第5話 ミノタウロス
「ハァっ、ハァっ、どうしてこんなことに……っ」
俺はフレディ、D級冒険者でパーティーのリーダーだ。今日も四人の仲間達と西の森で狩りをしていたのだが運悪くあの怪物に見つかってしまった。
くそっ、俺達が活動しているような森の浅い部分には本来もっと弱い魔物しか出ないってのにっ。
「きゃあっ」
「ハンナ!」
遠くに見えた
魔術師のハンナが転んだ。ミノタウロスはもうすぐそこまで迫っている。
「くっ、〈ウォール〉! ……グぁっ!」
咄嗟に引き返し盾の〈術技〉を発動させでハンナを庇った。けれど薙ぎ払われた氷斧に弾き飛ばされてしまう。
ただの薙ぎ払いでなんて威力だ……!
軌道を上に逸らすことでハンナは守れたが、クっ、盾を握っていた両腕が内側から金槌で叩かれるように痛む。
と、そこでミノタウロスが斧を頭上に持ち上げているのに気づいた。まだ逃げられていないハンナをもう一度攻撃しようというのだ。
「チクショウ!」
痛みを押して盾を持ち上げ走りだすがどう考えても間に合わない。仲間の剣士と弓使いも遠距離〈術技〉で牽制しているがミノタウロスの動きは止まらない。
どうか少しでも速くと必死に駆けるが、氷の斧はその材質のように冷徹にハンナへ振り下ろされ──。
「〈コントロールドバレット〉!」
──る直前で遠くから飛んできた炎弾に柄を砕かれた。中折れした棒が虚しく空を切る。
次いで二匹の小竜が飛び掛かり爪と牙でダメージを与えていく。
突然の事態に俺達は呆然とするしかなかった。
◆ ◆ ◆
「俺の使い魔が時間を稼ぐ! とっとと逃げろ!」
大声で叫ぶ。冒険者達は素早く逃走を始めた。盾持ちの戦士の怪我も少女の〈魔術〉で治され走るのに支障はなさそうだ。
彼らは順調に距離を稼いでいたがが程なくしてミノタウロスから大量の魔力が放たれる。
「ブモォォォォ!」
《コールドフィールド》。ミノタウロスの周囲に強い冷気が吹き荒れ草原に霜が降りた。
寒さで動きが鈍った小竜の一匹が拳で叩き落とされる。そこへ再生成された氷斧が直撃。死亡したことでその身は光となって散った。
「マジかよっ」
予想以上の威力に目を剥く。
もう一匹に手が伸ばされるが捕まる前に召喚を解除、そして再召喚。死んでさえいなければ間を置かず再召喚できる。
だが足止め役がいなくなった。俺はともかく冒険者達はまだ十分な距離を取れていない。障害物のない平野ではすぐに追いつかれてしまうだろう。
彼らは迎撃することにしたらしく立ち止まり戦闘態勢を取った。戦士と剣士が前衛で魔術師の少女と弓使いが後ろから援護する陣形だ。
《レベル》は全員二十超え。残存魔力を見る限り消費の激しい《コールドフィールド》はもう使えない。勝てないまでも時間稼ぎにはなりそうだ。
「だからって見捨てられねえよな! 〈コントロールドバレット〉!」
頭を過った卑怯な考えを振り払うように声を張る。〈砲術〉も使う。ついでに小竜も向かわせた。
彼らは親切にもミノタウロスの接近を教えてくれた。そんな彼らを置いては逃げられない。
俺は一度死んでいて今生は前世の延長戦。だから死など恐れていない、と言えば嘘になるが見殺しにした後悔を抱えて生きるのなんて御免だ。前世の最期でそうしたように、助けられるなら手を伸ばしたい。
「それに負け試合って訳でもねーしな」
走りながら前方を睨む。視線の先には敵から目を離さないようにしながらも後退する冒険者達。そして右目を炎弾に焼かれ辺りを斧で滅多打ちにしているミノタウロス。
〈コントロールドバレット〉は弾道を操る〈中級砲術〉だ。炎弾は凄まじい速さだが《敏捷性》の《パラメータ》と《
ただの炎弾では厳しそうだが〈術技〉を使えばダメージは通せるのだ。
未だ狂ったように斧を振り回しているミノタウロスに銃口を向け、放つ。
「〈コントロールドバレット〉」
そして本日三度目の〈コントロールドバレット〉。斧が振り下ろされ地面に埋まったタイミングで左目を狙った。
緩いカーブを描き吸い込まれるようにして目に近づく弾丸だったが直前で氷の斧に阻まれた。
手に持っている斧ではない。そっちは今も地面に埋まったままだ。
《氷斧生成》。魔力を消費して氷の斧を生み出す《スキル》で顔の正面に新たな斧を作ったのである。
斧は破壊できたが本体にダメージはない。
狂乱していたミノタウロスはその一撃で頭が冷えたのか残った左目でギロリと俺を睨みつける。そしてこちらに駆け出した。
進路上に割って入る小竜。戦士がそこに続き盾の〈術技〉で突撃を受け止め、弓使いの矢、少女の〈魔術〉がミノタウロスを貫く。剣士も攻撃の機会を窺っている。
無理に突破すればただでは済まないと野生の勘で察したのか、ミノタウロスはまず冒険者達から排除することに決めたようで氷斧を手に攻防を開始した。
ブンブン振るわれる大斧を戦士が躱し、往なし、残りの三人が随時サポートする。小竜が飛び周り撹乱しているとはいえ一歩間違えれば即、死亡だ。その緊張から来る精神的消耗は相当に激しいものだろう。
本当は両目を潰してからにしたかったがこの辺りが頃合いか。
息を吸って、吐いて、吸って。自身の内に宿った《スキル》へ意識を向ける。
深く集中し〈術技〉を発動できるようにしてから隙を見て思念で指示を飛ばす。
『《ドラゴンブレス》を使え』
指示を出し、引き金を引く。
対するミノタウロスは残った魔力を掻き集め大きな氷斧を生み出した。これまでのものより二回り以上もデカく肉厚な巨斧は《ドラゴンブレス》と炎弾に砕かれながらも製作者を守り抜いた。
ズシャララっ。斧の残骸が重力に引かれ地面に落ちた。
代わりに奥から現れたのは通常サイズの斧を構え〈剣術〉の発動体勢に入ったミノタウロス。彼はこれまでの戦闘で炎銃の射撃にインターバルが必要だと見抜いたのだろう、邪魔が入らない内に〈剣術〉で一気に仕留めようというのか。
その左目は俺を無視して目前の敵を凝視している。
「《職権濫用》、〈シルバーバレット〉」
銀光が閃いた。間髪入れず放たれた二発目の炎弾が宙を翔ける。
白銀の光跡を残すそれは先の炎弾とほぼ同じ軌道を描き、ミノタウロスの肩に命中、爆裂した。
「ブモオオォォォゥっ!?」
意識の外からの攻撃に呻き斧を落とし肩を抑え膝を突く。そんなミノタウロスを鑑定すると《状態:銀浄》になっている。
《銀浄》は敵が魔性に近いほど強力になる《状態異常》だ。魔物であるミノタウロスには効果覿面らしい。
「今がチャンスだッ、叩きこめ!」
「〈
「〈
「〈
「《一唱三嘆》、〈ファイアジャベリン〉!」
距離があるため声が届いたかは怪しいが、俺が叫んだのを皮切りに冒険者達は次々〈術技〉を放っていく。堪らずうずくまるミノタウロス。そこへ颯爽と飛び込んだ小竜がその喉笛を喰い千切った。
ミノタウロスは声にならない悲鳴を上げて倒れる。少しの間藻掻いていたがすぐに動かなくなった。
こうして俺達は格上との戦闘に勝利したのだった。
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