3-2 外レかけ
「愛澤先輩、いらっしゃいますか!」
そういって元気いっぱい教室のドアをあけた藤堂を視界にいれて愛澤恋はすぐさま逃げ出したくなった。藤堂に集まった視線が恋へと移動する。一度目に比べれば驚きよりも好奇心が強い。噂話が大好きな女子が顔を寄せ合い、恋に不都合極まりないことをいい始める前に恋は勢いよく立ち上がった。
「今度は何のようだ」
「昨日、話の途中で帰ってしまったのでお詫びと、話の続きをしに来ました」
上級生の視線が集まっているというのに全く動じた様子がない。藤堂には教室内にいる生徒たちが見えていないのだろうか。そんなことを思いながら恋は額に手をあて、渋々ながら藤堂が待つドアへと近づいた。
囃し立てるような声が聞こえて声の主をにらみつける。それでも声は止まず、恋は苛立ちに身を任せて怒鳴ろうかと思った。
「お前らそのくらいにしろ。勘違いしないように行っておくけど、そこの可愛い下級生は恋の知り合いのお兄さんが好きなんだよ」
恋の気持ちを察したのか、大雅が声をはる。大雅の言葉で無粋な妄想で盛り上がっていた同級生たちは動きを止め、今度は興味津々に藤堂を見つめた。その視線を振り払うべく恋は早足に教室を突っ切った。大雅も「噂話はほどほどにな」とクラスメイトに釘を差しながらついてくる。その効果がどれほど発揮されるかは分からないが、言わないよりはマシだろう。
大雅が出てきたのを確認すると教室のドアを乱暴に閉める。人気のない場所というと校舎裏だろうかと恋は考えながら足を進めた。
「昨日一緒にいた友達は?」
「愛澤先輩のところに行くっていったら、今日はいいって」
青い顔で逃げていった瀬川の姿を思い出し、それはそうだろうと思う。恋の顔を見れば一緒に昨日の光景を思い出してしまうだろう。アモルの食事風景は純情そうな瀬川にはいろんな意味で刺激が強かったはずだ。恋だってなれるまでに時間を必要とした。
それを踏まえると、昨日、今日で何事もなかったように自分を訪ねてきた藤堂の方がおかしい。昨日の光景を見て何も思わなかったのだろうかと表情をうかがっても眠たそうな瞳に変化は見られない。
「昨日、見ちゃったって聞いたけど、大丈夫?」
事情を話した大雅の方が気遣わしげに藤堂に話しかけた。アモルの食事風景を目撃してトラウマになった商店街の男子は少なからずいる。大雅もその一人なので、藤堂のことが心配だったのだろう。
しかし藤堂は何を言われたのか分からないという顔で目を瞬かせた。
「見たって、アモルさんと翔太さんのキスシーンですか?」
性的話題とは無縁そうな藤堂が平然と告げた言葉に少なからず恋は動揺した。大雅も同じ気持ちだったらしく「えっ、あっ、うん」としどろもどろになっている。
「それもそうだけど、アモルちゃんの食事風景とか……」
「アモルさんってああやって食事するんですね。もっと怖い感じかと思ってました」
またもや平然と答えた藤堂に大雅は言葉をなくした。早足に校舎裏へと向かっていた恋も足を止め、藤堂を凝視する。
藤堂は恋と大雅の視線を受け止め、不思議そうに首をかしげていた。
「怖くなかったのか?」
「なんで怖いんですか? 瀬川くんもなぜか怯えてましたけど、おばけが出たわけでもないのに」
藤堂はやはり眠たそうな目で恋を見上げ首をかしげている。その姿がクティやアモル、人ではない者たちに重なってゾッとした。
「お前……何者なんだ」
藤堂は意味が分からなかったらしく恋を凝視している。その姿はどこからどう見ても小柄な少女。けれど、中身が伴っていないと恋には分かった。ずっとアモルと一緒にいたからこそわかる、肉体と魂の不一致。そこに気づけばクティが藤堂を気にかけ、自分から遠ざけようとしていた意味もわかってしまう。
「お前、外レかけただな」
「外レかけ?」
藤堂は初めて聞いたという反応で目を瞬かせた。これは演技ではないとわかる。だからこそ質が悪い。
「外レかけって……」
「とりあえず、人気のないところまで行くぞ。ここで話す内容じゃない」
恋の言いたいことを理解した大雅が顔を青くするが、大雅をフォローする時間も惜しい。昼休みは短い。さっさと済ませないと午後の授業に集中するどころか、解決するまでモヤモヤが消えなさそうだ。
早足になった恋に大雅が続く。その後から藤堂もついてきた。小柄なために小走りになっているが気にかけてやる余裕はない。頭の中で自分の知っている情報を整理して、恋は思わず舌打ちした。
たどり着いた校舎裏で恋は壁に背を預ける。大雅は運動部らしく姿勢良く立っていて、藤堂は恋が話しだすのを今か今かと待っている。
「お前、クティさんたちのことはどのくらい知ってるんだ?」
「クティさんとマーゴさんから人間じゃないってことは聞きました」
やはり動揺は一切ない。クティやマーゴが出入りする商店街生まれの人間でも半信半疑の者はいる。彼らの見た目は人と変わらない。付き合いが長くなれば人と違う思考や行動、食事を目撃してしまうことで嫌でも自覚する。付き合いが浅い場合は何十年も見た目が変わらない姿を見てやっと自覚する場合が多い。
身近な自分たちですらそうなのに、商店街とは何の関係もない、病院からほとんど出られなかった藤堂が当たり前に受け入れているのは異常だ。
「この世界の魂は輪廻転生する。その輪廻転生の輪から外れた者が外レ者。クティさんやマーゴさんみたいな人ならざる者。そして、人間から人ならざる者に変化することを外レるという」
恋はそこで言葉を区切って藤堂をじっと見つめた。
「お前はたぶん外レかけてる」
「……人ではないものになりかけているってことですか?」
藤堂はやはり冷静だった。部外者である大雅の方がうろたえているくらいだ。その中学一年生にしては落ち着きすぎた反応に恋は確信する。
外レ者は外見と精神が一致していない場合が多い。アモルのように大人の女性の姿をしていても中身が幼かったり、クティやマーゴのように若々しい見た目をしていても老人のような考え方をしたり。
「……マーゴさんは、私が外レないようにクティさんがモルさんに協力を頼んだって言ってました」
「クティさんが?」
予想外の言葉に恋は驚いた。大雅も目を見開いて固まっている。
クティは恋が知っている限りでは一番強い外レ者で、気まぐれで無慈悲だ。自分の利益になると判断した相手には許容を見せるが、それはあくまでビジネスとして。無条件に人を助けたという話は聞いたことがない。
「お前はクティさんの何なんだ」
クティにとってそれほどまでに藤堂は大事な存在なのだろうか。そう思っての問いかけだったが、藤堂は大きな瞳を歪め、ぎゅっとスカートを握りしめた。
「それを、私も知りたいんです」
泣きそうに歪んだ顔に恋は焦る。この光景を昨日も見た気がする。藤堂への対処法がまるで分からない。大人みたいに落ち着いているかと思えば、急に幼児のように泣き出す。予測不可能な言動はアモルと同じだ。
「私は、たぶん、クティさんにもマーゴさんにも、もしかしたらアモルさんにも会ったことがあるんです。でも記憶がないんです」
今にも泣き出しそうな告白に恋は大雅と顔を見合わせた。
「メモリアさんが関わってるってこと?」
大雅の問いに藤堂は「たぶん」と震える声で呟いた。
メモリアは記憶を食べる外レ者だ。アモルによると全国を飛び回っているので帰ってくることは稀らしい。恋も数回しか会ったことがない。
「ってことはモルさんとメモリアさんの二人に協力してもらってまで、藤堂さんを外レさせないようにしたってことか?」
信じられないという様子で大雅がつぶやく。恋からしても信じられなかった。
恋がアモルと仲良くなってからクティにはよく嫌味を言われた。釣り合うと思ってるのだとか、そのうち飽きられるだとか、食べられたら記憶は消えるんだから、さっさと食べられた方がいいんじゃないかとか。
アモルが恋を気に入っているのが気に食わなかったのだろう。クティの言う通り、恋とアモルは釣り合わない。恋人同士になれたとしてもその先に未来はない。だからさっさと諦めろと会うたびにネチネチ言われ続けた。
けれど、嫌味をいうだけで何かをされたことはない。視界をちらつかれると鬱陶しいが、わざわざ出向いて排除するほどのものではない。クティにとって恋はそういう存在だった。恋だけじゃなく、クティにとってほとんどの人間がそうなのだ。どうせ放っといても勝手に死ぬのだからどうでもいい。そう思っているのが言動から伝わってきた。
そんなクティが藤堂のことは守ろうとしている。外レないように記憶を消し、自分と関わってもろくなことがないと示すためにわざとアモルの食事風景を目撃させた。今までのクティからは考えられないほど手間をかけ、回りくどい方法をとっている。
クティの力を考えれば藤堂の未来を決めることなど簡単だ。クティが正しいと思う分岐以外を食べてしまえばいい。そうすれば藤堂はクティが決めた未来を歩むほかない。
それなのにクティはそれをしない。それをしたくないのだ。
「お前、どうやってあのクティさんを落としたんだよ」
顔立ちは可愛らしいと思う。けれどクティがほだされるほどとは思えなかった。クティはモテる。美女と仲睦まじく歩いているところを見たことがあるし、中年のさえない男性に媚を売っている所も見たことがある。クティにとって人間の性別も容姿もどうでもいいのだ。
そんなクティが目の前の小さな女の子を選んだ。それが恋には理解ができなかった。
「……記憶のない私が落としたんだとしたら、私だって知りたいです」
藤堂はうらめしげに恋を見上げる。その姿に恋は申し訳無さを覚えた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます