1-7 初恋?

「えり好みしてて儲かるの。占い師って」

「えり好みしてるから儲かるんだよ。本気で困って、にっちもさっちもいかなくなった奴が俺のお客様。だからお前らは俺のお客様ではないから、安心しろ」


 安心しろというのは変な言葉だ。それではクティのお客様になることがまずいと言っているようなもの。クティと知り合いらしい店員も「ほどほどにしてやりなよ」と言っていた。クティのお客様になることはただの占い師の顧客になるのとは違うのだろうか。

 違和感に千春は眉を寄せる。考えるとお腹がすき、また腹の虫が音を立てた。それに千波はあきれた顔、瀬川は心配そうな顔をしたが、クティは今までの様子が嘘みたいに真剣な顔で千春を見つめる。


「……食ったらとりあえず落ち着くのか?」

 問いに頷くとクティはなんともいえない顔をした。


「藤堂さんには妙に優しいですね。本当に知り合いじゃないんですか?」


 そのやりとりを見ていた千波がじっとクティを見つめる。それに便乗するように千春もクティを見つめた。

 本当は知らないなんて嘘で、クティは千春のことを知っているのでは。そんな淡い期待が浮かぶ。千春が病気の影響でなにかを忘れている。そうであったらこの既視感は納得がいく。クティが肯定してさえくれれば、千春はクティと接点を持てる。


「いや、しらねえ。ただ珍しい体質だなと思っただけ。今の世の中で空腹で動けなくなるって相当だろ」


 クティは千春の期待をあっさり打ち砕く。千波は納得のいかない顔をしていたが千春はそれ以上クティを見ていられなかった。期待すればする分だけつらくなる。もしかしたら空腹で正常な判断ができないのかもしれない。

 千春は改めてメニューに向き合った。空腹でお腹はきゅーきゅーと悲鳴を訴えているのに、気持ちは食を欲していない。食べなければいけないのに食べたくない。その矛盾で千春はため息をつく。


「クティさんから見ても藤堂さんの体質は珍しいんですか?」


 瀬川の問いにクティは眉を寄せる。なにいってんだコイツという本日二度目になる視線を向けられるが瀬川は慌てた様子で言葉を続けた。


「占い師っていろんな人の相談乗ってるから、特殊な体質の人の話とかも聞いてるかもなって……」

「そういう人は占いなんかに頼らず病院いくわよ」

 千波の最もな意見に瀬川は肩を落とした。


「藤堂さん大変そうだから、どうにかするきっかけがあればと思って……」


 自分のことのように落ち込む瀬川を見て千春は驚いた。自分のことをこんなに心配してくれるのは両親以外では初めてだ。医者だって理由が分からないとさじを投げたのだ。話を聞いた大人は体質だから仕方ないと苦笑するか、そんなことあり得るのかと不審そうな目で千春を見てくるだけだった。

 瀬川は優しいのだなと千春は思った。同じクラスというだけで今日まで話したこともなかった千春のことを気にかけてくれている。ぽかぽかと温かい気持ちになって自然と笑みが浮かぶ。


「拓実……妙に藤堂さんのこと気にするね……」


 不機嫌そうな千波の声に驚いた。視線を向ければ表情も険しい。クティを不審者として見ていた時とはまた違う表情だ。その理由が分からず千春は首をかしげる。

 しかし瀬川は千波の変化に気づいていないようで、なぜか焦った様子で頭をかいている。頬が心なしか赤い。


「いや、その、同じクラスだし、困ってるなら助けになりたいし……」


 あさっての方向を見ながらそんなことをいう瀬川を千波はにらみつけていた。

 なんともいえない空気に千春は居心地が悪くなる。仲はいいし相性だっていいと思う。それなのに、この二人はなにかが噛み合っていないように思えた。


「めんどうな関係ができあがってんな……」


 黙って千波たちの様子を見つめていたクティがあきれた様子でつぶやいた。どういう意味だと千春が視線を向けてもクティは答えてくれない。目を合わせてもくれない。瀬川にはわざとらしく目を合わせたり、千波のきつい視線を真っ正面から受け止めたりしているのに千春からは極力目をそらそうとしている。

 嫌われているのだろうか。そう思うと胸が痛む。出会ったばかりの人なのだから目が合わなくても不思議ではないのに、クティにあってからというもの千春の心はざわついてばかりだ。


「そこのガキのは病院でどうこう出来るものじゃねえけど、ほっとけばそのうち落ち着く」


 そこのガキという言葉が誰を指すのか千春には最初理解ができなかった。瀬川は期待した顔で、千波は本当かといぶかしむ顔で、それぞれクティを見つめた。


「医者でもないのになんでそんなこと分かるのよ」

「占い師だから占いで分かる」

「水晶玉もタロットカードもないけど」

「俺の場合、そういうのいらないから」


 クティはそういうが千波は納得いかない様子だった。千春としてもテレビで見たことのある占い師は怪しげな水晶玉やらタロットカードを使っていた。名前と誕生日で占う場合もあると聞いたが、どちらもクティには聞かれていない。


「別に信じなくていい。でも、そのうち落ち着くって思ってた方が気楽だろ。医者にも治療法が分からないって言われてんだろ」

「言われてますけど……なんで知ってるんですか?」


 千春が目を瞬かせるとクティはあいかわらず千春の目を見ず、定員が持ってきた水の入ったコップを眺めながらつぶやいた。


「占い師だから」

「……あんた、それ言えばなんでも誤魔化せると思ってない?」

「思ってる」


 あっさり白状したクティに千波の頬が引きつった。しかしクティはコップを見つめたまま千波にも千春にも目を合わせない。


「世の中には、科学で証明できないこともある。占いもその一つだ。多くの占い師は種も仕掛けもちゃんとあるけどな、中には本当に見える奴がいる。その見える奴の一人が俺」


 クティはそこで言葉を句切るとしっかりと千春と目を合わせた。


「お前が普通の人間でありたいと望むのであれば、その体質は自然と落ち着く。今は調整期間だ」

「調整……?」

「病気が治った理由もよく分からないんだろ?」


 なんでそれを知っているのか。そんな疑問が千春に浮かんだが、クティは先ほどと同じように「占い師だから」と答えるのは目に見えていた。だから確かめるようにクティを見つめる。じっと見つめるとクティの瞳は奇妙な形をしているのが分かった。人を吸い寄せるような魅力的な瞳。飲まれそうになっていると見計らったかのようにクティが言葉を口にする。


「理由は分からなくとも病気が治ったのは事実。お前の体の中では病気を治すために大量のエネルギーが使われたはずだ。その不足分を今回収しようとしているのなら、回収し終えれば食欲だって自然と落ち着く。二年くらいで見た目よりも食うな程度になる」

「……完全に平均にはならないんですね……」

「そこは無理だろうなあ。数年とはいえバカ食い続けてたら体がそういうもんとして覚えるだろうし」


 まるでなにかを見てきたようにクティは迷いなく答える。医者だってさじをなげた千春の体質が治る。そう断言した。それに千春は希望を覚えた。


「医者でもないのに宣言していいの……。っていうか私たちのことは占わないんじゃ……」

「このくらいだったら占いには入らない。ちょっとした世間話」

 千波の不審な目をクティはあっさり受けながし、千春をじっと見つめ続けた。


「世間話ついでに一ついっておくと、明日の放課後はさっさと帰った方がいい」


 口調は軽かったが表情はやけに真剣だった。見えるものと聞こえた音の違いに戸惑って、クティの言っている言葉がうまく飲み込めない。

 

「なにかあるんですか?」


 クティの今までになく真剣な態度に瀬川が恐る恐るといった様子で口にする。しかしクティはそれには答えずにじっと千春を見続けていた。


「明日は放課後残らず、さっさと帰れよ」


 それは提案ではない。必ずそうしろという圧を感じて千春は身を固くする。

 なぜ? という疑問が頭にいくつも浮かんだ。クティはじっと千春を見つめるばかりで説明してくれる気はなさそうだ。


 場の空気を遮るように店員の「お待たせしました」という声が響いた。見れば席へと案内してくれた店員ができあがった料理を運んでくる。ミートソースパスタにスープ、サラダのセットに千春の目は輝いた。先ほどまでの疑問も吹き飛んで、店員がテーブルの上に置いた食事を引き寄せる。


「とりあえずできあがったものを持ってきましたが、注文お決まりですか?」


 店員のその言葉に千波と瀬川ははっとした様子でメニュー表を見た。視線に気づいた千春はメニュー表を二人に渡し、自分は一緒に届いたフォークを手に取った。


「いただきます!」


 元気いっぱいに宣言するとフォークにパスタを巻き付け口に運ぶ。口の中に広がったミートソースの香りに千春は思わず頬を手で押さえ、声にならない歓声をあげた。

 先ほどまで食べる気にならなかったのが嘘みたいに、千春の体は食事を求める。がっつくのははしたないなんて思考が消え去って、次々と口に運んでいく。その様子に持ってきた店員が目を丸くしていた。


「おいしそうに食べるなあ……」


 クティが目を細めて千春を見つめる。その表情がどことなく優しくて、さらに食欲が増したような気がする。


「クティさんはなにか食べますか?」

「とりあえずコーヒー。こいつらの注文は決まったらまた呼ぶ」


 慌ててメニューを見ている千波と瀬川を見てクティは自分の注文を口にする。二人が選ぶ猶予を与えてくれたと分かるやりとりに瀬川は申し訳なさそうな顔をし、千波はなんともいえない顔をした。


「俺は小食だから気にすんな。お前らは成長期なんだからいっぱい食うといい」


 そういいながらクティはテーブルに置いていたスマートフォンをいじり始める。その姿に瀬川が羨望の眼差しを向け、千波が苦い顔をする。

 千春はクティをチラリと見た。スマートフォンを眺めるクティは千春には一切視線を向けない。それでもクティの姿を視界におさめているだけでなぜだか満たされる。お腹が満たされただけではなく、心まで満たされた感覚に千春は満足げに息をついた。


 物足りない。ずっと感じていた飢餓がいまなくなった気がする。

 クティが近くにいるからなのだろうか。そう考えながら千春はパスタを口に運び始める。


 これが初恋なのかもしれない。千春は黙々と食事を続けながら、場違いなことを思った。

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