3-3 招待

「いや、ごめん。嫌な事を言った」

「ほんとだよな。女の子に対して」


 大雅が非難の目で恋を見つめてくる。ソレに対してなんの否定もできない。女の子に言うにはあまりにも失礼だった。


「気にしないでください。私だって不思議です。クティさんが何を考えているのか私には全くわかりません」


 肩を落とす藤堂を見て恋は可哀想に思った。アモルに片思いしている恋から見て、クティの背中を追いかける藤堂の姿は他人事には思えない。だからといって藤堂に協力していいのかは判断がつかない。


 クティが藤堂から見て意味不明な言動を繰り返しているのは藤堂を守るためだ。外レかけている藤堂を外レさせないため。人間として生きてほしいと願っているから自分から遠ざけようとしている。


 老いることもなく滅多なことでは死なない彼らを羨ましいと言う者はいる。そういう者は彼らが生きるためのルールを知らない。

 アモルは美味しそうに恋心を食べるが、恋人だった相手が自分を忘れる姿を見て寂しそうだった。恋愛ドラマや恋愛映画を見るのが好きで、苦難の道を乗り越えて永遠の愛を誓い合う恋人たちをいつも羨ましそうに見つめていた。


 アモルは自分に向けられた恋心を食べなければ生きられない。それを食べてしまうとアモルに恋した相手はアモルを忘れてしまう。

 情熱的にアモルに愛を囁いた相手も、毎日のようにプレゼントを持ってきた相手も、何十年も片思いを続けた相手も、例外なくアモルを忘れてしまった。


 アモルを好いていた時間分、欠けた記憶に戸惑い、残ったアモルの痕跡に戸惑い、アモルを愛していた事実を忘れて責め立てる者もいた。そのたびにアモルは傷つく。大丈夫と笑っているが、一人でひっそり泣いていることを恋は知っている。


 それでもアモルは人の恋心を食べる。そうしなければアモルは死んでしまうから。


 恋からすれば無敵に見えるクティだって、そうした外レ者だからこそのルールに縛られている。恋が知っている中で一番長生きなクティはいろんな外レ者とそれに関わった人間を見てきたはずだ。

 だからクティは藤堂を遠ざけた。それに気づいてしまったら、無責任に藤堂の背を押すことは出来ない。けれど、諦めろとも言えなかった。


「めちゃくちゃ、面倒くさい状況だな……」


 恋は大きなため息をついた。これもクティの嫌がらせなのではないかと思えてくる。

 額に手を当てる恋とスカートを掴んだまま唇をとがらせる藤堂を見て、大雅が困った顔をした。


「ほんと、クティさんが関わってるにしては面倒な状況だよねえ。珍しい」


 どこからともなく聞こえてきた、場違いにのんびりした声に恋は驚いて固まった。大雅と藤堂もキョロキョロと辺りを見回している。


「ここだよ」


 そういって学校を囲む塀の上から降ってきたのはマーゴだった。商店街で見慣れたジャージにジーパン姿も学校では違和感を感じる。こちらが驚きで固まっているのにも関わらずマーゴは「昼間の学校って新鮮」とへらりと笑った。


「いつからいたんですか!?」

「君たち三人がここに来た辺りから。アモルちゃんに昨日のこと聞いてさ、千春ちゃんがボクらのこと嫌いになったらやだなあと思って、様子見に来たんだ」


 マーゴはそういうと千春の手をとった。未だに驚き固まっている千春の手を掴んだまま顔を覗き込む。


「ボクら、変食さんのこと嫌いになった?」

「変食さん?」


 恋が戸惑った声をあげるとマーゴは幸せそうに笑う。ごちそうを前にした子供みたいな、ほっぺが落ちそうな顔だ。


「千春ちゃんがボクらにつけてくれたんだ。いい名前でしょ」


 嬉しそうに笑うマーゴを見て、恋はその意味を悟る。

 外レ者に名前をつけることはご法度とされている。名前を持つと彼らは強くなるからだ。

 商店街が外レ者と協力できているのは彼らと人間の力が拮抗しているからである。特殊な力を持つ外レ者とはいえ数で攻められればどうにも出来ない。だから外レ者は人間社会に溶け込み、契約した者からしか食事を得ないのである。

 

 しかし、力が強くなれば外レ者を縛るルールは弱まる。「悪魔」や「魔女」という通り名を持つ外レ者はルールを無視できるほどの力を持っているらしい。そんな外レ者が多くなれば共存はできず、人間はただの餌となり果てる。

 そうした事態を避けるため、外レ者には名前をつけてはいけないと恋は祖母に教わった。


「藤堂……、外レ者に名前をつけちゃいけないって知らなかったのか」

「えっ……」

 藤堂は目を瞬かせた。予想通り知らなかったようだ。


「恋くん怒らないで。千春ちゃんはボクらに良いことをしてくれたんだから」


 ウキウキしているマーゴを見て恋はなんとも言えない気持ちになる。彼らが絶対悪でないことは知っているが正義とも言い難い。扱いが難しい存在が強くなったと聞いて素直に歓迎できるわけがない。


「種族名みたいなものだからアモルちゃんにも恩恵あるし」


 アモルという言葉を聞いた途端、恋の心は「まあいいか」に傾いた。それを長年の付き合いで察した大雅に呆れた顔をされる。


「そんな話はさておき、千春ちゃんはボクらのこと嫌いになった?」


 あっさり話を変えられたことに不満を覚えなくもないが、マーゴからすれば種族名とはいえ名付け親。そんな相手に嫌われるのは嫌なようで、すがるように藤堂を見つめている。

 マーゴをじっと見つめていた藤堂はやがて首を左右に振った。


「嫌いになんてなりません。アモルさんは食事をしただけです。ご飯を食べないと生きていけませんから」


 その物言いを聞いて、藤堂はかなり外レ者よりなのだろうと恋は思った。外レ者の特徴に食べることに執着するというものがある。生物が持っている本能ではあるが、外レ者はそれが強い。アモルが恋人に忘れられるのが悲しいと言いながらも食べることが我慢できないように、理性よりも本能で行動するのである。

 藤堂は見た目にそぐわぬ大食いだと聞いた。それが外レかけているゆえの特徴だとすれば、クティが藤堂を遠ざけようと必死になるのも理解が出来る。


「よかった。千春ちゃんに嫌われたらボク悲しいし、クティさんだって悲しむよ」


 クティが悲しむという言葉に藤堂が目を輝かせた。しかしすぐにそれは落胆に変わる。


「昨日も話せませんでした。私のことも追いかけて来てくれませんでした。クティさんにとって私はどうでもいい存在みたいです」


 そんなわけがないと恋は言いかけて止めた。恋が言ったところで藤堂は納得しないだろうし、恋はクティの考えに賛同している。人間にしては肝が座っていると言っても所詮は人間。人間として生きて死ねるのであればその方が良いのだ。

 

 外レたらずっとアモルと一緒に入られるなんて甘い期待は捨てたほうがいい。

 そうクティに言われた日のことを恋は今でも覚えている。あの時のクティの顔は真剣で、恋に対するかすかな情が見えた。あの出来事があったからクティに散々嫌味を言われてもクティを心の底から嫌うことができないのだ。


「クティさんは千春ちゃんのこと特別に思ってるし、大好きだと思うよ」


 しかし、空気のよめないマーゴはあっさりと恋の飲み込んだ言葉を口にした。恋が睨みつけても全く気にした様子がない。幸い、藤堂は半信半疑といった様子だった。言動が軽すぎて説得力がなかったらしい。


「そんなに疑うなら、ボクらの家に来たら? モルさんに話聞けるし。クティさんだって寝起きを狙えばなんとかなるよ」


 次にマーゴが口にした、あまりにも軽く、あまりにも予想外な言葉に恋は固まった。黙って話を聞いていた大雅も神妙な顔をしていた藤堂も固まっている。


「いいんですか?」

「いいよー。ボク、家にお友達呼ぶの夢だったんだよねー」


 そういってマーゴは藤堂の手をとってくるくる回る。振り回されている形の藤堂を助けてやろうにも恋にはマーゴを止められるだけの力がない。


「いいのか、止めなくて?」


 大雅が恋の隣によってきて、はしゃぐマーゴとそれに巻き込まれている藤堂を見つめる。大雅の言いたいことはよく分かるが、


「どうやって止めるんだよ」


 目の前にいるのは人ではない存在だ。無邪気に見えたって、ただの人間に見えたって、人間とは違うルールで生きている存在だ。無害そうに見えるマーゴだって、その気になれば人間一人軽々と投げ飛ばす。それを知っている恋に出来ることなどない。


「藤堂は意外と年上キラーかもしれない」

 恋の疲れの滲んだ一言に大雅が神妙な顔で頷いた。

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