なのですか。そちらの席へおかけ下さい」
促されるまま椅子に座り店員さんと机を挟んで向かい合う。
店員さんが資料を提示した。
「《中型迷宮》を中心に活動されているのですね。でしたらこちらの物件などいかがでしょう」
「《迷宮》にもギルドにも近くていいですね。あー、でもちょっと値段がな……」
街の地図と不動産の資料を見比べながら店員さんに相談に乗ってもらう。
二人パーティーで活動しているため四人パーティーよりも稼ぎはよく、蓄えも少々あるが、家を買う予算としては心許ない。
今回は必要金額の調査のつもりで来たし、買うとしても分割払いになるだろう。
いくつかの物件を紹介した後、店員さんは渋々といった様子で新しい資料を取り出す。
「こちらはあまりお勧めできないのですが、一応条件には合致しておりますので……」
おずおずと差し出された資料を受け取り、記された内容を読んでいく。
平屋建てだがこれまで紹介された物件と比べて特別狭いというわけではない。小さいながらに裏庭もある。だというのに値段は半額以下だ。
《迷宮》からもギルドからも微妙に遠く貧民街に近いという立地を考慮してもこれは破格すぎる。
いったいいかなる理由があるのか、戦々恐々としつつ訊ねてみる。
「実は……出るんですよ」
「出る? 何がです?」
「……幽霊が、です」
真顔でそんなことを言う店員さん。冗談を言っている雰囲気ではない。
が、まるっきり信じているという風でもなく半信半疑の感がある。
「それは幽霊の魔物が出るということですか? スケルトンみたいな」
「いえ、そうではありません。怪奇現象と言いますか、物が無くなっていたり変な音が聞こえてきたり、とにかくそういうことがあるそうです」
私は信じていないのですが、と付け加えて彼女は言う。
「この家の元々の持ち主が魔物に殺されていることもあり、幽霊が憑いていると噂になっております」
「それは空き巣なんかに狙われているだけなのでは?」
「そう思われた方が知り合いの冒険者を雇って調査したそうですが何もわからなかったそうです。音は確かに聞こえるのに気配がなく不気味だと」
「相手が《潜伏系スキル》を持っていたのではないですか?」
「さあ、専門的なことは分かりかねます。しかし既に三度家主が変わっていることはご承知ください」
店員さんはきっぱりとそう言った。文句を付けられたことでもあったのかもしれない。
「そうですね、一回見に行ってもいいですか?}
「問題ありません。今から向かわれますか?」
「はい」
そういう訳で店員さんに連れられて
土地勘があるのだろう、迷いのない足取りですいすい進む店員さんについていくと目的地にはすぐに着いた。
「鍵を開けますね」
案内された家は想像よりも綺麗だった。失礼ながら結構なボロ家を想定していたので少し意外だ。
お世辞にも新築には見えないがきちんと手入れが行き届いている。
家の中に入る。靴は脱がない。この世界ではこれが一般的だ。
部屋を見て回る、と言っても部屋数は多くないので時間は大してかからない。
「いかがでしょう、一通り見て回ったご感想は」
「良いんじゃないですかね。部屋も揃ってますし一人で暮らすには広さも十分です。裏庭は少し緑に溢れてましたが室内は綺麗に掃除されてますし例のことが無ければ是非契約したいですね」
幽霊は現れていない。未だにラップ現象もポルターガイストも起こっていない。
実際に見てみれば原因がわかるかも、と思っていたのだが。
「まあそのためにはまずお金を貯めないといけないのですが」
「それでしたら賃貸にしてはいかがでしょうか」
賃貸か、考えてなかったな。
宿屋暮らしから脱却するために来たので持ち家にする必要はない。そもそもここに永住するつもりもないのだからそちらの方がコスパもいいか。
そう考えた時だった。
ドン! 壁から音が聞こえた。
「……まさか」
ドン! 今度は天井から。
ドン! ドン! ドン!
家のあちこちから何かを叩きつけるような音がしだした。反射的に《気配察知》を発動させる。
「ヒィィィっ。ゆ、幽霊だ! 早く帰りましょうお客様っ」
「……一旦外に出ましょうか」
音に追い立てられるようにして俺達は家の外に出る。
「少しここで待っててください」
扉から出た俺は店員さんにそう言うと再び家に向かって駆け出す。
助走をつけて屋根に飛び乗り奥の庭に降下。
雑草を踏みしめ壁際の茂みに近づいて行く。進行方向にある茂みの一つが動いた。
「おっと」
頭を下げる。ヒュッと空を切る音が頭のすぐ上を過った。
「《気配察知》は生物とか動いている物体とかに反応する。中でも攻撃の気配には鋭敏だ。これまでは音を立てるだけだったから気付かれなかったんだろうが──」
足を止める。目の前を見えない攻撃が通過した。
「──直接狙われるのなら簡単にわかる」
実のところこの攻撃は威力が低いので避けるまでもないのだが。
本で読んだ知識を披露しながら茂みの前まで来た。そこに潜む気配はまだ動こうとしない。
茂みの大きさからして相手は子供だろう。それを無理やり引きずり出すのはなぁ、と躊躇する。
店員さんも待たせているし時間はかけられないがまずは待ってみる。今の内に鑑定もしておこう。
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人間種―
個体名 レン
年齢 7
スキル 火魔術(下級)Lv4 水魔術(下級)Lv6 気配察知Lv3 潜伏Lv4
称号 サイキックLv3
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「……っ」
《個体名》に驚かされたが一旦置いておく。それより今は《潜伏Lv4》だ。
《潜伏》未所持の俺が偉そうに言えることではないが、この歳にしてはなかなかの練度である。
予想していた通り、これが以前雇われた冒険者に見つからなかった理由だろう。
俺は《称号》で《気配察知》が強化されているため発見できたが本来、《スキルレベル》が同じなら《潜伏》の方が優位なのだ。
それからどうやってあの現象を引き起こしていたのかだが、
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《サイキック》 ランク4:超能力を操る者の称号。
Lv1 特殊な力場を発生させ攻撃したり物を動かしたりできる。
Lv2 思念で通信できる。
Lv3 視界外の光景を見ることができる。
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《サイキック》は超能力を使えるようになる《称号》のようだ。どの効果も便利そうである。魔力を使わず発動できるのもいい。
これを使ってこれまでの住人を脅かしていたのだろう。
そんな風に鑑定結果を吟味していると気配が動いた。
ガサガサと茂みが揺れ、中から出てきたのは──。
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