第85話 調査
人狼の区間守護者を倒した俺達は《迷宮》から帰還した。
《大型迷宮》は《中型》よりもさらに広大なため、二階層を踏破するだけでもかなりの時間がかかってしまうのだ。
メルチアの北ギルドよりもなお大きい王都の冒険者ギルドに入り、素材を渡す。
ギルド内はこれまで見たことがないほどの冒険者で混んでいたが、受付の数も相応に多かったため、さほど並ばず順番が来た。
「はい、今回の報酬。あんたら若いのにやるわね、頑張りなよ」
豪放な雰囲気の職員からお金を受け取り、宿屋に戻る。
守護者からは《ドロップアイテム》と宝箱が得られるため懐はかなり暖まった。
「ねぇ、明日は休みにしたいんだけど、いいかな?」
「良いんじゃないか。俺も予想以上に疲れたし」
何なら今日も休みにするべきだったかもな、とも思う。
勢いで突入してしまったが、旅から休息も挟まず《迷宮》攻略など慎重さを欠いていた。マロンは疲れているだろうし、俺は《称号》の再生効果で肉体は平気だが気疲れがある。
いくら低《レベル》の階層とはいえ反省だ。
「そっか。じゃあ明日はお休みで。実は一人で行きたいところあるんだけど、私に用とかないよね?」
「特には無いな。俺も調べたいことがあったしちょうどいい」
という訳で明日は別行動になった。
メルチアで利用していたものより二回りはデカい巨大公共浴場で汗を流し、少し味付けの異なる夕飯を食べ、そして翌日。
「行ってらっしゃーい」
「おう」
身支度を整えているマロンを置いて俺は宿を出た。
目指すは大図書館だ。宿の人に大まかな位置は聞いていたし地図も持っていたので、一時間足らずですんなり着いた。建物自体が目立っていたからと言うのもあるが。
王都にいくつかある図書館の中でも、最大規模を誇るというその大図書館は、遠目に見つけられるくらいには目立つ。
……これだけ大きければもしかすると……。
「入館料です」
「はいよ。たしかに」
ちょっと割高な入館料を払い中に入る。調べ物開始だ。
「ふう、もうこんな時間か」
十二時を知らせる鐘を聞きつつ鼻の付け根を抑える。何冊か本を読んでいるうちに正午を迎えてしまった。
「見つからずじまいか……」
読み終えた本を閉じて独り、小さく
案の定、というのが本音ではあるがここでも探している情報、即ち、受肉した悪魔を人間に戻す方法は見つからなかった。
「まあ収穫もゼロじゃなかったけどな」
本のあった棚へと歩いて向かいつつ、様々な職種の仕事内容を取材した古めかしい本の、悪魔処刑人の項目を思い返す。
悪魔関連の書籍は民間伝承をまとめたような真偽不明の物が多いのだが、その本は淡々とした筆致で余計な脚色がなく、信憑性が高いように感じられた。
その書によると受肉前、つまり悪魔に体を乗っ取られる前なら悪魔だけを殺せるらしい。
悪魔と契約すると悪魔は契約者の体の内に宿り、滅多なことでは外に出てこなくなるとのことだが、契約者が望めば体外に排出できる。このときの悪魔は精神体という弱体化状態にあるため、体が脆く胸の《魔核》も簡単に破壊できるそうだ。
なので悪魔契約者を捕えた後は悪魔を外に出すよう説得したり拷問したりするらしい。
あまり時間をかけすぎると悪魔に体を乗っ取られる可能性があるため、そうなる前に契約者ごと悪魔を殺すこともあるという。
受肉しては元に戻す方法がないため仕方のない事であるが、人間を殺すのは辛い、という述懐が印象的であった。
意外な形でヘンリエッタさんの「受肉した悪魔は元に戻せない」という発言の裏が取れてしまったが、さすがに一冊だけでは確証とするには心許ないので、もう少し調査は続けるつもりだ。
それから、悪魔と契約するメリットも分かった。
それはズバリ、悪魔の力を借りられることだ。
力を借りている状態のことを憑依といい、憑依中は《レベル》が上書きされ、悪魔の《スキル》も使えるようになる。
黒いオーラが体を覆っているため人前で使うと一発でバレるが。
また、憑依中は《経験値》が全て悪魔の物となるため、自身のパワーレベリングに利用するのは難しいとのこと。
「悪魔に興味がおありなのですか?」
得た情報を整理しながら本を棚に戻した時だった。司書の制服を着た青年から声を掛けられた。
優し気な風貌に似合う、柔らかな微笑を浮かべている。
「まぁ、はい。少し興味がありまして。詳しく書かれた本がどこにあるかとか知ってますか?」
「申し訳ございません、悪魔に関する文献は数が少なく、私も存じていないのです。私の知り合いが詳しいのですが、今からご紹介しましょうか?」
「いいんですか?」
「はい、彼は近くに住んでいますし、この時間はいつも暇をしていますので。私もちょうど昼休憩ですし、昼食でも食べながらお話ししましょう」
少し、考える。何だか話が上手すぎる気がするのだ。率直に言って胡散臭い。
だがしかし、この話に頷いた場合のデメリットが思いつかない。騙そうとしているとして、それはいったい何のためか。それが分からない以上、俺の考えすぎという線も捨てきれない。
……あまり人を疑ってかかるのも良くないか。取りあえず受けてみよう。
「ではお願いできますか」
「はい、喜んで」
それから青年に付いて行く。特に祭りの日でもないのにそれなりの人混みで、はぐれないようにしながら歩いていると青年は狭い脇道に入って行った。
俺も続いて中に入り、何度目かの角を曲がる直前で人影が飛び出して来た。それは俺と青年の間に割って入り、そして屋根の上から何者かが俺の背後に降り立つ気配。
挟み撃ちという状況だが、脅威でないことは鑑定して分かっている。元より魔力も練り終えていたためいつでも戦闘上等だ。
とはいえ、まずは話をしてみよう。
「これはどういうことですか?」
「悪魔の本を調べておりましたのでお連れしました」
青年は俺の問いかけには答えず、目の前の人影、紺を基調とした軍服っぽい服の男に報告した。
ちらりと後ろを見てみれば、その人も同じく軍人のような格好をしていた。
「ではまずは」
「了解、捕縛します」
「待──」
「〈バーストブロウ〉」
一瞬の出来事だった。
背後の敵が一歩踏み出し、その足が地面に着くより早く爆風で吹き飛ばす。同時に前方へ腕を突きつけ、いつでも〈魔術〉を放てると視覚的にわかりやすく威嚇する。
「くっ……」
「独断専行とは何事だ馬鹿者ッ!」
「もっ、申し訳ありませんっ」
壁際まで吹き飛ばれ、戻って来た後ろの女。彼女を一喝した男は、一度俺と目を合わせ、会釈くらいの角度で頭を下げた。
「すまない、部下の非礼を詫びさせて欲しい」
「た、隊長……」
「貴様は黙っていろ。まずは身分を明かそう。我々は蛇の団の十番隊だ」
蛇の団とはたしか王都に八つある騎士団の内の一つだったはずだ。
胸に付けた記章を指でさしてアピールしているが、本物を知らないので真贋の判別は付かない。
適当に頷きながら先を促す。
「現在、王都では悪魔契約者の事件が頻発している。その調査にこちらの司書にも協力してもらっているのだ」
嘘をついてすみません、と青年が手を合わせている。
「本当は軽い検査だけのつもりだったのだが、部下が先走ってしまい重ねてお詫びする」
「いえ、気にしていませんよ」
「寛大な対応に感謝する。そして無礼は承知の上だが、これから検査を行わせていただく。済まないがこれも治安維持のためなのだ」
隊長、と呼ばれた人物は、慇懃だが有無を言わさない威圧感をまとってそう言った。
「いいですけど、過敏じゃないですか? そんな、ちょっと悪魔について調べただけで……」
「わざわざ悪魔について調べる人間はそうは居ない。それこそ、悪魔契約者を除いてな。それに我々は僅かな手がかりでも見逃すわけにはいかんのだ。一刻も早く、契約者増加の原因を突き止めなくてはならない」
「そうですか……」
そう告げる隊長の眼差しは真剣そのものである。
……俺も港町ペティでは悪魔の被害に遭った。目の前で悪魔に体を奪われる者を見た。
彼らの強引さに少々反発を覚えるが、協力したいという想いの方が勝る。
「どうぞご自由に調べてください」
「では、失敬」
それから間もなくして検査は終わった。荷物は財布と地図の入ったポーチくらいしかない軽装なのだからさもありなん。
最後に《魔道具》に魔力を込めて検査は終了だ。
「《退魔の銀鈴》にも反応は無し。どうやら我々の思い過ごしだったようだ。協力感謝する」
隊長は再度頭を下げ、袋を差し出してくる。
受け取り中身を確認すると、光を受けた銀貨達がキラリと光った。
どうやら口止め料とか慰謝料とかそう言う類のものらしい。
日本だと問題しかない行動だが、異世界では普通なのだろうか。ありがたく頂戴しておこう。
「いえいえ、お仕事なんですし構いませんよ。それより早く原因が分かるといいですね。悪魔に体を奪われてしまうのはいくら契約者とは言え悲惨ですし」
「悪魔に体を奪われる……だと?」
怪訝そうな顔でオウム返しされた。
「前に訪れたペティという町でそういう事件があったのですが……」
「……その話は初めて聞くな」
……受肉のことは騎士団も把握していないのか……?
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