4-4 進路
三年生と一年生では下駄箱の位置が違うため、昇降口でいったん別れた。ドアのところで自然と合流し、今度は縦ではなく横に並んで歩く。行き先は決めていないが商店街だろう。商店街であれば食べ物も売っているし、休憩スペースもある。なんなら愛澤の家に上がり込んでも良い。
そんなことを考えながら愛澤の隣に並ぶ。三年生と一年生の男女が一緒に歩いているのは珍しいのか、下校中の生徒の視線が突き刺さる。「あの二人って付き合ってるの?」というささやき声が聞こえ、千春は愛澤を見上げた。
目つきが悪く、ぶっきら棒ではあるが優しい人だと思う。教室にいきなり押しかけても、文句を言いつつ千春の話を聞いてくれる。千春は愛澤を面倒見の良い兄としか見られないが、愛澤の優しさを知って恋に落ちる子もいるのかもしれない。
けれど、愛澤はアモルと並んでいる姿が一番しっくり来る。アモルと一緒にいる愛澤は楽しそうで、表情が柔らかい。瀬川も自分に向けてそういう顔をしていたのだろうかと、千春は記憶を探るが、上手く思い出せない。
「私、瀬川くんは、千波さんと一緒にいる方が自然だと思うんです」
「千波って、お前が初めて三年教室に来たとき一緒にいた?」
「はい」
頷きながら千春は瀬川と千波が並んでいる姿を思い浮かべた。初めて話した時も二人は一緒にいた。二人は覚えていないけれど、初めて一緒に登下校したとき、息の合った二人を見て羨ましいと思った。
「ってことは、お前は瀬川の気持ちに応えるつもりはないんだな」
「友達としか見られないので」
ハッキリ答えると、愛澤は苦いものでも食べたような顔をした。自分が片想いしていることもあり、瀬川に同情してしまったのだろう。
「ほんとにクティさんしか眼中にないんだな」
「愛澤先輩だって、アモルさんしか眼中にないでしょう?」
そういって見上げると、愛澤は一瞬表情を消し、それから無理矢理千春から視線をそらした。それから少しの間をあけ、観念したように弱々しく本音を口にする。
「今はそうだけど……」
「今は?」
「そう、今は。そのうち忘れられる。俺、高校は地元から離れて寮に入ろうと思ってるし」
思ってもみなかった言葉に、千春は固まった。動きを止めた千春に、気づいた愛澤が振り返る。そして苦々しい顔をする。
「バカだろ? 初恋忘れるために、わざわざ遠くの高校受験するんだ」
「それ、アモルさんは?」
「言ってない。言ってもアモルちゃんが分かるか、微妙だし」
幼いアモルの言動を思い出す。人間社会に紛れて生活しているのだから無知ではないだろうが、行ったことがない学校や進路について、どこまで理解しているかは分からない。
「アモルさん、寂しがるんじゃないですか?」
「最初はそうかもしれないけど、すぐ忘れるよ。アモルちゃん、泣き虫だけど忘れっぽいから。俺のことなんて忘れて、新しい恋人とか、俺みたいなお気に入り見つけるよ」
愛澤はそう、自分に言い聞かせているようだった。期待するな。相手は人間じゃないのだと、アモルとの間に隔たる境界線を自分の手で広げているようだ。千春は胸の奥が重たくなった。
アモルはたしかに子供っぽいし、忘れっぽいのだろう。恋人である翔太の愛を食べた後も平然としていた。アモルにとって恋人とは美味しいご飯をくれるだけの人。
しかし、愛澤は違う。愛澤はアモルにご飯をくれるわけじゃない。食べるために人と関わるのが変食さん。それなのにアモルは食事にはならない愛澤を可愛がり、一緒にいようとする。それは特別というのではないだろうか。
「アモルさんは愛澤さんのこと、特別だと思ってますよ」
アモルの気持ちを決めつけて、無かったことにしようとする愛澤に、クティが重なった。自分の気持ちを決めつけないで、勝手になかったことにしようとしないで。そういう自分自身の気持ちも込めて、愛澤の制服の裾を引っ張った。愛澤は千春を見下ろして眉を下げる。泣きそうな顔だった。
「特別だから一緒にいられない。アモルちゃんが泣くところは見たくない」
「なんで一緒にいたら、アモルさんが泣くんですか?」
「人間と変食さんじゃ寿命が違う。俺はアモルちゃんを置いて死ぬ。関わりが深ければ深いほど、アモルちゃんは悲しむよ」
泣きじゃくるアモルの姿が、千春の脳裏に浮かんだ。「恋くん、恋くん」と悲痛な声で泣く姿は前にあったことだ。それを理解した千春は愛澤の制服から手を離した。
「アモルちゃんがお姉ちゃんって慕ってた人が居たんだ。クティさんはあんまり関わるなって、その人と一緒にいるアモルちゃんを見ては文句を言ってて、なんでアモルちゃんの好きなようにさせてあげないんだろうって、俺は思ってたんだけどさ」
愛澤はそこで言葉を区切った。
「……その人が亡くなった時、アモルちゃんがすごく泣いてて、それを見てクティさんがアモルちゃんを止めてた意味が分かった。俺たちと変食さんじゃ寿命が違う。絶対に俺はアモルちゃんよりも先に死ぬ。あんな風に泣くアモルちゃんを残して死ぬのは嫌だ」
「だから、距離をとるんですか? 自分のために泣かないように」
「俺はアモルちゃんに忘れられたくない。でも泣かれたくもない。アモルちゃんの思い出は、俺が覚えてれば十分だから」
そういって愛澤は笑う。それはとても優しくて、同じくらい悲しい顔で、見ているだけで胸が締め付けられる。
「アモルさんは愛澤先輩のこと、忘れないと思いますよ」
「アモルちゃん、そんなに人間に興味ないよ」
愛澤は千春の言葉を信じていないようだった。千春はアモルが泣いていたことを伝えようと思って、飲み込んだ。そんなことを伝えたって、愛澤が苦しむだけだ。千春が覚えているのは泣くアモルだけで、前の二人の関係は覚えていない。前と今が同じなのかも分からない。
何でこんな中途半端に記憶があるんだろう。そう千春が歯がみしたとき、何かが引っかかった。半端に残る記憶について、誰かにどこかで教えて貰ったような……。
「思い出した!」
突然叫んだ千春に、愛澤は肩をふるわせた。何事かと千春を凝視する視線を感じたが、千春は記憶を探ることに必死だった。白い空間の中で、青い少年が笑っている。「やっと思い出したね」と笑う少年の声が聞こえた気がして、千春は慌ててスマートフォンを鞄から取り出した。
「マーゴさんに聞きたいことがあるんです! 商店街いったら会えますか!?」
「マーゴさん? この時間なら、起きてるとは思うけど」
愛澤の言葉を聞いて、千春は登録されたマーゴの番号に電話をかけた。数回の呼び出し音の後に「もし、もし……?」という若干眠たそうな声が聞こえる。
「マーゴさん! 話したいことがあるので、愛澤先輩の家に来てください!」
「俺の家!?」
驚く愛澤をよそに、電話からは「わかった~」という気の抜けた声が聞こえた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます