1-4 青年
放課後、クラスメイトと一緒に帰るのは新鮮だ。
千春の右手に瀬川、左手に千波が並び三人で歩く。瀬川が学校で起こったこと、友達から聞いた話を面白おかしく話してくれて、千波がそれに突っ込みをいれる。それを聞いた千春は相づちをうち、時に質問し、クスクスと笑う。そうした時間はとても和やかで、もっと早く二人と一緒に帰れれば良かったと千春は思い、瀬川の名前すら覚えていなかったことを反省した。
「藤堂さんはいつも買い食いしてるの?」
「夕飯まで待てないから」
そういって千春がお腹をなでると瀬川は神妙な顔をし、千波はなんともいえない顔で千春を見つめた。
「ものすごく燃費悪いよね。どこに入ってるの、食べたもの」
「それは私も不思議。こんなに食べてるのに背も伸びない」
千春はそういうと唇をとがらせ、女子の中でも背が高い千波を見上げた。千波は手足が長くスタイルがいい。スカートから運動部らしく鍛えられた足が見え、千春はとてもうらやましくなった。じっと見つめていると千波が不思議そうな顔をする。
「千波さんは背が高くて、綺麗で大人っぽくてうらやましい」
「うぇ!?」
「友ちゃんが綺麗で大人っぽい!?」
千波は突然の千春の賛美に顔を赤くし、瀬川が信じられないという顔で千春と千波の顔を交互に見る。瀬川の反応に動揺から立ち直った千波は顔をしかめて、すでに何度もみたチョップを繰り出した。何度もこうしてチョップされているのにこりずにチョップされる瀬川は実はバカなのかと千春は失礼なことを思う。
「私いくら食べても背が伸びなくて小さいままだから」
千春は同世代と比べても小柄だ。制服を着ていてもセーラー服を着た小学生と勘違いされることがある。両親はこれから背は伸びるからと笑っていたが、千春は自分が大きくなる姿が想像できない。ずっとこのまま小さいままだったらどうしようと不安になる。
「もっと大人っぽくなりたい。小さいままだと……」
その後に続く言葉が出てこず千春は目を瞬かせた。小さいままだと困る。そう思ったのだが、なにに困るのだろうか。自分の思考に首をかしげる千春を千波はニヤニヤ笑いながら見下ろした。
「藤堂さん、年上が好きなの?」
「えぇ!?」
瀬川が大声をあげ、嘘だろという顔で千春を見つめた。千春は悲痛な顔をする瀬川と楽しげに笑う千波の両方を見つめてから、
「どちらかというと年上が好きかな」
と答える。これに瀬川が悲痛な声を上げ、千波がどんまい。とつぶやきながら瀬川の背中をたたいた。二人のやりとりの意味がわからず千春はじっと二人を見つめた。
千春からすると同世代、年下よりも年上と一緒にいる方が落ち着くのは当たり前なのだ。病院では年上の方が多かった。よく話す看護師さんは大人だし、医者だって大人だ。同じ病室にいる患者も年上が多く、千春のいる病院で年下は数えるほどしかおらず、接点もあまりなかった。
未だどんな話をしていいかわからない同級生や年下よりは年上の方が好きという単純な理由なのだが、瀬川と千波にとっては違うようだ。やはり同い年の子はよくわからないと千春は内心首をかしげながら二人を見守った。
「ほらいくよ。のんびりしてるとカフェしまっちゃう」
千波は先ほどに比べて上機嫌な様子でそういうと、千春の手を引いて歩き出す。急に手を引かれた千春は驚いたが悪い気はしなかった。千波の自然な様子からみて、クラスメイトでこうして手を引くのはおかしなことではないのだろう。
「ちょっと友ちゃん、おいていかないで」
瀬川が悲痛な声をあげてついてきたが、千波の歩みは止まらない。振り返れば瀬川が飼い主においていかれた犬のような足取りで後ろをついてきていた。
「年上……年上かあ」と繰り返す瀬川を見て千春は不思議に思う。それほどまでに年上が好きというのはショックを与える情報なのだろうかと。
「藤堂さん、いつも駅前まで来てるの?」
学校から駅前まではそれなりの距離がある。千春の家とは反対方向に当たるため、用もなければわざわざ来ない場所だ。だから千春は首をふって答えた。
「ビックパフェが期間限定メニューで出てるの」
そういいながらスマートフォンに保存した画像を引っ張りだす。両親には前日にどこにいくか連絡を入れるのが藤堂家のルールだ。千春が途中で具合が歩くなっても行き先を知っていればスムーズに迎えに来ることができる。だから画像も両親に報告するために用意したものだ。
それを見た千波は頬を引きつらせた。「でか……」と引いたような声がもれる。両親も似たような反応をしていたので千春は驚かない。しかし、自分の食欲は異様なのだと再認識して少しへこんだ。
「藤堂さん、一人で食べきれるの?」
「食べきれると思う」
即答すると千波の表情がますます引きつる。なにかを言おうとしたが、教室での千春の食欲を思いだしたのか口をつぐんだ。それから千春の小さな体を見つめて納得のいかない顔をする。それに関しては千春も同意見なので否定はしない。これだけ食べてなぜ身にならないのか。特に胸と、中学一年生としては平均くらいありそうな千波の胸に恨めしげな視線を向けた。
追いついてきた瀬川が立ち止まっている二人をみて不思議そうな顔をしている。それに千波は適当な言葉を返して歩き出した。
「普段はもっと近場なんだ」
「うん。近所のお店の方がサービスしてもらえるし」
千春の大食いは行きつけのお店では有名だ。小柄な少女が大人顔負けの食欲を発揮するのは見ていてい面白く、綺麗に平らげる姿は料理人から見て気持ちがいいらしい。千春が大食いになった経緯を知れば、もっといっぱいお食べとサービスしてくれる店主は増えた。食事を必要とする千春はその好意をありがたくちょうだいしている。遠慮なんかしていては食欲は満たされない。
「安心した。藤堂さんみたいなちっちゃい子、駅前をふらふらしてたらあっという間に誘拐されちゃいそうだもん」
「そんなに弱そう?」
「か弱そう」
千波はそういうとまぶしそうに目を細めた。それは自分にはないものを羨ましがる目で、先ほど千波を羨ましいと思った千春からすれば共感できるものだった。千波が千春のなにを羨ましいと思ったのかはわからなかったが、同じ気持ちだとわかると千波に少し親近感がわく。
「二人とも、なんか仲良くなってない?」
「そりゃ女の子同士だし。男子よりも仲良くなるに決まってるでしょ」
微笑まれて千春は思わずうなずいた。それを見て瀬川が「うそぉ」と悲しそうな声を上げる。先ほどからずいぶん感情の振れ幅が大きく、千春には瀬川がなにを考えているのかまるでわからなかった。
「拓実うるさい。文句いうなら私と藤堂さんだけでカフェ入るから、帰って」
「俺が最初に誘ったのに!」
子犬がキャンキャンと大型犬に吠えている。そんなイメージの浮かぶやりとりに千春は小さく笑う。これが二人の日常なのだと受け入れた千春は様子を見るのはやめ、スマートフォンを操作して目的の店を探しはじめた。初めて行く店なので場所を確認しないとわからない。地図と現在位置、周囲の状況を照らし合わせてぐるりと周囲を見渡した千春は、ある一点で動きを止めた。
ちょうど電車が到着したらしく駅から人があふれてくる。そのあふれる人を花壇に腰掛けた青年がぼんやりと見つめていた。なんで今まで気づかなかったのかと思う派手な服装。ピンク色のファー付きジャケットに穴が開いたスキニージーンズ。ポケットからじゃらじゃらと鎖が伸びて、耳にはピアス、手首にはブレスレットに指輪ととにかく目を惹く姿をしている。
それなのに風景の一部に溶け込むように青年はそこにいた。駅から出てきた人も、周囲を歩く人も、千春以外誰も青年に気づいていない。目を惹く容姿なのに目立たない。その不自然な矛盾。それになぜか千春はなつかしいと思った。
「クティ……」
気づけば口から言葉がもれた。それが青年の名前だとなぜか分かった。だが千春は青年と会ったことがない。あれだけ目立つ容姿をした人間、一度あったら忘れられるはずもないのに、千春は覚えていない。それなのに名前は間違っていないという確信があった。
おかしいと冷静な部分が警鐘を鳴らす。関わってはいけない。近づいてはいけない。そういうのに、千春はどうしたって我慢できなかった。
「クティ!」
今度は大きな声で名前を呼んだ。待っていられずに駆け出す。後ろで言い合いを続けていた千波と瀬川が驚く気配がした。そんなのにかまっていられず千春は青年へと一直線に走る。千春の声と行動に視線が集まり、ぼんやりと宙を見ていた青年がこちらを向いた。
特徴的な瞳が千春を見つめる。一瞬見開かれた瞳は驚愕を表していた。なぜと戸惑う青年の気持ちが千春にはわかる。なぜかわかる。初めて会ったはずなのに、何度もその顔を見たことがある気がした。
少し走っただけなのに息が荒い。青年の前で胸を押さえて息を整える。その間も青年は動かずにじっと千春を見つめていた。それが嬉しくて涙が出そうになる。
顔をあげ真っ正面から青年を見つめた。千春の知る誰よりも整った容姿。癖が強くはねた髪。特徴的な瞳。すべてが懐かしくて仕方がない。やっと会えた。そう千春は思った。
「……誰だお前」
しかし、青年から飛び出したのは低い声。眉を寄せ、初対面に向けるような警戒しきった顔で、青年は千春をにらみつけた。
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