第32話 竜騎兵、家を買う(支払い編)

「風呂を出たらこの服に着替えるんだぞ。お湯に浸かる前に体をしっかり洗えよ」

「うん」


 レンに入浴料と買ったばかりの服を渡し銭湯に送り出す。俺は不動産屋に向かう。


「お待ちしておりました、お客様」


 店では店員さんが契約の準備をして待ってくれており手続きはスムーズに進んだ。契約はつつがなく終わり敷金を支払い家の鍵や書類等を受け取り不動産屋を後にした。

 銭湯に戻りレンと合流する。


「早くお家行こ」

「その前に色々買わねーと。あの家、無いもん多いからな」


 店を回って家財道具を揃えて行く。幽霊値引きのおかげで貯蓄はまだまだ残っているのだ、

 棚や机などの重めな家具のいくつかは前の住人が置いて行った物があるが、それ以外にも必要なものは数多い。

 リュックをパンパンにし、両手にも荷物を持って家までの道を歩く。この辺りの道は分からないのでレンが案内人だ。

 そのレンはテレキネシス力場を作る超能力で荷物をふよふよと浮かべて運んでいる。皿やコップが浮き沈みを繰り返している様はなかなか心臓に悪い。

 普段なら落ちそうになってもキャッチできるのだが生憎今は手が塞がっているので小竜を頼ることになるだろう。街中で出すと驚かれそうなのでできればしたくはないが。

 レンがヘマしないことを祈っている内に家に着いた。レンに鍵を開けさせ中に入る。荷物を机に下ろした。


「それじゃあ手分けして置いてくか」


 こくりと頷くレン。家具や生活必需品などを二人で片付けていく。レンもテキパキと働いてくれたおかげですぐに終わった。


「お疲れ。次は部屋割りを決めるぞ。どこを使いたい?」


 この家には個室が三つある。一つは物置にするとして残り二つを俺とレンで分けるのだ。


「ここ」


 レンはリビングの向かいの部屋を選んだ。即決だった。

 残る二部屋の内広い方を物置に、狭い方を俺の部屋にして部屋決めは終わる。


「ときにレン、料理はできるか?」

「無理」

「奇遇だな、俺もだ」


 ……夕飯の食材を買う前に気付けて良かった。




「夕飯を分けてくださりありがとうございます、アマグ院長」

「気になさらないでください。食材も多めにいただきましたしリュウジさんには以前助けていただいた恩がありますから」


 悩んだ結果、その日の夕飯は孤児院で食べることになった。普通に外食することも考えたのだが費用や今後のことを鑑みるとこちらの方が都合がよかったのだ。

 配膳などを手伝い子供達と一緒にご飯を食べる。孤児院には長いテーブルが二つもあり、俺達が座ってもまだ数席余裕があった。

 食後、アマグ院長と一緒に皿洗いをしながら話を切り出す。


「明日からなのですが、俺が《迷宮》に行ってる間、レンを孤児院に預けてもいいですか?」


 それはレンの面倒を見て欲しいというお願いだった。

 聞けばレンには趣味などは無いらしく俺が居ない間の予定も空いているそうだ。ならば孤児院で他の子達と一緒に過ごしてはどうかと提案したところ賛同してくれた。

 レンは人と話すこと自体に不慣れだ。俺と話すときも言葉が途切れ途切れだった。ある程度管理された場で他人と関わる経験を積むことは将来の役に立つはずだ。


 それに上手く行けば友達ができるかもしれない。

 追い詰められると人間はどうしても視野が狭まる。簡単な解決策があるのにそれを見つけられなくなったりする。

 なのでどうしようもないような困難に直面した時でも友人の手を借りるとあっさり解決することもある、というのは日本に居た頃の経験で痛いほどよくわかっている。

 特にこの世界の社会制度は未成熟だ。人と人との繋がりは一層大切にすべきだろう。


「ええ、構いませんよ。いっそのことウチにずっと預けていただいても良いですし」

「いえ、そこまでしてもらう訳にはいきません。それに──」


 俺はレンの事情を説明していく。細かい部分は端折はしょって両親を喪ったことと親戚の家で虐待を受けたこと、両親と住んでいた家に固執していてそれが俺の買った家だったことを話した。

 話を聞いたアマグ院長は悲しそうに目を伏せる。


「そうでしたか……。何か困ったことがあれば何なりと仰って下さい。子供達と関わって来た経験は人一倍ありますので」

「はい、そうさせてもらいます」


 レンの使える超能力のことも伝えたところでちょうど洗い物も終わった。レンの昼食代も含めた寄付金を渡し、院長と共に子供達の元へ戻る。


「よーしレン、帰るぞ」


 フレディと話していたレンに声をかける。「またな、レン」「うん」というやり取りの後にレンがこちらにやって来た。

 俺の頼みを聞いてレンの話し相手になってくれていたフレディに感謝の気持ちを込めて手を合わせておく。フレディは気にするなと言うように手をひらひら振っていた。今度何かあったらお礼をしておこう。

 夕暮れの街を歩き孤児院から我が家に帰る。我が家が近付いてくるとレンが駆けて行き鍵を開けた。家の鍵は二本貰ったので俺とレンで一つずつ持つことにしている。


「俺は裏庭で〈魔術〉の練習してっから何かあったら声かけてくれ」


 無言で頷くレンと別れ裏庭に出た。

 軽く魔力を練り上げて行く。


「〈ウィンドアロー〉」


 準備運動代わりにアロー系の〈魔術〉を地面に撃ち込んだ。十セットくらい試したところで次の訓練に移る。

 

「はー、ふー……」


 一度深呼吸してから魔力を練り上げて行く。一つを完成させたらそれを発動待機状態で維持し、そのまま二つ目の〈魔術〉も構築する。

 普段なら難なく使える〈中級魔術〉だが他の〈魔術〉の魔力を保ちながらだと難易度が別物だ。二つ目の〈魔術〉の構築工程が半分を過ぎたくらいで一つ目の魔力バランスを少し崩してしまった。


「あっ、やば」


 そちらに意識を向けた途端、二つ目のバランスも崩れる。動揺が加速する。どちらに先に取り掛かるべきか逡巡した隙に練っていた二つの魔力はぐしゃりと潰れ霧散してしまった。


「やっちまった」


 気を取り直してもう一度。先程ミスしたところは越えられたのだがその後すぐに失敗してしまった。

 三度目の挑戦、今度は一度目よりも早く失敗した。集中力の低下を感じる。

 アプローチを変えてみる。

 そもそも失敗の主因は魔力の維持への不慣れだ。ならばまずはこれを鍛えるべきだ。

 訓練計画を立てた俺は、今までと同じように魔力を練り上げる。そしてその状態で両手を頭の横に挙げスクワットを開始する。


「一、二、三」


 腰をギリギリまで落とすことを忘れず、しかし魔力の維持が疎かにならないよう意識を研ぎ澄ます。


「十一、十二、十さぁっ、ぶねぇ」


 《攻撃力》により力が増しているので疲れは全くなかったがうっかり魔力が乱れてしまった。何とか持ち直せたがもう一つの〈魔術〉を作っていたらここで失敗していたのだろう。まだまだ制御がなっていない、もっと頑張らなければ。


 その日の俺は風呂に入るときも歯磨きをするときもずっと魔力の維持をしていたのだった。

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