第73話 投石
上空から〈魔術〉を放とうとした悪魔の角が、いきなり飛んで来た小岩に当たって折れた。
すんでのところで悪魔が避けたため角で済んだが、一瞬でも反応が遅れていれば小岩は顔面にめり込んでいただろう。
「皆っ、無事!?」
投石を行った人物がこちらの安否を問うてくる。声は遠くから聞こえた。
ちらりと目線だけやれば、そこに居たのはやはりマロンだ。岩島の高所に立っており、その手には大バケツから取り出した小岩が。
ナイス! と、心の中で賞賛を送る。投石で悪魔の集中が乱され、〈魔術〉は不発に終わった。
「──ローラー〉」
出鼻は挫かれたが、俺の〈魔術〉は乱れていない。
気を取り直して〈サイクロンローラー〉を発動した。範囲の広い〈上級魔術〉だ。
竜巻が悪魔を呑みこみ切り刻む。
「グぅぅぅっ」
「せいッ」
「だっ、〈ダークシールド〉!」
竜巻が過ぎ去ったタイミングでマロンが小岩を投げたが、今度は防がれる。闇の盾に当たった小岩は粉々に砕けてしまった。
その後も俺達の追撃をふらふらと躱しつつ、悪魔は遠くへ逃げて行く。
「ふっ、フフフフっ。なかなかやるようですが、所詮は人間。海を渡るには相応の時間がかかるでしょう!
「逃がさないよ!」
「〈シャドーキャッチ〉」
マロンが最後の足掻きとばかりにツルハシを投げつけた。縦回転しながら飛翔するツルハシは、奇妙なほど正確に悪魔の背に向かったが、結局は影の掌に受け止められてしまった。
そのまま飛び去って行く悪魔は既に射程外だ。〈上級魔術〉のいくつかなら届くだろうが、この距離ではどのみち避けられる。
「づあっ……」
「うぅ……」
焦る心情のまますぐにでも追おうとして、怪我人達のうめき声に引き留められた。二つの最優先事項の存在に思考が混乱する、体が硬直する。
「ホブズとミークッ、倉庫からありったけの医務品持ってこい! ケインは船の損傷具合の確認! テリオスは採掘に行った連中引き戻せ!」
「! 《
ロイ船長の声で我に返った。
悪魔は気を抜いているのか、その飛行速度はひどく低い。俺が全力で飛べばすぐに追いつける。
対して、怪我人からは今この瞬間も血が流れている。生命が漏れ出している。
今は治療を優先すべきだ。
念のために持って来ていたリュックを下ろし、治癒系《ポーション》と《養橙のランプ》を引っ掴む。それらを船員に預け、俺は怪我人の元へ向かう。
「〈ライトヒール〉」
俺の使える回復系|〈魔術〉は初歩の初歩だが、それでも浅い傷なら癒せる。魔力消費度外視で、手当たり次第癒していく。
そうして出来る限りの治療を終えた。軽傷の者は〈魔術〉で癒したし、重傷の者にも《上級治癒ポーション》等を使ってある程度治した。
「クソ、これで最後か……!」
けれど全ての重傷者に行き渡らせるには、《上級治癒ポーション》の数はあまりにも少なかった。目の前には未だ苦しむ四人の重傷者。
彼らを癒す術はもう、ここにはない。
「あわわ、早く治療屋に連れてかねと……。んでも、船がこんな状態じゃ……!」
もう一人の飛救士が頭を抱えながら溢した。採掘船には影の大枝が刺さったことで、いくつも穴が開いている。
傷は船体上部に集中していたため沈没は免れたが、帰りは行きしなより時間がかかりそうだ。
「治療屋まで飛んで運ぶことは出来ませんか?」
「む、無理だべっ。わっちの魔力じゃあ二人も抱えるんは」
「一人なら行けるんですか?」
「できるけんども、他ん人を置いてく訳にはは……」
「そういうことなら、《双竜召喚》、《若竜化》」
チョコとミルクを召喚した。ドラゴンを召喚できることは事前に伝えていたので多少驚かれるくらいで済んだ。
そして鑑定で生命力の残余を確認し、最も危ない者をチョコに、二番目を飛救士に、三番目と四番目をミルクに持たせる。
「重傷者達のことは頼みます。俺はあの悪魔を追うんで」
「あ、ああ、がんば……え?」
「正気か? あの悪魔と一人で戦おうなんざ」
「いくらA級冒険者っつってもそれはいくら何でも……」
他の人達から一斉に心配された。あれだけの人数差がありながら痛み分けくらいに終わってしまったのだから当然である。
本心では町を守って欲しいのだろうが、この町の人間でもない俺に命を懸けさせるのに良心の呵責を感じているようにも見える。
しかしマロンだけは違って、
「勝てるの?」
と、探るように訊いてきた。俺が鑑定を使えることを知っているからこその反応だろう。
俺は心配を少しでも和らげられるよう胸を張って答える。
「もちろんだ。勝算がなければこんな提案はしない」
「そっか。じゃあ、私は止めないよ。頑張ってね」
俺達のやり取りを見て船の皆の言葉も心配から激励へと変わった。
そうして周囲の者達の声援を受けながら採掘船を飛び立つ。目指すは一点、悪魔の場所だ。
《称号》の飛行能力は魔力を込めるほどに加速する。追いつくためにガンガン速度を出すと、若竜二体の維持と合わさり、魔力が回復量を越えて削れて行く。
だが俺の《魔力量》も大いに成長している。それこそ、全快時なら一般人の十倍以上あるほどだ。多少の消費は苦にならない。
そうして飛んで追いかけながら、戦闘について考える。
マロン達に言ったように、勝算はある。《レベル》では大きく劣るものの
それは《装備品》だったり、ダメージだったり、戦闘への『慣れ』だったりするが、最も大きいのが
「〈エレメンタルブースト〉、〈エレメンタルアシスト〉」
最近使えるようになった
エレメンタル系は四種のバフをまとめた優れモノで、普通に四種のバフを掛けるよりも魔力効率が良く、時間も短く済むのだ。
普段は《スキル経験値》のためわざわざ四種を使い回しているが、今回はそんなことを言っていられない。
「これで《パラメータ》差はある程度埋まるな」
十以上もある《レベル》差をひっくり返すことは難しいが、縮められただけでも上々。
加えて、〈スピードブースト〉と〈ウィンドアシスト〉は五回ずつ重ね掛けしておいた。これで《敏捷性》に限っては俺が上回った。
同じバフは重ねるごとに効果が薄まるためこれ以上は厳しいが、《敏捷性》の優位は大きい。
次に悪魔の《スキル》に意識を向ける。
特殊属性〈魔術〉である《影魔術》。
与える苦痛を激しくする《悪意の侵食》。
〈術技〉の威力・範囲を増大させる《ワイドディストラクション》
注意すべきはこんなところだ。
さて、そんなことを考えている内に俺は悪魔に追いついた。
ペティまではあと一キロメートルと言ったところだろうか。それくらいの位置で、悪魔は待ち構えていた。
「やれやれ、大人しく島で待っていれば良かったものを。しかし、お仲間の岩投げ女はいないようですねえ。フフ、単身
「〈フレイムバースト〉」
悪魔の言葉が終わるのを待たず、殺傷力の高い火炎の〈魔術〉を発動した。
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