第17話 復習

 《迷宮》を出てギルドで素材を換金した俺とマロンは食堂の席で向かい合っていた。


「どうするよ、これ」

「どうしようかなぁ」


 俺達が頭を悩ませているのは机の上に置かれた兜、ジェネラルの《ドロップアイテム》についてだ。


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《ジェネラルヘルム》ランク3:装備者を除く味方の全パラメータを引き上げる(最大対象者数 五)。

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 幸運なことに誰にも取られず残っていたその兜は、白銀の金属製でアクセントに赤や黄色が使われている。

 顔の前面はガラ空きで、額から後頭部にかけてを守る形状をしている。側頭部には左右一本ずつ角が生えており強そうだ。


「まあ私は耳がつっかえるから使えないんだけどね」

「……そうだな」


 自身のケモ耳をピョコピョコさせながらマロンが言う。やけに可愛らしいその仕草に少しドキリとした。


「売れば金貨二枚だったか。二束三文で買い叩かれた籠手とはエライ違いだ。けど買い戻すとそれ以上かかるよなぁ」

「でもパーティーメンバー増やす予定もないんだよねぇ。私一人を強化するのに持っとくのもね」

「そうだよな……ん? 待てよ、この強化って小竜には使えないのか?」

「あっ、そういえばドラゴンちゃんが居たね」


 早速召喚して試してみる。机の下に呼び出せば陰になって周りからは見えない。

 兜を《装備》し《装備効果》を起動する。黄色い光が飛び出して小竜の体にぶつかり消えた。

 思念で問いかけると力が湧いてきたと返ってくる。鑑定でも確認したが間違いなく発動していた。


「どう?」

「使えるみてーだ。これは俺の《装備品》ってことでいいのか?」

「そだね。試験が控えてるし買取代も無しで大丈夫だよ」

「そういう訳にはいかねぇよ。ミミックの時の詫びもしたいし払わせてくれ」


 通常、パーティー活動中に手に入れたアイテムを個人の物にする場合は、パーティーにお金を払って買い取るという扱いになる。

 今回マロンはタダで譲ってくれようとしていたがそこまでしてもらうのは忍びない。


「その《装備品》の恩恵を受けるのは私なんだし気にしないで。ミミックのこともこれから気を付けてくれたらいいから」

「だが金貨二枚の《装備品》をタダで貰っちまうわけには……」

「はい分かりました。じゃあここのお代を払ってよ。デザートも頼むからそれでチャラってことで。料理も来たしこの話はこれで終わりね」


 その言葉通り店員が俺達の注文した料理を持ってきた。マロンはやって来た店員に追加注文を伝えている。

 貴重な《装備品》を譲ってもらったばかりか気を使わせてしまった……。

 この借りにはいつか必ず返そう。などと無計画なことを考えながら昼食を終えマロンと別れる。

 ここからは自由時間だ。元々予定は無かったが今の俺には行かなくてはならない場所がある。


「入館料です」

「確かに」


 宿で荷物を下ろし着替えた俺は図書館を訪れていた。

 今日は《迷宮》の本と《スキル》の本を読もうと思う。ミミックのような《迷宮》に潜むトラップを知るため、それと敵が使ってくるかもしれない《スキル》を頭に入れておくためだ。


 最初に読んだ『迷宮解剖書』には《迷宮》の分類や確認されている環境ステージ、魔物、注意点などが事細か書かれていて大変勉強になった。

 ミミックのことも書かれており、並みの鑑定では見破れないので注意が必要だそうだ。耳が痛い。


 二冊目の『古今東西スキル集成』には《スキル》の《ランク》や効果、用途、著名な所有者などが種別ごとにまとめられていた。人間が後天的に得られる《スキル》、特定の魔物がよく保有している《スキル》、原則先天的にしか持ち得ない《ユニークスキル》などの項目があった。

 《ユニークスキル》の項にはマロンも持っている《凶神に捧ぐ舞踊》と《ビーストボースト》も載っていた。長い歴史の中では《ユニークスキル》が被ることはそれなりにあるらしい。


 二冊を読み終えて図書館を出る。

 まだ日没までには時間がある。何をして時間を潰すか考え歩いているとどこか聞き覚えのある声が耳に入ってきた。


「──ったく、女一人に手間取ってんだ」

「へっへっへ、すんません。ですがグスタフの旦那がいりゃぁ百人力です。あの女に目にもの見せてやってくだせぇ」

「あたぼうよ! そんな奴とっとと追い出してみかじめ料巻き上げてやんよ」


 話をしていたのは二人組の男達で、一人は知らない男だったがもう一人には見覚えがあった。ギルドで絡んできたC級冒険者のグスタフとやらだ。

 話の内容に不穏なものを感じたため後を尾けることにした。

 《装備品》は家に置いてきたが今の小竜は一匹で《レベル30》くらいの戦闘力を持つ。グスタフは《レベル34》なので俺一人では勝てなくとも最悪小竜二匹を呼べば問題ない。

 フハハハハ《双竜召喚》様は最強だぜ。脳裏にチラつく卑怯の二文字は無視した。


 尾行を続けていると二人は人通りの少ない裏通りに入っていった。気取られないよう歩調を落とし気配を感じ取れるギリギリまで離れた。竜の体現者ザ・ドラゴンの力で気配に鋭くなっているからできる芸当だ。

 そうしているとある時を境に気配を感じ取れる範囲が広がった。《気配察知》を習得したらしい。《気配察知》は練習すれば誰でも取れると『古今東西スキル集成』にも書いてあった。

 思わぬ副産物も得ながらも尾行を続けることしばし、彼らは目的地に着いたようだった。貧民街の一画に立つその建物は周囲の家屋より二回りほど大きく、敷地は塀に囲われている。

 俺が建物の前に着いた時、敷地内からグスタフのおらび声が聞こえて来た。


「やいッ、よくも舐めた真似してくれたな! この貧民街を警備してるのは俺達『ジャイルファミリー』だぞ! 住人一人につき銀貨一枚、きっちり出しやがれ!」

「うるっさいなぁ、また来たの? この孤児院は警備してくれなんて頼んでないでしょ。それに警備も何も碌に見回りすらしてないじゃん」

「ゲぇっ、『鏖槍おうそう』!?」


 グスタフの声が驚愕に変わった。

 なんか前にもこんなことあったなと思いつつ塀の隅から敷地内を覗く。

 そこにはビビり散らすグスタフと困惑する仲間の男、それから彼らの前で不機嫌そうに佇むマロンの姿が。


「す、すすすすすみませんでしたあぁぁぁ!」

「ちょ、どうしたんすか旦那ぁ!? 待ってくだせえぇぇぇ!」


 二人が飛び出して来る。俺は背を向け顔を隠す。グスタフ達は俺に気づかずどたどたと走り抜けて行った。彼らが十分離れたのを確認してから敷地に入る。


「……何でリュウジ君が居るのさ」

「街を歩いてたら前に絡んで来た奴らの話が聞こえてきてな、尾けてたんだ」

「ああ、どうりで。さっきの男、どっかで見た気がしてたんだよね」


 納得したように彼女は頷いている。


「そういうわけで今どういう状況なのかさっぱりなんだ。教えてくれないか」

「……あんまり巻き込みたくないんだけどな」


 そう言って少し悩む素振りを見せ、しかしすぐに気を取り直したように頭を振る。


「でもここで隠すのも不誠実だよね、パーティーリーダーとして。うん、立ちっぱってのもあれだし中に入ってよ」


 そうして俺はその建物、孤児院の中に招き入れられたのであった。

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