3-4 懐かしい家
マーゴに教えてもらった住所には大きな白い家が建っていた。広い庭に立派な門。周囲にも大きな家が立ち並び、静かな印象を受ける町並みだった。
初めて来た場所、初めて見る家。そのはずなのに千春はなぜか懐かしい気持ちになり、胸がギュッと締め付けられるような息苦しさを感じた。
「でかっ……」
「ほんとにここ?」
心配だからとついてきてくれた愛澤と瀬川が隣で目を丸くしている。マーゴからもらった住所を何度も確認し、間違いなくここだと理解するとなんとも言えない顔をした。
「イメージと違う。幽霊出そうな怪しいとこに住んでるのかと思ってたのに」
「わかります」
愛澤の言葉に瀬川が同意した。目の前の立派な建物は二人の抱いていたイメージとかけ離れていたらしい。
千春はもう一度建物を見上げて首をかしげた。千春からすれば変食さんの住処といえば目の前にある白い立派な建物であり、意外という感想はない。むしろ我が家のような安心感。早く中に入りたいと気持ちが焦り、気づけば足が動いていた。
閉まっていた門を開け、庭を駆け抜け、玄関のチャイムを鳴らす。後ろから愛澤と瀬川の慌てた声が聞こえた頃にはチャイムを押していた。ピンポンという音が響く頃、愛澤と瀬川が駆け寄ってきた。愛澤が何かを千春に言おうとしたとき、玄関が開く。
「どちら様でしょうか」
そういって顔をのぞかせたのは不思議な雰囲気を持つ女性だった。千春と同い年くらいにも見えるし、ずっと年上にも見える。顔立ちだけ見れば若々しいのに、なぜか年老いた老婆のような印象がつきまとう。
思わず女性を凝視すると女性は神妙な顔で千春を見つめた。それから千春の後ろにいる瀬川を見て、最後に愛澤の姿に目を丸くした。
「あら、恋くん。アモルちゃんに呼ばれたの?」
愛澤と目の前の女性は知り合いのようだ。となればこの女性も変食さんなのだろうか。
「いや、俺は今回付き添い。呼ばれたのはこの子。マーゴさんが遊びにおいでって」
そういって愛澤は千春を示した。女性は改めて千春を凝視して眉を寄せる。
「マーゴくんが?」
「はい。マーゴさんが」
女性の反応を見るに話が通っていないらしい。瀬川と千春はどうしたものかと顔を見合わせた。
「あっ! 恋くんも一緒に来てくれたんだ!」
女性の後ろからひょっこり顔をだしたのはマーゴだった。見慣れたジャージにジーパン姿。外でも中でも服装は同じタイプらしい。
「マーゴくん、お客様が来るなんて聞いてないし、ここは気軽に人を呼べるところじゃないって言ってるわよね?」
「大丈夫、大丈夫。恋くんはアモルちゃんのお気に入り。千春ちゃんはクティさんのお気に入りだから。もう一人の子は知らないけど」
にっこり笑うマーゴに瀬川が居心地悪そうな顔をした。商店街のイベントで会ったはずだがマーゴの記憶に残らなかったらしい。
「クティさんのお気に入り?」
一方女性は先程以上に千春を凝視し始めた。じろじろと不躾と言えるほど千春を見つめてからマーゴと顔を合わせる。
「本当にクティさんのお気に入り?」
「うん。びっくりするくらいのお気に入り」
女性は半信半疑といった様子で眉を寄せる。それから今度は瀬川を見つめた。
「その子と恋くんはわかったけど、この子は部外者でしょ?」
「千春ちゃんのお友達なんだから関係者だよ」
マーゴは笑いながらそういったが瀬川は変わらず居心地悪そうだ。
「さっき知らないっていってなかった?」
「ボクは知らないけど、千春ちゃんは知ってる。たぶん恋くんも知ってる。ってことは間接的にボクの知り合い」
めちゃくちゃな理論である。恋は呆れた顔をしているし瀬川は目を瞬かせている。当然ながら女性が納得するはずもなく深々とため息をついて頭を左右に振った。
「クティさんに許可は?」
「とってない」
「絶対怒る」
「むしろ怒ってほしい! 怒ったついでに本音いってほしい。愛子さんだって最近のクティさんおかしいって思ってたでしょ?」
愛子と呼ばれた女性はマーゴの言葉に黙り込んだ。
「クティさんの様子がおかしいの、千春ちゃんが関係してるとボクは思うんだよね。だから寝起きのクティさんに千春ちゃんをぶつけて反応がみたいんだ」
子供みたいに目を輝かせるマーゴを見て愛子は顔をしかめた。
「絶対怒る」
「愛子さん、さっきと同じこと言ってる」
「本気で怒ったクティさんなんて私は相手にしたくない。マーゴくんは何だかんだ可愛がられてるから知らないだろうけど、怒らせたら本当に怖いんだよ」
愛子は自分の体を抱きしめてブルリと体を振るわせた。その顔は若干青ざめている。
「ボクだってクティさんの怖さは知ってるけど」
「マーゴくんはマーゴくんが思っている以上にクティさんには可愛がられてる。マーゴくんが知ってるクティさんの怒った姿なんて、本気の半分くらいだから」
「ソレ言われると余計に興味わく」
さらに目を輝かせるマーゴをみて愛子は額に手を当てると深い溜め息を吐いた。これはどうにもならないと思ったのか玄関のドアを開けて、千春たちを招き入れる。
「マーゴくんが責任とってね」
「とる、とる」
「軽すぎて信用できない……」
ボソリと「逃げようかな」とつぶやく愛子の顔は真剣でそれだけクティが怖いのだと伝わってきた。
「クティさんってそんなに怖い人なの? 藤堂さんの親戚なんだよね?」
不安そうな顔で瀬川が千春の服を引っ張った。千春ははじめ瀬川の言葉が呑み込めず、少し間をおいてから商店街でクティが流れるように嘘をついていたことを思い出した。
「クティさんが千春ちゃんの親戚?」
「……瀬川、それ嘘だぞ」
マーゴが首をかしげ、愛澤が可哀そうなものを見る目で瀬川を見つめた。愛子は哀れみ半分、あきれ半分という様子で瀬川を見つめている。
「嘘?」
「嘘だ。クティさんは藤堂と血のつながりはない」
「全くない」
そもそも人間じゃないから親戚なんているはずもない。それを口にする前に瀬川が「うそぉ!?」と悲痛な声を上げた。
「藤堂さんのご両親に嫌われてるっていうのも、会えなくて寂しいっていうのも嘘!?」
「クティさん、私の両親と会ったことないよ」
「クティさんは口から先に生まれてきたような人なので」
「あれで演技上手だしねえ」
千春、愛子、マーゴが順に発した言葉に瀬川はただ目を丸くして、最後に助けを求めるように愛澤へ顔を向けた。瀬川のすがるような視線を一身に受け止めた愛澤は首を左右に振る。
「クティさんはそういう人」
「えっじゃあ、藤堂さんとはどういう関係なの!?」
「それは私もよくわからない」
千春が素直に答えると瀬川は顔をぐちゃぐちゃにした。空っぽのエサ入れを見つめて悲惨な顔をする犬みたいな表情に千春はいたたまれない気持ちになる。
「千春ちゃんとクティさんがどういう関係なのかはボクも気になってるんだよね。だから今回千春ちゃんを招待したわけだし」
そういってマーゴは千春の手をとると、上がってと家の中まで引っ張った。愛子は微妙な反応をしたものの止めはしない。状況を呑み込めない瀬川と顔をしかめている愛澤を招き入れると「飲み物の用意をしますね」と言って先に奥へと戻っていった。
マーゴが用意してくれたスリッパをはいて千春は家の中を見渡す。
入ってすぐに長い廊下。壁と天井は真っ白。外装と同じく始めてみたはずの光景だが千春はやはり懐かしさを覚えた。
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