1-6 占い師

 中学生を抱えて入ってきた青年に対して店員は目を丸くしたものの、すぐに青年を席へと案内した。にこやかな対応から見ても知り合いの店というのは嘘ではないらしい。

 店員に引いてもらった椅子に千春を下ろすと、青年は千春の向かいに椅子を引いて座る。なぜか千春の正面ではなく斜め前に座ったことに不満を覚えた。


「お前らもさっさと座れ」


 テーブルの隅に置いてあるメニュー表を引っ張り出し、千春の前に広げながら青年はいう。無言で着いてきていた千波と瀬川は顔を見合わせ、千波は警戒を隠さずに青年の向かい、瀬川は青年の隣に座った。


「あの……あなた、何者なんですか」

「空腹の子供に飯を恵んでやる優しい大人」


 青年は瀬川の問いに淡々と返した。退屈そうに頬杖をついてメニューを選ぶ千春を眺めている姿は優しい大人にはまるで見えない。言い方も真剣というよりは適当で、本気で信じてもらいたいわけではないようだ。なにを考えているのか分からず千春は眉を寄せるが、そうするとまたお腹がきゅうと鳴った。


「とにかくお腹になにか入れるのが先決だろ。おっちゃん、一番早く作れる料理。大至急で」


 ちょうど水を持ってきた案内してくれた人とは別の店員に青年は手を振りながらそういった。店員は目を見開いて青年と同じ席に座っている千春たちを見渡す。気の知れた様子から見て、この人が青年の知り合いらしい。


「クティさんが子供連れてきたっていうのも驚きだが、大至急ってどうかしたのか」

「そこのガキが空腹で動けないって駅前でしゃがみこんでたんだよ。通行の邪魔だから一緒にいた奴らも一緒に連れてきた」


 そういって青年は千春を指さす。改めて口で説明されるとなんとも恥ずかしい経緯だ。しかし千春は店員の口にした「クティ」という名前が気になった。それはとっさに千春の口から出た名前だ。

 驚いて顔をあげた千春だが青年は店員から目をそらさない。千春の話をしているのに、千春の存在を無視しているようだった。


「クティさんが人助けなんて珍しい」

「なんだ、俺が人助けしちゃ悪いのか?」

「そうはいってないが……見たところ三人とも子供だろう。ほどほどにしてやりなよ」


 店員が苦笑いを浮かべる。それに対して青年は鼻をならした。


「気まぐれだ。客として見てねえよ。狙うんだったら金払いが良さそうな金持ちのボンボン狙う」

「たしかに、そっちの方がクティさんらしいな」


 声をあげて笑う店員に対して青年は面倒くさげに手を振った。さっさといけというジェスチャーに店員は笑う。去り際、「アレルギーとか好き嫌いとかないんだよな?」という確認に千春は大きく頷いた。「なんでも食べられます」という熱の入った主張に店員は目を丸くし、それから満足げに去って行く。

 店員の後ろ姿を見送っていると千波の固い声が聞こえた。


「あなた何者なんですか?」


 いつの間にかスマートフォンを取り出していじっていた青年は千波に視線を向けないまま答える。人の目を見て話さないタイプらしい。


「何者って?」

「金持ちのボンボン狙うとか……あとクティっていうのは本名なんですか?」

「偽名っぽいって?」


 腕を組んで背もたれに身を預けた青年――クティがニヤニヤ笑う。初めてまともに千波を見た表情は意地が悪い。バカにした態度に千波の表情が険しくなる。


「お察しの通り偽名。けど、別にお前らには関係ないだろ。飯食ったら解散して今後会うこともない間柄なんだし。職業柄、他人にホイホイ本名教えねえの」

「どんな仕事してるんですか? モデル?」


 好奇心を含んだ瀬川の言葉にクティは眉を寄せた。なにいってんだお前という視線に瀬川が気まずげに目をそらす。


「いや、格好いいので、もしかして芸能人なのかなって……」

「顔がいい奴は全員芸能人にならなきゃねえのか」

「いや、そんなことはないですけど……お兄さん目立つし、格好いいし、藤堂さんのことも軽く持ち上げてたから、なんかすごい人なのかなって」


 瀬川の声がだんだん小さくなる。千波はなにいってんだコイツというクティと同じ表情を瀬川に向けている。クティはじっと瀬川を見つめて、それからなにかに納得したように「ふーん」とつぶやいた。


「俺の面がいいのは自覚してるけどな、仕事柄あんまり顔は売ってねえ。顔バレすると面倒だし」

「……いったいどんな仕事してるのよ……」


 警戒心あらわにつぶやく千波にクティは意地の悪い笑みを浮かべた。その笑みを見た瞬間、千春はなぜか懐かしいと思った。そう思った理由が分からず首をかしげる。


「占い師」


 語尾にハートでも付きそうな口調でクティがいう。その言葉に瀬川は目を見開き、千波は道ばたのゴミでも見るような視線をクティに向けた。


「占い師って顔売った方がいいんじゃないんですか? テレビとかにも出てる人いるし。お兄さんだったらイケメンだから売れそうですけど」


 きょとんとする瀬川にクティは口角をあげる。スマートフォンをテーブルの上に置くと瀬川に近づき、わざとらしく下から見上げる。細められた瞳はどことなく色っぽい。大人の男性の雰囲気に見ているだけの千春もドキッとした。それを真っ正面から食らった瀬川の動揺は相当なものだったらしく、慌てて距離をとる。


「さっきから、すごい褒めてくれっけど、お前男が好きなの? 俺みたいなの好みなわけ?」

「違います!」

「そうだったの!?」

「違うって!!」


 急に立ち上がって大声をあげる千波に瀬川が涙目で否定する。そんな瀬川を見てクティは愉快げに笑っていた。どこからどう見てもいじめっ子である。年下相手に大人げないが、らしいなと千春は思った。なにがらしいのかはやはり分からなかったが。


「テレビに出て宣伝しなくたって、俺レベルになれば顧客の方が噂聞いて頼みにくんだよ。顔売る必要がない。逆に顔売ると面倒くせぇんだ。俺は面がいいから、相手の相談聞いてるだけなのに向こうが勝手に本気になる」


 そういって控えめに笑ったクティの容姿は確かに整っていた。わざとらしく悪役じみた表情をしていると胡散臭さが目立つが、静かに微笑んでいると見とれてしまうような魅力がある。千波がなにかに耐えるように顔をしかめ、瀬川が尊敬のまなざしでクティを見つめた。


「という、知る人ぞ知る、凄腕占い師がこの俺。周りに困ってる人がいたら俺を紹介してくれてもいいぞ。もちろん金とるけど」

 わざとらしいほどの営業スマイルに千波があきれきった顔をした。


「ちなみに、おいくらで……」

「たくみぃ?」


 好奇心を抑えきれないとった様子の瀬川に千波が低い声を出す。怪しさ満点のクティにホイホイと依頼しようとする様は千春から見ても危なっかしい。千波の怒りの声に瀬川は震えているが千波が止めに入ったのは正解だ。バランスの良い幼馴染みだと千春は思った。


「お金もらってもお前らからの依頼は受ける気ねえよ」


 そんな幼馴染み二人のやりとりを横目にクティはそんなことをいう。千波も瀬川も目を丸くしてクティを見つめた。


「なんで?」

「なんでって、本気で困ってねえだろ。目の前に占い師を名乗る怪しい奴がいるから、興味本位で試したいだけだろ? 安かったら一回ぐらい試してみたいけど、高かったらやめとこうみたいな俺に対してめちゃくちゃ失礼な態度だしな」


 目を細めるクティから瀬川は目をそらした。

 中学生の持っているお小遣いなんてたかがしれているので瀬川の気持ちは分かる。けれどそれを商売にしているクティからすれば受けいられる態度ではないのだろう。


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