第75話 一転攻勢
互いに攻め気を欠いた無気力試合がしばらく続いた。途中、《敏捷性》バフの効果が切れかける度に掛け直していたが、その間も攻撃されることはなかった。
この状況が、ミルクが運び終わるまで続けばよかったのだが、先に悪魔が音を上げてしまった。
「なぜ、なぜ未だに魔力が尽きないのですかっ?」
俺の放った〈中級魔術〉を躱して叫ぶ彼からは、初めにあった余裕が完全に消えていた。
あまりに退屈な戦いについに痺れを切らしたか、と舌打ちしかけたが、どうやらそういうわけではないらしい。
「防御に徹していて、しかも悪魔である
「〈スプラッシュクラスト〉」
攻撃しつつ鑑定してみたが、あちらの残存魔力はまだ俺の現在量と同じくらいだった。
結構あるじゃないかと思う一方、焦ってしまうのも何となくわかる。
悪魔は魔力回復のための《スキル》を持っていない。《スキル:魔の大器》によって最大量こそ大幅に増えているが、それだけだ。
減る一方の魔力に、不安になるのも無理はない。
「〈アイアンウォール〉、くぅっ、かくなる上はあなたを先に倒すまでですッ」
悪魔はここに至って、ようやく攻める気になったようだった。いささか遅すぎる感もあるが。
「〈ダスクブランチ〉!」
「〈セイクリッドウォール〉」
悪魔の〈魔術〉を察知して俺は高度を上げた。攻撃範囲からは逃れられないが、中心部から離れるほど攻撃の密度は薄くなる。
眼前に現れた聖なる壁が影の大枝を食い止めた。
「〈ダークネスストリーム〉!」
悪魔はすかさず次弾を放つ。闇の奔流が聖なる壁を呑み込むがその後ろに俺は居ない。
攻撃の気配を感じた時点で即座に離脱していたのだ。
影枝の間をすり抜けて下降して行く。
〈魔術〉を撃ち合うには間合いが遠すぎることにやっと気付いたのか、悪魔は翼をはためかせこちらに接近してくる。
町に着くまでに魔力を削り切れるとは思えないので、ここは迎撃一択だ。
「〈サイクロンローラー〉」
「〈ダークネスコクーン〉!」
闇の繭で身を守りつつさらに距離を詰めて来る悪魔。
あの繭で視界が遮られている今が好機か。
「《双竜召喚》、《若竜化》、行けっ、チョコ」
二人を担当しているミルクはもう少しかかりそうだが、チョコだけなら呼び出せる。
一瞬で若竜に成長したチョコが、悪魔に向かって空を行く。
「な、しまった、《召喚スキル》っ!?」
「グラァウ!」
繭から出て来た悪魔がうろたえ、チョコが牙を剥く。空中格闘戦が始まった。
チョコの
技巧のぎの字もないような荒々しい殴り合いだが、優勢なのは悪魔の方だ。牙も爪も鱗も持たない悪魔だが、《職業スキル》の《肉体強化》がある。〈上級体術:鋼拳〉で《防御力》も高まっている、
高い《レベル》の恩恵もあり、近接型のチョコと同等以上に渡り合えているのだ。
「援護の隙が無いな」
そして俺は彼らの空中戦を見ている事しかできない。近接戦闘中の〈魔術〉援護は今後の課題である。
完全に蚊帳の外ではあるが、戦闘から目を離しはしない。チョコが死にそうになったら召喚解除する役目があるからだ。
そんな縁起でもないことを思い浮かべたのがマズかったのか、俺の見つめる先でチョコが重い一撃を食らった。腹を殴られ隙ができたところに〈ダークアロー〉を撃ち込まれたのだ。
顔面に突き刺さった闇の矢に冷静さを失うチョコ。悪魔は追撃の〈上級魔術〉を発動させた。
「〈シャドージョー〉」
「召喚解除、〈ファイアワークスショット〉」
〈上級魔術〉を空振りさせた悪魔へ〈上級魔術〉をお見舞いする。高速で疾走した光球は悪魔の傍で静止、一拍の間を置いて爆発。
弾ける白光、轟く爆音。そして高熱を宿す光の粒子を四方八方に散らした。
それはさながら花火だった。
しかしそれを食らった悪魔は案の定と言うべきか、鋼鉄の盾で我が身を守ったようでさしたる負傷は見当たらない。すぐにこちらへの接近を再開した。
俺はチョコを再召喚し、今度は突撃はさせずその場から〈魔術〉を放ってもらう。
悪魔は既に〈魔術〉戦の適正距離まで来ていたが、〈魔術〉を撃って来る気配はなく、回避一辺倒でさらに近づいて来る。
俺達の弾幕に反撃する隙が無い、わけでは無いだろう。防御系〈魔術〉の陰に隠れればいいだけだ。
チョコとの攻防で接近戦に自信が付いたのか、魔力を温存したいのか。
いや、違うな。ここに来て魔力を練る気配が伝わって来た。
「フフッ、この距離ならば避けられませんよねえッ!」
気配の強さからして〈特奥級魔術〉か。
射程もかなりあるようで今から逃げても間に合うかは微妙だ。
「〈ガストブレード〉」
「グルァッ」
「〈ダークネスコクーン〉」
痛みで中断させようと攻撃するも闇の繭に籠られてしまった。
これまでの感触からして、発動までに繭を破れるは怪しい。ここは防御が得策か。
『チョコは《ドラゴンブレス》で相殺してくれ』
指示を出しつつ後退し、〈スチールシールド〉と〈ストームドーム〉を展開する。
そして悪魔の〈魔術〉が発動した。
「〈シャドーフラッド〉!」
影が、氾濫する。四方八方へと溢れ出た影が辺りを瞬く間に呑みこんで行く。
チョコのブレスでも拮抗させるには及ばない。呑まれる寸前で召喚を解いた。
影は鋼鉄の盾を数秒で突破し、嵐の外殻と接触。三度目の正直と言うべきか、嵐が掻き消えるのと同時に影の噴出も止む。
どうにか凌ぎ切──。
「まだですッ」
──つい先程と同等の気配が発された。
〈シャドーフラッド〉を使っている裏で魔力を練っているのには気づいていたが、もう
《上級》が限度、であるにも関わらず範囲は〈シャドーフラッド〉並。威力も《上級》のレベルではない。
どういうことだ? と思考しながらも〈セイクリッドウォール〉を発動。用意できた〈魔術〉は一つだけだがないよりはマシだ。
かくして、彼我の距離が十メートルほどになったところで〈魔術〉は放たれた。
「これで終わりですッ、〈マジックズシャドー〉!」
再度、影が溢れ出す。先程と全く同じ光景だ。もしや前回使った〈魔術〉をコピーする〈魔術〉、とかなのだろうか?
ピシピシと聖なる壁に罅が入って行くが、その速度を見るに〈シャドーフラッド〉そのものよりは幾分か威力が落ちる。
その僅かな遅延のお陰で、構築がギリギリ間に合った。
「〈ストームドーム〉」
クールタイムが明けぬ内の連続発動。魔力がゴッソリ持って行かれるが、一度くらいなら許容範囲。
嵐が影を吹き払い、その奥から悪魔が現れる。無傷で凌がれたことに目を剥きつつも、拳を振りかぶり向かって来ている。
「〈ファイアアロー〉」
「〈ダークシールド〉!」
用意できた最後の〈魔術〉も、闇の盾に防がれた。
間合いは既に、数メートル。次の〈魔術〉は間に合わない。
「《職権濫用》」
ので、魔銃を召喚した。
出したのは散鉄銃。重々しい色合いをしたショットガン。
悪魔が防御するよりも、俺が躊躇するよりも早く、反射の速度で引き金を引く。
両腕を襲う凄まじい衝撃。それを代価に発射される鉄の散弾。
銃弾に全身を貫かれた悪魔は、飛行の勢いを完全に殺された。もはや空を飛ぶ余力もないようで、そのまま落下を始める。
「〈ウォーターバインド〉」
その体を水の縄で拘束する。空中に縛り付けられた体は至る所から血を流していて痛ましい。
「動くな、何かしようとすれば撃つ」
再召喚した散鉄銃を突きつけ冷たく宣言する。
射撃の反動で腕が痛むが、そんなことはおくびにも出さない。
「ハァ……ハァ……どうして、助け……」
「その体はどうすれば元に戻る?」
「な、何をしようと……戻りませんよ……」
船上でに聞いたのと同じ答えが返ってくる。まあ、存在したとして、素直に教えるわけがない。この状況ならポロリとこぼしてくれるかとも思ったのだが……。
しかしどうするか。何も調べず殺す勇気は俺にはない。元に戻す方法を探すにしてもこいつを町に連れて行くのは危険がすぎる。
「まずはこいつだ」
リュックから《エンジェリックポーション》を取り出し、掛けてみる。
全ての《状態異常》に対応していて、天使っぽい名前のこの《
悪魔から目を逸らさず、次の手を考えていたその時、
「受肉した悪魔はもう、殺すしかありませんよ。〈インビジブルレイザー〉」
悪魔の首が刎ねられた。
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