1-3 会話
「ごめんね……同級生がいるの初めてで。なかなか名前も覚えられなくて」
その言葉に千波はピタリと笑うのを止め、瀬川は下がっていた眉をよせた。二人とも神妙な顔で千春を見つめる。そんな二人を見て千春は変なことをいっただろうかと首をかしげた。
「……藤堂さん、病気で小学校通えなかったっていうの本当だったんだ」
「うん、そう。学校通うの初めて。同い年の子と話すのも久しぶり」
笑みを浮かべてそういうと二人の表情は更に険しくなる。なにを間違えたのかと千春は眉を寄せた。
自分は普通の子供とはズレている。それは中学に通い初めてすぐに分かったことだ。病院から出たことがなかった千春にとって学校は未知の空間で、同級生も未知の存在。なにが普通でなにがおかしいのか、千春にはよくわからない。
それでも二人が千春を気遣ってくれたのは分かる。見ないふりだって出来たのに、ほとんど話したことない千春のために動いてくれた。
「ありがとう。二人のおかげで助かった」
今はお礼をいうべき場面だろうと千春は二人に笑顔を見せた。千波は照れくさそうに視線をそらし、瀬川は嬉しそうに笑う。反応の違う二人を見て、なにかが引っかかった。
こんな風に、よく一緒にいるのにまるで違う反応をする二人を千春は前にも見たことがある気がする。
けれどいくら記憶を掘り起こそうと、そんな知り合いはいない。病院生活が長い千春に知り合いなど数えるほどだ。それなのに思い出せないことに千春は顔をしかめた。
病気が治った朝からこういうことがよくある。経験したことがないのに、知らないはずなのに、なぜか知っている気がする。そんな不思議な感覚が千春を何度も襲う。
これも病気の後遺症なのだろうかと千春は頭をおさえた。
「大丈夫?」
「調子悪いの?」
気づけば千波と瀬川が心配そうに千春を覗き込んでいた。それに千春は慌てて首をふる。体調は良い。あの日目覚めてからずっと。病院からずっと出られなかったのが嘘のように。
「大丈夫。お腹すいたなあと思ってただけ」
誤魔化しの言葉だったが呼応するようにお腹がきゅーと鳴いた。千春は目を瞬かせて自分のお腹を見つめる。タイミングがいいと思うべきか、お腹が空くのが早すぎると困るべきか。
「本当に藤堂さん、大食いなんだねえ……」
「どこに入ってるの」
千波と瀬川の表情も苦々しい。それに千春は「分からない」と答えながらお腹をなでた。
食べても食べてもお腹がすく。物足りない。一体自分の体はなにを求めて空腹を訴えているのか。
「お腹すいたから私はもう帰るね。助けてくれてありがとう。また明日」
鞄を持つと千春は二人にそういって手を降った。千波は「また明日」と手を振り返してくれたが、瀬川は黙り込んでいる。なにかを考えている姿に千春は首を傾げ、千波も訝しげに瀬川を見つめた。
「あ、あのさ! 俺も一緒に行っていいかな! 藤堂さん一人じゃ心配だし」
意を決した様子で瀬川はそういった。隣にの千波が驚いた顔で瀬川を見つめている。
「心配?」
「また森田さんみたいなのに絡まれたら大変だし」
わざわざ千春に絡んでくる人間が森田の他にいるとは思えなかったが、両親も千春が一人で出歩くのは心配だとこぼしていたのを思い出した。
病院を出た以上、一人で生活できるように慣れなければいけないと両親を説得したが、病院生活が長かった一人娘が一人行動をしているのを両親が心配するのは当然だ。そう考えるとクラスメイト、しかも男子が一緒に行動してくれれば両親の不安が和らぐ気がした。
「いいの? 一緒にいってくれるなら嬉しいけど」
千春がじっと瀬川を見つめると瀬川は頬を赤らめて焦った顔をした。自分から言い出したのに慌てる様子に千春は首をかしげる。そんな瀬川を千波はおもしろくなさそうな顔で見つめていた。
「じゃあ、私も一緒にいく」
「えっ」
瀬川が大きな声をあげる。千春としては一人増えようが二人増えようが変わらない。両親の不安を考えれば人数が多い方がいい気がした。入学してもなかなか友達ができないことも心配していたようだから、クラスメイトと一緒にスイーツを食べたといったら手をたたいて喜んでくれるかもしれない。
しかし瀬川はそうは思わなかったようで不審そうな目で千波を見つめている。
「友ちゃんさ……部活は?」
「今日は休み。じゃなかったらこんな時間にこんなところにいない」
千波は腕を組んで瀬川をにらみ返した。その表情は不機嫌そうであり不満げだ。そんな千波を見る瀬川の顔もどこかふてくされた様子であり、二人のやりとりの意味がわからない千春はただじっと二人の様子を見つめていた。
ただ一つ気になることがあるとすれば呼び名。
「友ちゃん?」
「あれ? 藤堂さん知らなかった? 俺と友香は幼馴染み」
そういって瀬川が人なつっこく笑う。言われた千波は鼻をならした。それからじっと千春を見つめる。
「コイツ、女子と距離近くてすぐ勘違いされてもめるんだ。藤堂さん、ただでさえ森田さんに絡まれてるんだし、コイツと二人っきりで出かけたりしたら女子に嫌われるよ」
「えっ、ひどい! 俺はただ友達として、クラスメイトとしてみんなと仲良くしてるだけなのに!」
「クラスメイトとして仲良くしたいならもうちょっと距離感考えなよ。もう中学生なんだから小学生みたいに男も女も関係なく手をつないで仲良くしましょうって環境じゃないの」
打ちひしがれる瀬川に対して千波は容赦がない。それでも二人の空気は険悪ではなく幼い頃から一緒にすごしていたからこその信頼が感じられる。そんな二人を千春はうらやましく思った。こんな風に遠慮なく言い合える存在が千春にはいない。
同時に不思議にも思った。
「なんで瀬川君と二人で出かけると女子に嫌われるの?」
首をかしげる千春に千波は目を見開き、それから困った様子で眉を寄せた。
「そっか……藤堂さん小学校いってないんだもんね……。男子が関わったときの女子の恐ろしさを知らないよね……。どうりで森田さんの圧にも微妙な反応してたわけだ」
千波は千春には意味が分からないことをブツブツとつぶやいて、参ったといった様子で前髪をかきあげた。
「これが庇護欲……」
「友ちゃんもわかる? 藤堂さんって守ってあげたくなる雰囲気あるよね?」
「うるさい」
いつの間にか復活した瀬川に千波は冷たくいい返しながらその頭をチョップする。二人にとってもはや慣れ親しんだやりとりらしいが、千春からみると痛そうだ。瀬川はギャンッと犬みたいな声をあげて頭を押さえてしゃがみこんだ。ちょっとかわいそうに見えるけれど、二人とそれほど親しくない千春が口をはさめる問題でもない。
「やっぱり私も一緒にいく。藤堂さん一人で歩かせるには不安すぎるし」
「そんなに?」
中学に入学してからというもの一人で登下校してるし、一人で買い食いしてる。一人で出歩くのはだいぶ慣れてきたと思っていたのだが、千波からすると心配が勝るらしい。両親の反応もそんな感じなので、自分は人を不安にさせる要素があるのだなと千春はぼんやり思った。理由は全く検討がつかなかった。
「えー友ちゃんも一緒か」
「あんた二人っきりでまともにしゃべれるの」
千波の言葉に瀬川は固まって千春をチラリとみた。視線があったので見つめ返すと瀬川の顔がなぜか赤くなる。
「友ちゃんがいてくれて良かった……!」
「貸しだから」
なぜか拝み始めた瀬川を放置して千波は鞄を取りに席へと戻った。その様子をみた瀬川も慌てて自分の机へ鞄を取りに行く。帰り支度がすんだ二人が千春を見つめるので、千春は二人に合流すべく歩き出した。
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