4-7 再会
愛澤先輩の家を後にした千春は一人、家への道を歩いていた。瀬川のことを考えたかったので、家まで送るというマーゴの提案は断った。
しかし、一向に考えはまとまらない。
正確にいうなら、告白を断る勇気が出ない。瀬川のことを恋愛対象としては見られないが、友人としては好ましく思っている。告白を断った後も友人として、今まで通りの関係を続けられないものか。そんな、自分にとって都合のよい事を考えてしまうのだ。
無理だとは分かっている。告白して断られた相手と、以前と変わらない関係を続けられるはずがない。瀬川は優しいから、千春に気を使って、今まで通りでいようとしてくれるだろう。だが、そんなのは見せかけだ。瀬川の好意に甘えて、瀬川に無理をさせるだけ。
だからといって、告白を受け入れるのも失礼だ。そんな気持ちはすぐにバレて、今よりもっと気まずい関係になってしまうだろう。
そうなると断るしかない。それはわかっている。分かっているのだが、どうすれば瀬川を傷つけずにいられるかがわからない。断る以上、傷つけることはわかりきっているのに、人を傷つける決意が出来ずに、問題を先送りにしているのだ。
悶々と悩む千春の足取りは重い。通い慣れた道がいつもより長く感じる。
最近は瀬川や千羽、時にはマーゴと行動していたから、一人で歩くのは久しぶりで、友達が誰もいなかった四月を思い出す。あの頃に比べて、千春の毎日はずいぶん賑やかになった。それを思うとつい笑みが溢れる。
瀬川への返事によってはそんな毎日がなくなってしまうと気づいたとき、ついに足が止まってしまった。
千春が足を止めても時間は止まらない。手を繋いだ親子は横を通り過ぎていくし、車道は車が走り続けている。千春は立ち止まりたいのに、時間が進め、進めとせき立てる。
はあと大きく息を吐き出して、帰る気にもなれずに視線をさまよわせた千春の目に、ショーウインドウか飛び込んできた。偶然立ち止まったのは服屋のようで、大人向けのワンピースに身を包んだマネキンが並んでいる。黒いシンプルなデザインは、小柄な千春には似合わないだろう。隣に並ぶ華やかな桃色のワンピースは可愛さの中にも上品さがあり、大人の女性といった雰囲気で、やはり千春には似合わない。
クティはきっと、こういう大人っぽい服が似合う女性が好きなのだろう。そう思ったら、余計に気が沈んできた。
瀬川の告白を断ったとしても、クティが千春を受入てくれるとは限らない。今まで以上に遠ざけようとしてくるだろう。それならば中学生らしく、瀬川と千波の二人と仲良くしていた方がいいのではないか。クティもそれを望んでいるのだしと、弱気な自分が現れる。
暗い顔をした千春の顔がショーウィンドウに映って、一層気が滅入った。
ぼんやりとワンピースを見つめていると、ショーウィンドウに人影が映り込んだ。他校の制服を着た女子生徒たちだ。上品な制服は、近くにあるお嬢様学校のもの。通っている女子生徒のレベルが高いと、クラスの男子生徒が騒いでいた記憶がある。
並んで歩く女子生徒たちは、男子が騒ぐのも納得できるほど大人びた雰囲気だった。長いスカートは野暮ったさよりも清潔さを感じさせ、シワ一つない制服は優美さがあり、立ち振る舞いには品がある。手入れの行き届いた長髪が動きに合わせてなびく姿は、自分とそれほど年が変わらないとは思えないほど大人の女性に見え、羨ましいという気持ちが湧き上がる。
彼女らのように大人らしく上品であれば、クティも少しは千春を視界に入れてくれたのだろうか。
あふれる羨望に千春はショーウィンドウから目を離し、彼女たちに顔を向ける。その動きが気になったのか、一人と目があった。その子は瞳を見開き、千春を凝視している。驚く反応の意味が分からなかったが、よくよく見ていると女子生徒の顔に既視感があった。雰囲気はだいぶ変わっている。それでも確かに面影がある。
「森田……さん?」
半信半疑の問いかけは、彼女――森田のしかめられた顔で肯定された。
※※※
場所を喫茶店に移して、千春と森田は向かい合っていた。千春一人では入らないような、落ち着いた雰囲気の店だ。メニュー表に書かれている金額も、千春が普段入るお店とはまるで違う。手持ちはあっただろうかと財布の中身を思い出し、居心地の悪さに視線をさまよわせた。
「安心して。私が連れ込んだんだから、私が払うわ」
冷ややかな声で森田がいう。先ほど、友達と別れた時とは別人のようだ。
喫茶店に入る前、千春に話しかけられた森田は、しかめ面を一瞬で引っ込め、わざとらしいほどの明るい笑顔を浮かべて千春に話しかけてきた。「藤堂さん久しぶりね。元気してた」と。あまりの変わりように千春が戸惑っている間に、「小学校の時の同級生なの」と友達に千春を紹介し、「久しぶりに会ったから少し話したい」と自然と友達と離れて、千春の腕をがっしりつかんだ。腕の痕が残りそうな強さに驚く千春の耳元に「逃げんなよ」と低い声で囁くと、千春の体を引っ張りながら友達に「また明日ね」と笑顔で手を振り、千春は何かをいう余裕もなく喫茶店に引きずりこまれた。
ちょっと声をかけただけなのに、何でこんなことに。という気持ちである。
「いやでも、奢ってもらうわけには……」
「口止め料よ」
遠慮した千春に、腕を組んだ森田はハッキリ告げる。友達と話している時はいかにも可憐なお嬢様だったのにらつり上がった目尻と眉、きつめの表情は同じクラスだった時の森田と同じものだった。前は化粧をしていたからもっと強く見えたが、化粧をしていない今も十分な迫力がある。
「口止めって……」
「藤堂さん、私のことを森田って呼んだってことは、やり直す前の私を覚えてるのよね?」
疑問形で問いかけてくるが、森田は確信しているようだった。嘘をつく理由もないので、千春は頷いた。そんな千春の反応を見て、森田は腕組みをとくと額に手を当て、ため息をつく。
「他の子たちは覚えてなかったのに、なんで、よりにもよって藤堂さんだけ……。いや、あの男と一緒にいたんだから当たり前か」
ブツブツと呟いていた森田は、ギロリと千春を睨み付けた。
「あの男は一緒に居ないわよね?」
「あの男って?」
「階段で急に出てきて、私を変な空間に連れてった男よ」
「クティさん?」
問いかけると森田の眉間にシワがよった。「なにその可愛い名前」というつぶやきを聞くに、クティは森田に名乗らなかったらしい。
「あの人、藤堂さんの何なの?」
「それは私が聞きたい」
千春の返答に森田は眉を寄せた。本音を探るようにじっと向けられる視線を、千春は真っ正面から受け止めた。口から出た言葉は嘘偽りない本音だ。
「……藤堂さんもあの男のこと、全て知ってるわけじゃないの?」
「うん。私は森田さんみたいに、記憶が残らなかったから」
森田は目を瞬かせた。初めて見る、年相応な子供みたいな反応に、千春は少しほっとする。張り詰めたようなキツい表情でも、お嬢様を演じている姿でもない、素の森田の表情を初めてみた気がする。
「……藤堂さんもやり直してるの?」
「そうみたい。記憶がないから、実感がわかないんだけど」
千春の反応に森田は眉を寄せ、長い髪を指でいじる。同じ教室にいた時も、そうした姿を見たことがある。考え事をする時の癖なのだろう。
「少し、納得した。藤堂さん、小さいのに、同い年とは思えないほど大人びて見えたときがあったから」
「ほんとっ!」
「……なんで喜ぶの」
思わず身を乗り出すと、森田に顔をしかめられた。つい大きな声を上げてしまったせいで、周囲の視線も集まっている。千春は気恥ずかしくなり、大人しく席に座り直す。森田が千春の代わりに周囲に頭を下げてくれたので、余計にいたたまれない。
「前言撤回。藤堂さん、お子様だわ」
この状況では全く否定できない。
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