第15話 宝箱

「おはよう、マロン」

「おはよー。それじゃ今日も張り切って行こっか」


 早朝、広場にやって来たマロンと共に《小型迷宮》に向かう。今日は待たせずに済んだ。

 日曜日だからか冒険者の数が若干少ない広場を二人で進む。過去の転生者の影響か、この世界の暦は地球のそれと同一である。

 そして日本ほどではないが日曜日は休みという意識の人が多いらしい。

 それはさておき、歩きがてらマロンに〈魔術〉のことを話しておこう。


「四属性の《魔術》が《中級》になったから簡単な〈魔術〉なら使えるぞ」

「えっ、早っ! 凄いな―、じゃあ戦闘でも頼りにさせてもらうね」


 そんな会話をしながらやって来たのは第六階層。扉が繋がっていたのはがらんとしたホールであった。

 栄華の残り香を感じられるその部屋は薄暗い。窓から差し込む天井光しか光源が無いためだ。


「不気味だな」

「古城だからね。出てくる魔物もアンデッド系だし」


 そう、第六階層からは環境が熱帯雨林から棄てられた城に変わるのだ。

 室内からだと確認できないが城は幾つもあるらしくここを出れば他の城にも入れるそうだ。


「たしか《階層石》はこっちのはず」


 マロンの案内に従い歩いていく。

 ホールを出て廊下を進む。等間隔で並べられた蝋燭のおかげで窓からの光が無い所でも視界はそれなりに利く。何度目かの曲がり角に差し掛かったところで制止の合図が出された。


「角の向こうから一体」


 ひそめられた声に首肯を返し、体内で魔力を練っていく。その〈魔術〉の中心は風属性だが一部火、水、土属性にもしなければならないため〈下級魔術〉以上に神経を使う。

 そして完成した〈魔術〉を保持しながら小竜達と共に飛び出した。


「〈ウィンドアロー〉!」


 廊下の中央を我が物顔で歩く骸骨の姿を認め、〈魔術〉を放つ。

 風の矢は十数メートル先の骸骨に向かって真っすぐ飛んで行く。骸骨も受け止めようと慌てて盾を構えるが〈ウィンドアロー〉が当たった衝撃で大きく体勢を崩した。

 そこに突撃してきた小竜へ破れかぶれに剣を振るった骸骨だったが、それを楽々と躱されそのまま胸部にある石を砕かれてしまう。

 剣と盾と一緒に骸骨が消滅し《ドロップアイテム》に変わる。

 先程砕いた石は《魔核》と言い《迷宮》魔物の心臓のようなもので、これを壊されると《迷宮》魔物は即死してしまうのだ。


「お疲れ様。一人で倒しちゃうなんてやるね」

「いや、まだまだだ。威力もそうだが狙いを付けんのに手間取ったせいで盾でガードされちまった。魔力を練んのにもまだ時間かかるしもっと構築速度上げてかねーと」

「でも一発で当てれてたじゃん。近づかれる前に一発でも当ててくれたら前衛は楽になるし、それにリュウジ君は〈中級魔術〉覚えたて何だからこれから慣れてけばいいよ」


 マロンと反省点を話し合いながら《迷宮》を進む。実際に使ってみて俺の〈魔術〉の問題も見えて来た。

 単なる練度不足なので劇的な改善は難しそうだが使いこんでいれば少しは良くなるだろう。


 この古城ステージに出現する魔物は骸骨兵シリーズの他、一人でに動く甲冑のリビングアーマーや首無し騎士のデュラハンなどだ。第六階層の《レベル》帯は十六から二十二で特に苦戦もなく俺の〈魔術〉と小竜達の攻撃で片付けられている。

 順調に攻略は進み吹き抜けとなったエントランスホールを通って最初の城を出た。

 城の外には手入れがされず荒れ切った庭園が広がっている。噴水から伸びる水路はやけに奇麗なのがなんだかアンバランスな印象を与える。

 庭園にはそこかしこに廃城が立っておりこれらのどこかに《階層石》があるのだろう。


「《階層石》があるのはあっちの城だね」


 マロンが指さしたのは俺達が出てきたのよりは一回り小さな城だ。

 二人並んで庭園を歩く。荒れてはいるが通路が分からない程ではない。長い道のりでもないので魔物にも遭わず城にはすぐ着いた。この階層の城には堀や城壁は無いため普通に正面から入城できる。

 広いが寂れたエントランスホールを通って城を上っていく。

 最初の城と同じ雰囲気の内装だ。出てくる魔物も同じで少し飽きてくる。


「……ん? ちょっと止まってくれ」


 ルートを少し外れたところにある部屋から何か気になる気配のようなものを感じた。マロンに一言伝えてから近づきドアを開く。


「おおっ、宝箱があったぞ!」


 蠟燭に照らされた部屋の真ん中には宝箱が鎮座していた。《迷宮》では通常の階層にも時折こうして宝箱が現れるのだ。

 その宝箱を見た瞬間、自分でも不思議なほどにテンションが上がり喜び勇んで部屋に踏み入る。


「ちょっ、ミミックの擬態かもしれないよ! 注意して!」

「ああ!」


 駆け寄ってくるマロンにはそう答えたが事前にちゃんと鑑定してある。結果は本物の《宝箱》のものだった。そうしてすっかり油断して近付いた俺は突如牙を剥きだしにして襲い掛かって来た宝箱に仰天しながらのけ反った。

 顔を目掛けて飛び付いて来た宝箱が目と鼻の先を通りすぎる。体の反りがもう少し甘ければ避けられなかった。


「うおっ!?」

「だから言ったじゃん!」


 金属同士が激しくぶつかり合った音と何かが壁に叩きつけられた音がほぼ同時に聞こえた。


「〈大鋒槊だいほうさく〉!」


 ドンッ、と力強く踏み込んだマロンが壁に埋まった宝箱に槍を突き出す。穂先が拡張されたその突きが深々と宝箱を刺し貫いていた。


===============

ミミック種―トレジャーチェストミミック Lv22


状態 死亡


スキル 外殻大硬化Lv2 急襲Lv2 気配察知Lv2 自動再生Lv2 トレジャーオーラLv2 蓋閉じ咬合Lv2 ミメシスステータスLv2 無機無機ボディLv--

===============


《トレジャーオーラ》ランク3:宝箱の気配を発し、他者の判断力を鈍らせる。


《ミメシスステータス》ランク6:《ランク6》未満の鑑定に対し自身の《ステータス》情報を偽装する。


 どうやらあれはミミックだったようだ。死んだことで《スキル》が解け正しい鑑定結果が得られた。《ミメシスステータス》で《ステータス》を宝箱に見せかけていたのだ。

 そしてさっきの不自然な高揚にも合点がいった。《ミメシスステータス》によるものだろう。

 ミミックの死体が《ドロップアイテム》へと変わっていく。


「ふぅ……」

「ホントにスマンっ!」

「迂闊すぎるよ。無理に止めなかった私も悪いけどさ。今度からはドラゴンに開けさせてよね」

「はい……」


 ジト目の彼女の言葉から怒気と、それから強い心配が伝わってくる。それだけ俺の行動は危険だったのだ。

 もっと慎重に動いていれば奇襲を受けることはなかった。それにもし俺が死んでいればマロンを《迷宮》の中に一人残してしまうところだった。

 パーティーを組んで活動する以上俺のミスが仲間を危険に晒すこともある。単独ソロでならどんな無茶をしても自己責任だがチームだとそうは行かない。猛省である。

 鑑定を過信していたのも良くなかった。偽装される可能性を普段から気に留めていれば《トレジャーオーラ》の影響下でもあんな無警戒な真似はしなかったはずだ。


 順調且つ単調な道程に気が緩んでいたのを自覚する。ここは《迷宮》、常に死の危険と隣り合わせなことを忘れてはならない。

 気を引き締め直して探索を再開した。

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