第74話 VS悪魔

「〈フレイムバースト〉」


 最初に仕掛けたのは俺だった。炎の球が悪魔目掛けて飛んで行く。

 対する悪魔は防御を選択した。


「〈シャドーキャッチ〉」


 マロンのツルハシを絡め取ったあの〈魔術〉だ。悪魔の前で影の手が待ち構える。

 だが、それは悪手だ。


「起爆」

「むっ?」


 影に捕まる寸前で炎球が破裂し、爆炎が周囲に広がった。〈フレイムバースト〉は任意のタイミングで爆発させられる〈中級魔術〉なのだ。

 全長一メートル以上ある影の手が爆炎を受け止めるも、指の隙間から漏れ出た炎が悪魔を襲う。


「〈ダークシールド〉」


 それも闇の盾で防がれたが、その隙にこちらは次の〈魔術〉を用意できる。


「〈フレイムブレス〉」

「〈ダークネスコクーン〉」


 次に使ったのは〈上級魔術〉だ。杖を振るって赤き火炎を放射する。この〈魔術〉は射程が短めなのが難点だが、ここまで近づけば避けられはしない。

 悪魔は闇の繭を纏い、身を守ったようだった。


 ただ、〈フレイムブレス〉は持続時間が長いので、しばらくこのまま炎が噴き出し続ける。その時間を利用して俺は悪魔の背後に回り込んだ。

 これで俺が負けない限り、町に逃げ込まれることは無くなった。こいつの所持する《スキル:悪魔の翼》は《飛行》の上位互換だが、俺を振り切れる程の速度は出せない。


「追撃よりも町を守ることを優先しますか。感心ですね」


 ぱち、ぱち、ぱち。と、軽薄な拍手をしてくれる悪魔。

 実を言うと、後方を飛ぶ飛救士や若竜達に注意を向けさせないため、という目的もあるのだが。ある程度遠回りいるはずが狙われると厄介である。

 そのことには気づいていない様子の悪魔は、両腕を大袈裟に広げて啖呵を切る。


「しかし守ってばかりでは勝てませんよ! さあ、早く攻めて来なさい!」


 膠着が続いた方が《自動再生》で傷が癒せて好都合だろうに、わざわざ挑発するとはいかなる心算か。

 いや、逆か。敢えて挑発することで、こちらを過分に警戒させるつもりかもしれない。

 となれば奴の言葉通り、攻めるのが好手だろう。


「〈ガストブレード〉」

「〈ダークネスプロテクション〉」

「〈ウィンドアロー〉」


 突風の刃が闇の障壁に当たって弾けた。間を置かず、盾からはみ出た足へ風の矢を飛ばす。

 しかし今度は浮かび上がって躱された。


「〈ゲイルジャベリン〉」

「〈クロガネシールド〉」


 そうして出てきた頭部目掛けて、突風の槍をはしらせる。が、これも失敗に終わった。

 影から削り出したかのような、黒く異質な金属の盾によって遮られてしまったのだ。

 貫通力に定評のある〈ゲイルジャベリン〉だがそれを防いでしまうとは。

 影と土の混合だろうか。知識にはないがあの影鉄には要注意だな。


「〈ドロップニードル〉、〈ウィンドパンチ〉」


 攻め方を変えてみることにした。

 あの悪魔は《土魔術(上級)》を持っている。そのために奴の防御系〈魔術〉は高性能だ。

 ならば守備に正面からぶつかるのではなく、死角から攻めて防御をすり抜けるのがいい、と考えたのだ。

 水滴の針を頭上から急速落下させ、風の拳を大きく横から回り込ませる。


「無駄な小細工です。〈ダークシールド〉、〈ストーンシールド〉」


 二つのシールド系〈魔術〉でそつなく対処された。


 その後も幾度か変則攻撃を試してみたものの、戦果は上がらなかった。

 軌道を変えられる〈魔術〉は威力が控えめな傾向にある。また、到達までの時間も伸びるため防がれやすいのだ。


 されど収穫が無かったわけではない。攻撃していく中で分かったことがある。

 それは、この悪魔は積極的に攻めてはこないということだ。

 俺が〈魔術〉を使ってから次弾を用意するまでの間隔はそこそこ長いのだが、その間も悪魔からは仕掛けてこず、その場で浮遊して待っていた。

 格下だからと舐めているのか、あるいは傷を先に治そうとしているのか。

 まあ、どちらにせよありがたいことには違いない。時間を稼ぎたいのは俺も同じなのだから。


「〈スノーストームストリーム〉、〈ゲイルジャベリン〉」

「効きませんねえ、〈ダークネスプロテクション〉、〈クロガネバルウォーク〉」


 吹きすさぶ吹雪の中を疾風の槍が駆け抜けて行った。

 果たして、吹雪が晴れた後には影鉄の防壁が現れた。

 こちらの攻撃の終了を察してかその壁も消滅し、奥から悪魔が姿を見せる。当然ながら新たな傷はない。


 相手が待ちの姿勢なのをいいことに、思い切って〈上級魔術〉を連打してみたのだがやはり駄目か。

 力押しでは厳しいと再認識する。

 正直、悪魔の防御を破る手は思いつかない……いや、距離を詰めれば可能性はあるのだが、いかんせんリスクが高い。近づいたところをズドン、とやられては世話がない。

 時間稼ぎも兼ねて、じっくり攻めて行こう。


「〈ファイアアロー〉、〈ライトアロー〉」


 一応、〈中級魔術〉を撃ってみるが戦況に変化はない。まあ、相手の攻めを牽制するための攻撃なので『変化なし』で充分なのだが。

 それからも、俺が攻撃し悪魔が防ぐという平坦な応酬がしばらく続き、そして悪魔が口を開いた。


「勢いが落ちて来ましたねえ。〈上級魔術〉は使わないのですか?」

「…………」

「そろそろ、〈フライウィング〉を掛け直す魔力も心許なくなってきたのではありませんか?」


 遠くからでもはっきりと聞こえるその声は、《悪魔の囁き》の賜物だ。声を遠くまで届かせ、交渉を行いやすくする《スキル》である。

 声を張ってまで応答する必要性は感じないためだんまりを決め込む。

 なお、役目を終えたチョコを送還した今、魔力は徐々に回復しており、現在は全体量の七割くらいまで戻っている。


「どうしてわたくしがこれまで防御しかしてこなかったのか、その理由を教えて差し上げましょう。理由、と言ってもそう大層なものではございませんが」

「〈ストーンアロー〉」

「〈ウォーターシールド〉。フフ、わたくしは、好きな物はじっくりと味わう性分なのですよ。フフフッ、擦り減る魔力に怯える顔を、自身の無力を悔やむ顔を、迫り来る死に怯える顔をッ、じわりじわりと甚振り引き出す。その過程こそがいかなる娯楽をも超える、至上の悦楽をもたらすのです! フフフフフフッ! さあ、もっとです! もっとわたくしを楽しませなさい!」


 どうやら俺が戦闘を長引かせようとしているのを、魔力に余裕がないからと解釈したらしい。

 正しくは、若竜達を呼び出せるようになるまでの時間稼ぎなのだが。


「こうして向かい合っているだけではまた〈フライウィング〉に魔力を使うことになりますよ。早く決着をつけないといけませんねえ。おっといけません、私の守りを突破できないあなたには酷な話でしたか」

「…………」


 ……ここまでの言動が全てブラフである可能性も考慮すべきなのだろうが、しかし。

 もしかしてこれ、いくらでも時間を稼げるのでは……?

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