第31話 竜騎兵、家を買う(契約編)
茂みの中から出て来たのはぼさぼさの髪が目元までかかった子供だった。
その子、レンと話をして、それを終えた俺達は一緒に家の前まで戻って来た。
「店員さん、お待たせしました」
「とんでもございません。ところでそちらの子は?」
「順を追って説明しま……と、その前に。家の中に入りましょうか」
前の住民が残していったリビングのテーブルで店員さんと向かい合う。レンは俺の隣に座った。
リュックを脇に下ろし、レンから聞いた話を伝えていく。
事の起こりは一年前、レンの両親が亡くなったことだった。夫婦で冒険者をしていた二人が同時に死亡し、残されたレンは親戚に引き取られることとなった。
しかしその親戚が問題だった。ご飯抜きは当たり前、亡くなった両親の悪口も言うし暴力を振るうこともあったそうだ。
それに耐えられなくなったレンは親戚の家を飛び出した。親戚の家はメルチア内でこそあるものの、それまで住んでいたのとは別の地区にあったため、アテもなく街をさまようことになったという。
夜に子供が一人でいれば衛兵が保護しそうなものだがそこは《潜伏》と《気配察知》、それから超能力でやり過ごした。
そのようにしてさまよい続ける内に偶然、実家を見つけた。今となっては唯一の、レンと両親を繋げる思い出の場所。
けれどそこには既に新しい住人が居た。悩んだレンは住人に黙って屋根裏で生活を始めた。超能力があれば住人の目を盗んで暮らすのはそう難しくはなかったという。
そんな暮らしがしばらく続いたが、レンの生活音や食料が減っていることを気味悪く思った前の住人は出て行ってしまった。そのことから幽霊の振りをして脅かし住人を追い出す手法を思いついたのだそうだ。
そうして住人が来る度に追い出していたある日、俺がやって来たというわけだ。
「──ということだったそうです」
聞いたことを全て話した。
レンの話をまとめただけであり、当然ながらレンから見たらの話になるので全面的に信用することは出来ないが。
「それで、その子はどうされるのですか?」
「とりあえず詰所に連れて行こうと思います」
レンはれっきとした犯罪者だ。食料を盗まれたり家を手放すことになったりした被害者達を思うと野放しにすることはできない。
それに──。
「それがよろしいでしょう。まだ幼いですし衛兵達も
「…………」
店員さんは同情するように隣のレンを見てそんなことを言う。子供なので軽い処罰で済むだろうという打算が見透かされたようで少しドキッとした。
なお、言われた当人はそっぽを向いてだんまりを決め込んでいる。人見知りするタイプらしい。
それからこの家を借りたい旨を伝えた。
幽霊騒動を解決したお礼も兼ねて料金は据え置きで契約してくれるそうだ。
「それでは店舗の方でお待ちしております」
「はい、こっちが済んだらすぐに行きます」
店員さんと別れ詰所に向かう。最寄りの詰所はかなり近いところにあるらしく迷わず行けそうだった。
「……約束、ちゃんと守ってよ」
「もちろんだ、心配すんな。だからお前も逃げるんじゃないぞ」
店員さんが去ったことでレンが口を開いた。暗い口調で語られた言葉に力強く答えてやる。
「本当にお母さんとお父さんのお
「ああ、もちろんだ」
裏庭でレンから話を聞いた俺は一つの契約を持ちかけた。
それはレンが衛兵に自身の行いを白状することと引き換えに、将来、レンが真っ当な手段でお金を稼げるようになったらこの家を譲るという物だ。
そんな契約が無くとも強引に連行することはできたがレンの境遇を聞いて胸が痛んだ。偉そうな言い方をすればいじらしい様子に憐れみを感じた。
それから名前だ。”レン”というのは俺の旧友と同じ名前で、何となく放っておけなかった。こっちはあまり強い要因ではないのだが。
とにかく。そういうわけで俺は契約を持ちかけ、少々の口論の末、出所したら孤児院ではなくあの家に居候させるという条件も追加された契約を結ぶこととなった。
あの家は腰掛けのつもりだったので譲ったところで大した問題ではない。
また、元は三人家族が住んでいただけあってそれなりに広いので子供一人を泊めるスペースは十分にある。
出所までにレンの分の家具などを用意する必要もあるがそこは追々集めればいいだろう。
「でも勘違いするなよ、あの家は俺の物だ。もうお前の両親の物じゃないんだ」
少しキツイ物言いになってしまうが今後のためにもここハッキリ伝えておいた方がいいだろう。
「これまでだってそうだ。ちゃんとお金を払って買った人があの家の持ち主だったんだ。どんな事情があったにせよ、無関係の人から物を奪おうするのは悪いことだぞ」
「……うん」
隣を歩くレンが俯きがちに頷く。少し話してみてわかったのだがこの子は自己主張が弱いきらいがある。
最初こそ反抗していたものの家を返すと約束してからはずっと黙るか頷くかだ。
こちらの機嫌を損ねないようにしているのか、それともこれが元来の気質なのか。早くに両親を亡くし引き取られた先で虐待を受けていたことも関係しているのか。単に俺が怖がられているだけかもしれないが。
そんなことを考えていると詰所に着いた。
「すいませーん」
軽い調子で入りレンを衛兵に引き渡す。こうこうこういうわけで連れて来ましたと伝えた俺は、レンが聴取を受けている間に他の衛兵から話を聞くことにした。
「レンって子の
「取り調べを受けてる子だな。虐待で家出したとか言ってたか。ちょっと待ってろ、今調べてくる」
そう言って奥に引っ込む壮年の衛兵。手持ち無沙汰で待っているとすぐに帰って来た。
「無かったぞ。週一でメルチア内の事件情報は共有してっからここに無いなら他の
「そうですか。ありがとうございました」
レンと言う名前は鑑定で確認した。実はレンが高位の《ステータス偽装》能力を持っているのでない限りこの情報に間違いはない。
そのレンの失踪届が無いのならば、その親戚は子供が行方不明になっても気にしない冷血な人物と見ても良いだろう。
親戚には偽名を伝えた、親戚の家は他の街にある、実は親戚を殺害してレンは逃亡している等々、仮説ならいくらでも立てられるがそれら全てを精査していてはキリが無い。
ここは子供の無垢さを信じよう。
そうして衛兵のおっさんと話しているとレンと担当の衛兵が出て来た。どうやら聞き取りは終わったようだ。レンは拘束の一つもされていないが子供だからだろうか。
二人が近付いてくる。
丁度いい、出所したら迎えに行く予定なのでいつ頃になるか訊いてみよう。
「レンの刑期はどれくらいになりますか?」
「刑期? いや、もう説教は済ませたぞ」
「え……? 少年院とかに入れないんですか?」
「ああ、子供のやったことだしな。衛兵の立場で言いたかないがこの程度の奴を一々ぶち込んでたら牢が幾つあっても足りない。被害者が名乗り出りゃぁまた違うんだが生憎どこの誰だかさっぱりだしな」
「そうですか……」
この世界は思っていたよりヘヴィーらしい。こんなに平然と流されるのはそれだけ少年犯罪が多いということだろう。
転生して以来あまり困窮していないせいで認識が甘かった。
そして俺は今、不動産屋へ続く道を歩いている。
「約束、守って! 家、住ませて!」
出所したら居候させるというのには刑期を終えるまでに色々と準備をしておくという意味があった。それがまさか日帰りになるとは。
日本基準で考え安請け合いした俺の落ち度である。
どうしよう……。
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