第2話 ゴブリン★

 視界を覆う光が薄れ辺りの様子が見えてくる。俺は森を通る街道の脇に立っていた。

 街道はかなり広く木々の上から朝日が差し込む。聞いていた通りならこの道を北に少し行けば最寄りの街であるメルチアに着く。

 この地域の太陽の動きは日本と同じであることと転生先の時間は朝であること。境界で聞いた二つの情報を合わせて大まかになら方角もわかる。

 人間の通るこの街道には魔物は滅多に現れないらしいので安心して北へ向か──ガサリ。


「ぴゅい!」

「グギィ!」


 森の茂みから兎が飛び出しそれを追って緑色の小鬼も現れた。体力が限界だったのか兎は街道の上で転び小鬼の剣に圧し潰された。グロイ。

 無意識に足が引いてしまう。


「グゥ?」


 兎を仕留めた小鬼がおもむろにこちらを振りむいた。目が合った。瞬間、奴に背を向け全力で走り出す。

 クソが! もっと兎見てろよ! せめて《スキル》の使い方を確かめる時間くらいよこせ!


「グギャギャッ」


 後ろの方から声が聞こえた。走りながらチラっと確認してみたが追いかけてきている。どうやら兎一羽では満足しないようだ。

 二兎を追う者一兎も得ずを知らないのか!?


「ハァっ、ハァっ」


 心臓がバクバク胸の中で暴れる。身近に迫った命の危機に息が詰まる。ふざけて気を紛らわせながら対応を考える。

 《双竜召喚》あたりの《スキル》が使えれば即時解決しそうだが使い方がわからない。

 このまま逃げていればそのうち他の人間に会えるだろうか。街のある北とは逆に向かっているがここは街道、旅人や行商人が居ても不思議ではない。

 だが問題が一つ、小鬼との距離が縮まっている。最初の半分くらいになっていた。剣を持ってる癖して無駄に速い。

 未だ他の人間が見えないこの状況、追いつかれる前に出会えると考えるのは楽観が過ぎる。どうすべきか頭を悩ませていると背後からやけに耳につく笑い声が聞こえた。


「ギャッギャッギャッ!」


 他者を甚振る者特有の、自分の優位を疑わない声だった。

 ぶわっと全身の血が沸騰したような感覚。額に血管が浮き出るのが分かる。すぐさま引き返しぶん殴りたい衝動を奥歯を食いしばって嚙み潰す。

 ……昔からそうだった。嘗められるのが嫌いだった。さっきの笑い声は非常に気に障った。

 心の不調は体の不調。なのでアイツはぶちのめすべきだ。武器持ちに素手で挑むのが正解とは思えないが他に案もないのだから仕方ない。

 方針は決まった。あとは実行するだけだ。


 走る速度を徐々に落とす。息を荒げ疲れているアピールもする。

 何度か後ろを確認しちょうどいい距離になったところで勢いよく反転。シャトルランの要領た。

 突然の方向転換に面食らう小鬼。剣が振るわれるより早く近づき蹴りつけた。

 小鬼の体格は小学校高学年程度、俺の足裏は腹部を捉え小鬼は体をくの字に曲げた。

 すかさず駆け寄り剣を持つ右腕を両腕で抑える。そのまま力任せに剣を奪い、振り被り、頭に打ち付けた。

 鈍い音と共に小鬼が倒れ込む。俺の技術では斬ることは出来なかったがダメージは十分。倒れた小鬼にさらに数回剣を振り下ろし、最後に胸を突き刺して確実に息の根を止める。


「はぁっ、はぁっ、ふぅぅ……ハハハっ」


 意外にもすんなり勝ててしまった。緊張が解け思わず笑いが漏れる。

 実を言えば勝算はあった。小鬼が兎を殺した時の剣の振りがどうにも不格好に見えたのだ。振りかぶってから振るまでに妙な間があったしまるで素人のバッティングみたいに剣に体を持って行かれていた。

 だから不意を打てば剣を振るわれるより早く攻撃できるんじゃないかと思ったのだ。


 無我夢中だったのが落ち着いて興奮が収まってくる。すると途端に恐ろしくなってきた。眼前に転がる無残な屍。一歩間違えればそうなっていたのは俺だった。地面を濡らす赤い血は俺のものだったかもしれない。

 自分の想像に悪寒が走る。

 それにいきなり全力疾走したため足に違和感を感じる。急な激しい運動は怪我の元だというのに。

 いますぐストレッチを始めたいところだが血の臭いは獣を引き寄せるとも聞く、このままここに居ては危ないかもしれないので早く移動しなければ。同じ理由で剣はここに置いていく。武器がないのは心許ないがトラブルを招いては元も子もない。


 来た道を小走りで戻りながら自分の内側に意識を向ける。境界で教えてもらったのだがこうすることで自身の《スキル》や《称号》でできることがなんとなく分かるという。

 さっきは気が動転してそれどころではなかったが落ち着ける今なら確認できる。


 ……ん? 大まかに効果はわかった。使い方もだ。でもこれドラゴンとはあまり関係なくないか?

 まあいい、能力の中には《ステータス》を詳しく鑑定できるものもあったのでそれで再度調べてみよう。


===============

人間種―魔人 Lv3

個体名 リュウジ

職業 竜騎兵ドラグーン

職業スキル 砲術強化 火器強化


スキル 剣術(下級)Lv1 砲術(上級)Lv1 職権濫用Lv1 双竜召喚Lv1 竜の血Lv--


称号 竜の体現者ザ・ドラゴンLv1 竜骨Lv1

==============


 言葉や文字より抽象的な、ニュアンスだけの情報が頭の中に流れ込んでくる。

 種族が魔人なのは問題ない。この世界では魔人とは普通の人間を指す言葉だからだ。地人ドワーフや獣人より魔力系の能力が伸びやすいためこう呼ばれているのだとか。

 《レベル》が上がっているのは小鬼を殺したからだろう。

 気になるのはその二つ下だ。《竜騎兵ドラグーン》ってドラゴンに乗って戦う《職業》じゃなかったのか……。そういや『竜の名を持つ力』としか書かれてなかったな。

 まあいい、《砲術》、つまり銃を扱う《竜騎兵ドラグーン》が戦闘力で劣ることはないだろう。

 《職業》に対応した武器を召喚できる《職権濫用》があるため今ここで襲われても銃を呼び出し戦える。


「ガウルルルル」


 例えばこんな風に狼が数匹、道の真ん中に立ち塞がっていたとしても……マジかよ!?


「《双竜召喚》っ」


 反射的に《スキル》を使い小竜を召喚する。魔力がごっそり削れ中型犬サイズのドラゴンが二匹、俺の前に現れた。

 続けて《職権濫用》で銃を、《魔導炎銃》を手元に呼び出す。見た目は縁日の射的で使う銃に近い。持ち手は木、引き金や銃身は金属でできている。しかし全体的に赤みが強く一部、炎らしき模様も描かれている。

 野球のバットくらいの長さのそれを狼に向け引き金を引く。


 軽い手応えと共に、銃が火を吹いた。

 比喩ではない。文字通り炎の球が飛び出したのだ。

 素人の撃った炎弾は誰にも当たらず地面に落ちたが狼達はそれだけでこちらを脅威と判断したようだ。

 最も体格のいい狼が一吠えすると群れは一斉に森の中に逃げて行った。

 その時、狼の一匹が兎の死体を咥えているのが見えた。木ばかりで正直見分けが付かないが小鬼が兎を殺したのはこの辺だった気がする。

 血の臭いを嗅ぎ取り寄って来たのだろうか。


「ふぅ」


 一兎で満足するとは賢明な狼だ。おかげで俺も無駄なリスクを負わずに済んだ。

 実はこの銃、《魔導炎銃》は一発撃つごとに再装填リロードしなくてはならない。あのまま戦闘になっていれば小竜達が居るとはいえ非常に危なかった。


 さて、血の残り香が新たな敵を呼び寄せないとも限らない。早くここを離れるとしよう。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る