第6話 フレディ

「はぁぁ~……」


 ミノタウロスの死亡を鑑定で確認してようやく人心地つけた。命を懸けた戦いの中でピンと張り詰めていた緊張が解けていく。

 〈術技〉を多用したことで疲労も溜まっていたがそれも《レベル》が上がったことで和らいだ。《レベル》が上がると《パラメータ》も上がる。体力の上限が増えた分、現在の体力も回復したのだ。

 今回は一気に六つも《レベル》がアップしたためかなり楽になった。


「おーいッ、助けてくれてありがとなー!」


 《ステータス》を確認していると一緒に戦っていた戦士が駆け寄って来た。来たのは彼一人で他の仲間達はミノタウロスの死体を剥ぎ取っている。


「困ったときはお互い様だからな。それよりそっちのメンバーが無事そうでよかった」

「ああホントにな。今度ばかりは全滅かと思ったぜ。なんであんな浅いところに……ってあんたに言っても仕方ねーか」


 そうぼやいた戦士は気を取り直すようにこちらの目を真っ直ぐ見て口を開いた。


「改めてありがとう。俺達が生きてるのはあんたのお陰だ。俺はフレディ、D級冒険者だ。困ったことがあればなんでも言ってくれ」

「おう、なんかあったらそん時は頼むわ。俺はリュウジだ、よろしくな」


 戦士が、フレディが差し出してきた手を握る。境界で聞いた通り、この世界の仕草や文化は多くが日本のものと共通らしい。過去の転生者の影響だろうか。

 それからいくつか質問したりされたりしていると素材を回収し終えたらしきパーティーメンバー達が小竜と一緒にやって来た。


「解体終わったぞー。そこのあんたの分も取っといたから安心してくれよな」

「ありがとう、うちのドラゴンが迷惑かけなかったか?」


 剣士からミノタウロスの角二本を受け取る。恐らく最も価値のある部位だろうに太っ腹だ。

 ついでに小竜の様子も訊ねる。肉を食べたいという思念が伝わってきたため邪魔しないよう食べてくれと念じておいたのだ。


「全然大丈夫でしたよぉ。あの量の素材を全部は持ち帰れませんしぃ、ドラゴンちゃんが食べた部分は元々捨てていく予定でしたからね~」


 答えたのは魔術師の少女だった。おっとりとした雰囲気の彼女は間延びした口調で言った答えたかと思うと真剣味を帯びた表情になって、


「この度は命の危機を救っていただき、更には危険を顧みず助力までしてくださり誠に有難う御座いました。この御恩、一生忘れません」


 と言った。急に重くなったな。

 あまりの豹変ぶりには動揺したがフレディにも同じようなことを言われていたので、気にするなとか無事でよかったとかそんな感じのことを言ってやんわりとやり過ごした。




「へー、フレディ達も大変だったんだな」


 俺とフレディ達は共に帰途についていた。

 道中、パーティーの面々とはお互いのことを話し合った。彼らは幼馴染で一年と少し前、一緒に冒険者になってからはずっとパーティーを組んでいるそうだ。

 主に冒険者業での失敗談や苦労話などを面白おかしく聞かせてくれた。


「そう言うリュウジも故郷の村からメルチアに来たその日の内にミノタウロスと戦うことになるなんて災難だったな」

「さっきのは自分から首を突っ込んだんだしノーカンだ。それにお前らとも知り合えたし素材ももらえたんだからラッキーだ」ろ


 俺が語ったのは嘘の話だが。余計な面倒事を避けるためにも転生者なのは隠した方がいいと境界で言われていた。

 彼らに不利益を与えるわけではないが友好的な相手を騙すのは胸が痛む。


「あっ、の。魔物です……十時の方向……」


 その時弓使いのアーノルドが警告を発した。人見知りが強く口数の少ない彼は高《レベル》の《気配察知》を持っていていち早く魔物を見つけてくれる。

 戦闘中も弓で的確にサポートしてくれる縁の下の力持ちだとフレディ達は言っていた。


「ただのゴブリンか。今回も脅かしたんでいいか?」

「ああ、それで頼む」

「それじゃあ小竜、行ってこい」

「ガァッ」


 思念の指示を受けた小竜が飛び立ち現れたゴブリンの集団に向けて《ドラゴンブレス》を放つ。射程不足で届かずに消えてしまったがそれに驚いたゴブリン達は腰を抜かして逃げて行った。


「サンキューリュウジ。魔力は大丈夫か?」

「俺は何もしてないからな。小竜は召喚を維持するだけなら大して魔力使わねーし。ま、炎銃の方は一発でかなり消費するから長期戦になるとキツイんだけどな」


 嘘である。《竜の血》の回復力が上回っているだけで実際は召喚維持だけでもかなりの魔力を消費する。

 逆に炎銃は召喚・召喚維持・射撃のどれにおいても消費量は軽微だ。

 本当に申し訳ないが《スキル》は俺の唯一の手札にして切り札なので虚偽申告させてもらっている。彼らを疑うわけではないがこの世界では個人情報の扱いが軽い。ひょんなことから漏らしてしまうかもしれない。

 だがこうして保険を掛けておけば敵対者に情報が漏れても不意を突ける、かもしれない。




 ゴブリンの群れを追い払ってからしばらくして。

 メルチアに帰還した俺達はそろって冒険者ギルドにやって来ていた。ギルドでは討伐証明部位や素材を換金できる。

 お昼時のギルドは冒険者達で賑わっていて受付の前にはいくつも列が出来ていた。その内の一つに並び雑談しながら順番を待つ。


「次の方どうぞー、あらリュウジさん。今朝ぶりですね」


 見てみればそこに居たのは登録するときに担当してくれた受付嬢だった。物品鑑定用の《魔道具》を手にニコニコと笑みを浮かべている。


「ユーカちゃん久しぶりっ。実は俺らとリュウジでミノタウロスを倒したんだぜ」

「あ、フレディさん達も居たんですね。パーティーを組まれたんですか?」

「いえ~、襲われてたところを助けていただいてぇ、そのまま共闘したんです~」


 この受付嬢はユーカさんと言うらしい。

 なにやら騒いでいるフレディ達をしり目に俺と剣士のルークは回収した素材と討伐証明、それから背負っていた四角鹿を提出する。実は俺とルークは鹿を一匹ずつ背負って歩いていた。アーノルドが索敵、小竜が露払い、そしてハンナとフレディが有事の対応をしてくれたので鹿も持ち帰ることにしたのだ。


「確認しますね。……本当にミノタウロスですね。しかもこの色、変異種じゃないですかっ。どの辺りで遭遇したんですか!?」

「『おお切り株』から北西にちょっと進んだところだよ。そこでいつもみたいに狩りをしてたら突然森の奥から出て来たんだ」


 フレディが遭遇時の状況を説明した。俺はその現場に居なかったので隣で聞くだけだ。

 フレディの言葉が真実かは分からない。たとえば無理をして森の深部に足を踏み入れたが敗走し魔物を引き連れてきてしまった、みたいなころも考えられる。

 さりとて根拠があるわけでも俺が怪我をしたわけでもない。深掘りすることもないだろう。


「皆さん無事でよかったです! 浅部では滅多に会うことはありませんが変異種は非常に危険ですからね。それからその鹿は奥の解体場に持って行ってください」


 そうこうして換金は終わった。やはり俺が貰ったのは貴重な部位だったようで報酬が一番高かった。遠くからチクチク撃っていただけなのになんだか申し訳ない気持ちになる。

 そこにオークと四角鹿も加わり報酬はかなりの金額になった。少なくとも食うに困ることは無さそうだ。


 俺とフレディ達はほくほく顔でギルドを後にした。

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