第16話 リビングアーマー

 庭園に半ば埋もれるようにして置かれていた赤く大きな石に魔力を込める。


「これで第九階層の《階層石》もクリア、と。ここを出たらいよいよ最終守護者戦だな」

「そのことで相談なんだけどさ、守護者倒すのはまた今度にしない?」

「なんでだ?」

「だって今月のC級昇格試験は四日後じゃん」


 突然だが、C級冒険者昇格試験の試験内容は《小型迷宮》の最終守護者の討伐である。

 そして守護者と一度戦うと三十日経たなければ再戦はできない。たとえば俺が第五階層の守護者と再び戦えるのは最短でも二十九日後だ。

 今から十階層の最終守護者と戦うと四日後の試験には参加できなくなる。


「リュウジ君と私なら、てか多分リュウジ君だけでも最終守護者は倒せるよ。最終守護者に挑むのは試験の日にしない?」


 ちなみに私も三十日制限のせいで前回の試験は受けられなかったんだよね、と彼女は付け足した。

 俺も何も考えずに挑もうとしていたが来月まで足止めを食らうのは勘弁したい。


「そう……だな。急ぐ理由もねーし四日後ならそれまで待つわ。守護者戦の前に《レベル》ももうちょい上げときたいしな」

「それじゃあ決定だね。時間に余裕出来たしもう少し戦ってから帰ろっか」

「そうしよう」


 第九階層には《レベル》が二十代後半の魔物がうじゃうじゃいるので《経験値》稼ぎにはもってこいだ。

 今の俺は《レベル20》、ガンガン戦ってガンガン《レベル》を上げていこう。




 俺達は近くにあった古城を探索していた。

 マロンは前回の昇格試験が不戦敗に終わって以来、俺とパーティーを組むまではずっと第九階層で活動していたそうなのでこの辺りの地図はバッチリ頭に入っているらしい。


「角を曲がった三十メートル先に三体。こっちに向かってる」


 無言で頷き準備を整え飛び出す。敵が魔物なことを確認すると素早く片腕を突きつけ照準し〈魔術〉を放った。


「〈ウィンドアロー〉!」


 鎧の魔物、リビングアーマーは右手の大剣で防ごうとするも風の矢が胸部の《魔核》を穿つ方が先だった。早く正確な〈魔術〉行使は練習と強化された動体視力の賜物である。

 残りのリビングアーマー二体がガシャガシャと騒音を立てながら駆けてくる。仲間をやられたというのに全く動揺していない。

 俺は迅速に魔力を練り上げ今度は別の〈魔術〉を発動する。


「〈エアボム〉!」


 風の球が飛んで行き右側のリビングアーマーの足下に着弾し爆発。強烈な風に押され右の個体が体勢を崩した。

 リビングアーマーは鎧の魔物。中身は空洞なので体重が軽く、また元の体が固いため《防御力》も低く設定されており吹き飛ばしへの耐性が薄い。そのためバランスを崩しやすいのだ。

 そうして足止めされた右の個体を置いて左の個体がすぐ近くまで迫ってきていた。俺は急いで角に身を引っ込め小竜と共に来た道を引き返す。

 リビングアーマーは俺の気配を追って角を曲がり、


「フッ!」


 陰に潜んでいたマロンの刺突で《魔核》を破壊された。この個体は片手に盾を持っていたのだがそれを構える暇も無いほどの早業だった。

 遅れてやってきた最後の一体にはもう一発〈ウィンドアロー〉をお見舞いし、これは斧で防がれたもののその隙にマロンがするりと槍を突き入れ胸の《魔核》を貫いた。

 大きな音を立て倒れた鎧が《ドロップアイテム》へと変わる。


「ナイス誘導、イェーイ」

「いえーい」


 マロンと拳を突き合わせる。この戦法を試すのはこれで大体十回目だが今までで一番上手く行った。

 初撃で一体倒せたのが良かったな。風の〈魔術〉は威力が低いため防御を固められると不利になるが、速度があるので防御されるより先に攻撃しやすい。

 そして攻撃が上手く急所に当たれば今回のように一撃で倒せるのだ。


「飛び道具あると楽だねぇ。ソロだったら不意打ちで一体落とせてもそこから一対二だったよ」

「攻撃〈魔術〉にも慣れて来たし遠距離攻撃は任せろ。それにしても待ち伏せしてても全然気づかれないな」

「魔物は、特に《迷宮》のは知能低いからねー。もっと大きいとこなら違うかもだけど。あとは半端に《気配察知》を持ってるからとか?」

「あー、壁越しでも俺が逃げてんのがわかるせいで何もないと思っちまうわけか」


 第九階層の魔物の《スキルレベル》は大抵《レベル2》だ。《潜伏Lv5》のマロンは見つけられないが俺や小竜を捉えられる。だから俺と小竜が真っ直ぐ逃げていると魔物達は油断するのだろう。

 そんな風に喋りながら探索を続けていると、マロンから少し寄りたい場所があると切り出された。断る理由もないので了承し彼女の案内に付いていく。

 いくつかの角を曲がり廊下を進み階段を上りやがて目的地に着いた。


「おぉぉ……!」


 そこは窓の向こうに取り付けた庭のようなところだった。いわゆるバルコニーというやつだ。

 薄暗く閉塞した城内から一転、天井光が直接降り注ぎさらに《迷宮》内が一望できるため清々しい開放感がある。


「いい眺めでしょ。ここからだと《迷宮》中が見えるんだ。あっちが《階層石》のあった庭園で、あの大きいのが出入口のあるお城だよ」

「ほぉー。おっ、あそこで冒険者達が戦ってるな」

「どれどれ……あ、ホントだ。良く見つけたね。目、良いの?」

「昔から視力には自信があるんだ」


 《称号》による視力強化のことはぼかしつつ景色の感想を言い合う。魔物に警戒しながらも休息しているとふと妙案が浮かんだ。


「ちょっと魔力に余裕があるから試してみたいことがあるんだがいいか?」

「もう少し休むつもりだしいいけど、どうしたの?」

「実は《職権濫用》の《レベル》が上がって新しい武器が召喚できるようになってな。そいつを試したい。来い、《魔導狙撃嵐銃》」


 結構な魔力を奪い現れたのは一メートルを超える長さの狙撃銃だった。カラーリングは重々しい深緑から爽やかなライトグリーンへのグラデーション。《職権濫用》の武器にしては珍しくスコープも付いている。

 銃身を支えるための脚を床に下ろし銃口を柵の外に突き出す。俺自身も床に寝転がり狙撃の姿勢を取る。フリーの魔物へとスコープを通して狙いを合わせていく。

 今回の獲物は《リビングアーマージェネラル Lv28》だ。リビングアーマーの上位種で通常種より豪華な鎧の姿をしている。大剣を担ぎ配下を従え威風堂々庭園を練り歩くその様は正に将軍ジェネラルだ。


 バルコニーからジェネラルの居場所まではかなりの距離があるので、銃を少し動かしただけでスコープから見える景色は何メートルも移動する。幸いジェネラルの進行方向は分かっていたので苦労しつつも嵐銃をジェネラルの進路上に向けられた。

 スコープの中心にジェネラルが差し掛かったところで発砲。


「……外したか」


 引き金を引く際に狙いが僅かにズレてしまい暴風の銃弾は配下のリビングアーマーを吹き飛ばした。スコープの倍率を下げて様子を見る。撃たれたリビングアーマーは肩の辺りから胴にかけてひしゃげておりじきに《ドロップアイテム》となった。

 仲間が殺されたことに気付いたジェネラル達は互いに背中を預け円陣を組み正体不明の攻撃に警戒を示す。不用意に移動はしないようだ。

 嵐銃は一発ごとに再装填リロードが必要なので好都合。再装填リロードを待つ間に慎重に照準を合わせ今度こそジェネラルに弾丸を撃ち出す。

 発射と着弾はほぼ同時、狙い違わずジェネラルを打ち抜いた。


「よしッ」

「お~、なんか前のより強くない?」

「まあな。この嵐銃は魔力消費がキツイがその分威力と速度と射程が他の銃とは段違いだ」


 加えて、風の弾丸は接触した空気を吸収するため距離に応じて威力が上がり長距離狙撃でも風の影響を受けないという利点、風ゆえに目視できず〈コントロールバレット〉による軌道修正が難しいという欠点もあるがややこしいので割愛した。

 嵐銃を消しマロンに向き直る。


「魔力も減って来たしこの辺にしとく。《レベル》が上がって区切りもいいし。時間取ってくれてありがとな」

「そっか、じゃあ今から出発する? まだ休んでく?」

「体は充分休まったしもう行こうぜ。それに今ならジェネラルのドロップも拾えるかもしれないしな」


 そうして俺達は立ち上がりバルコニーから去って行った。

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