第91話 アビススパイダー
区間守護者、《
場所は大広間。いくつもの坑道に繋がっている、ポータルみたいな大きな空洞だ。
その中央に座す、人間二人分くらいの全長を持つ大蜘蛛こそが、このエリアの守護者である。
「──ィァァァァ!」
その大蜘蛛が言葉にならない叫びを上げた。
可聴域を外れているはずなのに聞こえる、不気味な感覚のする音だった。
《インセインコール》ランク4:聞いた者を《狂乱》状態にする声を発せる。
ゾワゾワと背筋に悪寒が走るものの、例によって俺達にはこの手の《状態異常》攻撃は効かないので、気にせず攻撃に移る。
「〈ブロウアローズ〉」
マロンとチョコが飛び出すと同時、突風の矢が広範囲にわたってばら撒かれた。
大蜘蛛は機敏な動きで横へ跳び、矢の大部分から逃れ、当たる軌道の一本も前脚で叩き落す。そして反撃とばかりに《スキル》を発動した。
「ギチチッ」
現れたのは灰色の蜘蛛達。
《
非常に気持ち悪い。
「うりゃぁぁぁっ」
灰蜘蛛軍団とマロンが接敵する。
噛み付きに、引っ掻きに、糸飛ばし。灰蜘蛛達の攻撃をことごとく躱し、
彼女の役目は大蜘蛛の相手であり、手下との交戦は最小限に留めてもらう。
そして灰蜘蛛達の足止めは残った俺達の役目だ。
チョコがマロンと群れの間に降り立って《ドラゴンブレス》を放つ。
俺とミルクも〈魔術〉で攻撃する。
挟撃は完璧に決まり、灰蜘蛛達の注意を俺達に向けることに成功した。しかし、ダメージの方はそれほどでもない。
一体一体が若竜並の力を持つ灰蜘蛛達は、そう易々とは倒せない。
「ギチァッ」
「ギチッ」
「ギィチチチッ」
敵はチョコ側と後衛側の二手に別れ、接近してくる。
振り分けは、俺とミルク側に四体で、残りがチョコ側だ。
「《成竜化》」
取りあえずチョコを成竜にする。これで一対三でもある程度は持ち堪えられるだろう。
その間にこちらを片付けて救援に行かなくては。
「〈ゲイルセイバー〉」
突風の剣は灰蜘蛛二体を同時に斬り裂けるほど大振りだ。
驚異的な速度もあり、回避されることなく二体を屠った、だけに留まらずチョコに向かって行った灰蜘蛛にも迫ったが、そちらは脚一本しか奪えなかった。こうも距離があっては仕方ないな。
「〈サイクロンローラー〉」
気を取り直して二撃目を放つ。横倒しの竜巻が、残る二体の灰蜘蛛に向かう。
今度はあちらの迎撃準備も整っていたようで、〈爪牙術〉で相殺された。
が、その程度は想定内だ。
「ガウッ」
〈術技〉の反動で硬直した灰蜘蛛を、眩い光線が貫いた。ミルクの〈レールレイ〉だ。同格と言えど〈上級魔術〉がまともに入れば掠り傷では済まない。
額に穴を開けられた灰蜘蛛が光の粒子に還り、これで残るは一体のみ。
速やかに倒すべく魔力を練り上げたそのとき、攻撃の気配を感じて斜めに飛び退く。
「ごめんっ、攻撃通したっ」
ヒュッ。
耳に届く風切り音。目の前を、目に見えない斬撃が通過した。
大蜘蛛の攻撃は、すんでのところで躱せたようだった。
「あっぶね、〈スプラッシュクラスト〉、〈ウォーターバインド〉」
「ガウゥ」
追撃はなかったので、〈魔術〉を完成させ灰蜘蛛を狙う。
範囲の広い水飛沫の散弾で手傷を負わせ、その隙に水の縄で拘束。最後にミルクの〈魔術〉でトドメを刺した。
次はチョコの援護だ、と意識を前に向けたところで、再度の攻撃の気配。チョコが戦う方からだ。
「〈ブリンクリジェクション〉」
備えていた、というのもあって今度は〈魔術〉で防げた。
この〈ブリンクリジェクション〉で張れる障壁は、効果時間が短い代わりに強度は折り紙付きなのだ。
灰蜘蛛の不可視の攻撃、糸を振るっての斬撃をきちんと弾いてくれた。
攻撃を行った灰蜘蛛はチョコに襲われており、攻撃を続ける余力はなさそうだ。
今の内に近づいてしまおう。
走りながら意識を傾けるのは視覚よりも《気配察知》。《スキル:糸繰》を使った糸斬撃は目では捉えられないからだ。
奴らの扱う極細蜘蛛糸は、鋼鉄ワイヤー以上の硬度を持つ。鞭のようなしなりのある一撃が命中したならば、鎧ごとスパッと斬られてしまうだろう。
特に、大蜘蛛の糸はヤバい。《骨肉の狂転》及び《血肉の狂宴》の効果が乗っているため、掠っただけでも悲惨なことになる。
《抵抗力》で無効化できればいいが、減衰止まりだった場合は大変に痛い思いをするはずなので注意しなくては。
「〈アイスサイス〉」
曲線軌道で飛ぶ氷の鎌でチョコの背後の灰蜘蛛を倒し、余裕ができたチョコが正面の灰蜘蛛を爪で引き裂き、最後の一体も集中攻撃で倒して灰蜘蛛を全滅させた。
急いでマロンの救援に向かう。
その彼女は、やはりと言うべきか、守護者と五分の戦いを繰り広げていた。
《糸陣張り》を使われる前に接近出来たことが奏功し、足場が広いのが一因だろう。
大蜘蛛の前脚はフランベルジュ──刀身が波打つ形をした剣──のようになっているが、その攻撃を受け流しつつ的確に反撃を加えている。
嚙み付きや《糸操》による攻撃も挟まるが、それらも避けたり流したりしている。
大蜘蛛の八つある複眼の内、二つに穴が開いているのを見るにかなりの健闘ぶりである。
「〈ゲイルジャベリン〉」
まだ距離はあったが、突風の槍を大蜘蛛に撃つ。
大蜘蛛は低く素早い跳躍でそれを躱すも、そこへマロンが追いすがる。
牽制に放たれた〈魔術〉を足運びだけでやり過ごし、顔面に追撃。さらに一つ、複眼を奪った。
「ギっ? チチッ!」
このままではジリ貧と悟ったのか、大蜘蛛は攻勢に打って出た。勢いよく前進したのである。
マロンは相手の顔面を足蹴にし、反動を利用して後退するが、このままではすぐに追いつかれる。
『チョコ、頼んだ』
チョコを向かわせ大蜘蛛にぶつける。
けれど、さしもの成竜とはいえ《レベル70》の守護者相手は荷が重い。ゆっくりとだが、押されている。
「そのまま抑えててねッ」
そう叫んだマロンはさっと大蜘蛛の横へ移動すると、その背に飛び乗った。
そのまま槍で滅多刺しにするマロン。大蜘蛛の背に多くの穴が開けられて行き、奴はたまらず暴れ出す。
マロンが揺れに耐えかねて飛び降りた。
「〈ブラストブレイク〉」
それと同時、準備していた〈魔術〉を発動。
〈ブラストブレイク〉は風の〈特奥級魔術〉。その速度は銃弾すらも凌駕する。
瞬きより早く間合いを詰め、チョコの脇を通り、大蜘蛛の右半身を抉った。
脚をまとめて失い、バランスを崩して藻掻く大蜘蛛。
絶体絶命と悟ったのか、大蜘蛛はこのタイミングで切り札の使用に踏み切る。
これまでとは毛色の異なる純白の糸を尻先から出し。そしてその瞬間、懐に潜り込んだマロンに首元の《魔核》を穿たれ守護者は絶命したのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます