4-8 女友達
「お子様、常識知らず、か弱くて小さい。それなのに妙に度胸があったり、同い年とは思えない落ち着きがあったり、なんか意味不明で気持ち悪かった」
「気持ち悪い……」
そんな風に思われていたとは、少しも思っていなかった。ハッキリ言われると突き刺さるものがある。
「先生に贔屓されてて、皆にちやほやされてて、親にも愛されてるって見てるだけで分かって、だからムカついて突っかかって、相手にされないのにさらにイラついて、階段から突き落とそうとしたの」
淡々と告げられる言葉に千春は驚いた。森田はいつのまにか下を向いて、膝の上に手を置き、テーブルをじっと見つめている。その表情は叱られると分かっていて、勇気を振り絞って罪を告白する子供のそのものだった。
「ごめんなさい」
絞り出すような悲痛な声に、千春は何も言えなかった。謝られるとは思っていなかった。森田に対する印象は不思議の一言だった。わざわざ話しかけてくるのか分からなかったし、なんで千春を階段から落としたのかもわからなかった。だから千春にとって森田はよくわからない人で、なんでだろうとは思っても怒りを抱いたことはない。
反応できずにいる千春を見て、森田は先程謝ったとは思えない苛立ちの表情を浮かべた。
「藤堂さん、私のこと全く眼中にないわよね。そういうとこもムカついたの。いや、今もムカついてる」
「えっと……ごめん……」
「悪いと思ってないのに謝るのやめてよ。余計に腹立つ」
膝の上においていた手をテーブルの上に乗せ、森田は言葉通り苛立った様子で人差し指でテーブルを叩く。
「……でも、そうよね。あんなのと関わってるなら、中学生の子供なんてどうでもよくなるかも」
あんなのというのが、クティのことを指しているのは分かった。酷い言い方に咎めるような視線をおくると、森田は顔をしかめる。
「あの人が人間じゃないことは、知ってるんでしょ」
「知っている」
「あの人が未来を変えられるってことも、知ってるんでしょ」
頷くと森田はますます顔をしかめた。
「怖くないの?」
「なんで?」
意味がわからずに首を傾げると、森田は理解できないものを見たような、恐れ半分と戸惑い半分といった様子で千春の様子をうかがう。
「あの人にかかれば、私達の未来なんて簡単に変えられるんだよ。わかってないの? 私は言われた。今後、藤堂さんに関わったら、死んだ方がマシだって人生を歩ませてやるって」
森田の体が震える。それは紛れもなく恐怖の反応だ。
「……クティさんはそんなことしないよ」
「あなたにはそうなんでしょうけど、私には違う。選び直させてもらったことには感謝してるけど、今後一切関わり合いになりたくない。あの人とも、あなたとも」
森田はハッキリと告げた。
「でも、藤堂さんに悪いことしたなって思ってたから謝りたい気持ちもあった。だけど、私から近づいたら何されるか分からないし……」
クティは容赦がないと、マーゴも愛澤も言っていた。今は千春から話しかけたからセーフだろうか。セーフだと思いたい。
「森田さんから見て、クティさんは怖い?」
「怖い」
森田は迷わずに答えた。テーブルの上で握りしめた両手は震えている。
「あんなのと平然と一緒にいられる藤堂さん、あなたも怖い」
そして目を合わせずにそう告げた。
「虐めといて、殺そうとして、勝手なこと言ってるって分かってる。分かってるけど、今日で最後にして。もう私に関わらないで。私は満足なの。あの最悪な家から逃げられて、世界の醜いところなんて何も知らない普通の中学生みたいに生活できて。だから、私の幸せ、壊さないで」
お願いと、震える声で紡がれた言葉はとても小さかった。森田がどんな環境で育ったのか、千春は知らない。知らないけれど、前の自分には戻りたくないという強い願いを感じた。
「分かった。もう、見かけても話しかけない」
千春の返答に森田は息を吐く。憑き物が落ちたような表情を見て、千春は苦笑した。自分とクティはどれだけ森田の重荷になっていたのだろうと。
「手切れ金代わりに奢るから、好きなの頼んで」
森田は罰が悪そうにそういって、千春にメニューを差し出してくる。差し出されたメニューには写真がなく、商品名しか書かれていない。イメージがわかず、千春の眉間にシワが寄った。
「藤堂さんはあの人のこと好きなの?」
メニューを見て唸る千春に対して、森田が戸惑いがちに声をかけてきた。チラリと視線を向けると、居心地悪そうに、テーブルの上で組んだ両手を見つめている。
「私がいうことじゃないのは分かってるけど、あの人は良くない人だよ。人を平気で傷つけられる人。傷つけてもなんとも思わない人」
森田の両手に力が入った。なにか嫌なことを思い出してしまったのか、表情と体が強張っている。
森田の言葉を頭の中で反芻した。人を平気で傷つけられる。傷つけてもなんとも思わない。その評価は正しいのだと思う。本質は森田やマーゴ、愛澤がいった通り、容赦のないものなのだろう。たまたま千春はクティに気に入られていただけだ。今は優しくしてもらえているけど、怒らせたら最後、森田が言われたように、死んだ方がマシだという目に合わせられるのかもしれない。
それでも、それでもだ。
「私はクティさんと一緒にいたい」
それが本音だ。どうしてなのかはわからない。これが恋なのか、別の感情なのかもわからない。もしかしたら今の千春ではなく、前の千春の感情で、千春はただ振り回されているだけなのかもしれない。
それでも一緒にいたいのだ。
今度こそ。
「そりゃ、私なんて眼中にないよね」
森田が呆れた顔で、どこか羨ましそうに呟く。
「私も藤堂さんみたいに誰かを好きになれるかなあ……」
なりたいな。という願いを森田は声に出さなかった。森田の前に何があったのか、何を思っているのか千春は知らない。知らないけれど、森田が望みを叶えられればいいなと思った。
「正直、男見る目なさすぎって思うけど、藤堂さんがそんなに好きなら応援するよ。あの人捕まえるの大変そうだけど」
「やっぱり、大変?」
不安な気持ちでじっと森田を見つめると、初めて見る無邪気な笑顔で森田は笑った。
「藤堂さんなら、たぶん大丈夫だよ」
なんの根拠もない言葉なのに、なぜだか力が湧いてくる。大丈夫。私ならできる。そう心の中で繰り返して千春は拳を握りしめる。
「あっでも、瀬川は? アイツ、藤堂さんあきらかに好きだったけど、もう振った?」
「うぇっ!?」
予想外の言葉に変な声が漏れる。森田は千春の反応に驚いたようで、首を傾げた。
「……気づいてなかったの?」
「……この間、告白されて気付いた……」
「鈍感すぎない?」
全く否定できない。
「これで会うのも最後だろうし、話ぐらい聞いてあげるよ」
ニヤニヤと森田は笑う。どう見ても面白がっている。それでも千春は頷いた。他に相談できる人などいない。
森田にメニューを聞きながら注文を済ませ、瀬川のことを説明すると、鈍感、激ニブ、罪作りと散々に言われた。傷つけず、今の関係を続けたいといえば「無理でしょ」とバッサリ切り捨てられる。あまりにハッキリ告げられる言葉にダメージを受けたが、なんだか楽しかった。
女友達ってこんな感じなのかとほくほくしていると、千波の顔が浮かぶ。千春にとっては初めての、女の子の友達。最近何処かよそよそしいけれど、千波は瀬川に千春が告白されたことを知っているのだろうか。
その可能性に思い当たったとき、なぜか胸がざわついた。
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