第18話 孤児院
「ここは身寄りのない子供達を引き取って育ててる孤児院なんだよ」
小ぢんまりとした質素な客間で俺は話を聞いていた。向かいの席にはマロンとその伯父のアマグが座っている。彼は孤児院の院長なのだそうだ。
アマグ院長が口を開く。
「これまでは領主様からの支援金や卒園者からの寄付でどうにか運営できておりました。贅沢は出来ずとも衣食住に困ることなく日々を慎ましく過ごしていたのです」
しかし、と一段低いトーンで続ける。
「ある時から『ジャイルファミリー』を名乗る
うーん? ノールなら、かつて貧民街で子供を助けていた衛兵の青年ならそんなこと言いそうにないが。
まあ同じ職場の人間全員が同じ価値観なわけじゃないか。
「支払いを何度も断っている内に初めは一人だった取り立て屋が二人、三人と増えていき、私の伝手を使ってどうにかできないかと奔走していた時に、マロンが訪ねて来てくれたのです」
「小さい頃に何度か会った程度だったけどこの街に居るのは知ってたし、一度くらいは顔を見せとこうと思ってさ。そしたらビックリ、ガラの悪い連中が庭に詰め寄せてたんだから」
その時のことを思いだしたのかアマグ院長は表情を暗くする。
「『ジャイルファミリー』って冒険者の間じゃ悪い意味で評判だし、事情を聞いたら案の定だったから追っ払ってたんだ。で、それっきりってのも何だしそれから私はここで寝泊まりさせえてもらう代わりに半日は用心棒をしてるの」
「なるほど、そうだったのか」
彼女とパーティーを組む際、週の前半は午後から、週の後半は午前までしか活動できないと言っていた理由がようやくわかった。
「でもそれだとマロンが居ない時間に取り立て屋が来たらどうすんだ?」
「ああ、それはね」
彼女が言いかけたところで、
「たっだいまー! 今戻ったぜー!!」
と、元気な声が玄関の方から聞こえて来た。遅れて、孤児達が玄関に駆け寄る音と「お客さんが来てるからおっきな声出したらダメだよ」と言う声も。
客間は玄関の傍にあるので普通のボリュームでも聞こえてしまうのだ。
「すみません、ウチの子達が」
「いえいえ、子供はこれくらい元気な方がいいですよ」
互いに畏まり合っているのとドアがノックされた。アマグ院長が許可を出すと扉が開かれる。
「先程は騒がしくしてしま……ってなんでリュウジがここにいんだ?」
「お前……フレディか?」
入って来たのはかつて共にミノタウロスを倒した冒険者、フレディだった。
「え、リュウジ? リュウジが来てんのか?」
「ルークまで。もしかしてパーティー全員来てるのか?」
「あー、やっぱりフレディ君達を助けたのってリュウジ君だったんだ」
剣士のルークまで部屋に現れた。一人訳知り顔で頷いていたマロンが説明してくれる。
「フレディ君とルーク君は元々この孤児院の子だったんだよ。前までは独立してたらしいんだけど今は伯父さんの頼みで護衛をやってくれてるんだ」
聞けば彼女が冒険者活動をしている間の孤児院を守っているのもこの二人だそうだ。
次にマロンはなぜ俺がここに居るのかについて語り始めた。
「俺達を助けてくれたリュウジがたまたまマロンさんと組んでたのか。奇妙な巡り合わせだ」
「そうだな。これも何かの縁だ、俺もこの孤児院を守るのを手伝おう」
しみじみ呟くフレディに相槌を打ちながら提案してみたが反応は芳しくない。皆、困ったように顔をしている。
代表して言葉を発したのはアマグ院長だった。
「お申し出は有難いのですがそこまでしていただく訳にはいきません。『ジャイルファミリー』は暴力をいとわぬ危険な連中です。関われば貴方にも危害が及ぶやも……」
「大丈夫ですよ。俺、結構強いんで。あのグスタフってC級冒険者にも多分勝てますし」
《双竜召喚Lv2》を使えば小竜だけでも勝てる可能性すらある。そこに俺が加わったなら勝利はほぼ確実だろう。
「まあ私もリュウジ君なら楽勝だと思うよ。『ジャイルファミリー』って親玉以外はぶっちゃけ雑魚らしいし。でもその親玉、ジャイルってB級冒険者が厄介なんだよ」
「ああ。先輩達に聞いて回ったんだが、素行は悪いが実力はB級の中でも上位に入るらしいぜ」
「これはこの孤児院の問題だ。無関係なリュウジが骨を折るこたぁねぇよ。それに俺らだって何もしてない訳じゃねえ。心配すんな」
「……そうか」
マロン、フレディ、ルークが口々にそう言った。
C級のまま引退する者もざらな冒険者界隈でB級になっているというだけでその実力は窺える。危ないと止めるのも無理はない。
正直俺は、ここの孤児を助けたと思われる少年を助けているし、そのせいでグスタフにも因縁つけられているしであまり無関係ではないのだが、ここでそれを言うのは野暮だろう。
彼らの助けになりたい気持ちはあるが現在の俺ではジャイルとやらには《職権乱用》無しでは勝てそうにない。ここは一旦出直そう。
「じゃあ俺はこれで失礼します。もし手が必要になったらいつでも呼んでください。『木漏れ日亭』に泊まってますし何ならマロンとはほぼ毎日一緒に《迷宮》行ってるんで」
「折角の厚意を無碍にしてしまってすまないね、リュウジ君。断っておいてなんだがもしもの時は頼らせてもらうよ」
見送ってくれる皆に手を振りながら孤児院を後にする。
孤児院から十分離れたところでポツリとつぶやく。
「B級冒険者のジャイルか……」
フレディ達の話を聞く限りでまともにやり合っては勝ち目の薄そうな相手だ。油断しているところを銃でズドンとやれば殺せるだろうがそれではただの殺人犯だ。
誰かの命が脅かされるまではそんな手段はとりたくない。
「てかそもそもマロンは勝てんのか……?」
誰もそのことには触れなかったがマロンとジャイルではどちらが強いのだろうか。
《レベル》はジャイルが上だろう。
《スキル》面でも、マロンは街中だと《凶神に捧ぐ舞踊》を制限されてしまう。《ビーストボースト》も非常に強力な《スキル》──本によればかつての所持者はSランク冒険者だった──ではあるがそれだけでどこまでいけるやら。
仮に実力でマロンが負けていた場合はその差を俺の《双竜召喚》で埋められたかもしれない。
心配を掛けてでも、危険を冒してでも、無理を言ってでも食い下がるべきだっただろうかと今になって後悔が湧いてくる。
「いや、これまで放置されてたんだしすぐにジャイルが攻めてくる可能性は低いか」
取り立て屋は以前から何度も来ていたようだがグスタフにお呼びがかかるまではかなり時間がかかったようだった。ならばジャイルが来るにしてもまだ猶予はあるはずだ。
「だったら今は力を付けるのに専念すべきか。幸い、強化のアテもあるしな」
そんでジャイルってやつから孤児院を守る。B級が相手でもボコボコにできるだけの力があれば心配もされないはずだ。決意を固めて次の一歩は力強く踏み出す。
帰り道が分からないことに気付いたのはそれから五分後のことだった。
今日の反省:情報収集も忘れず行いましょう。
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