2-8 失礼な人

「乱暴なこととかされてないですか?」

「良い人デスヨ。恋くんと会うなっていうのは困っちゃうのデスガ。大事なお友達だっていっても聞いてくれないのデス」


 アモルはそういうとため息をつく。千春は未だもめているマーゴたちに視線を向けた。マーゴが翔太を必死に説得している。それをどこか冷めた目で恋は見つめていた。長い髪をバレッタでまとめており、商店街スタッフの証である法被を着ている。目つきは少々きつめだが線が細く、中性的な印象だ。


「恋さんとはお友達で、翔太さんとは契約者?」

「はい」


 アモルはにっこり笑った。その笑顔は華やかで愛らしいが、言っていることは少々酷い。もめている原因が分かって千春は眉を寄せた。

 おそらく翔太とアモルの認識が食い違っている。翔太はアモルを自分の恋人だと思っているが、アモルにとって翔太は契約者。つまり変食さんのルールで言えばご飯をくれる相手である。悪い言い方をすればビジネスライク。それに対して恋は契約とは関係なしにお友達。アモルの中で翔太よりも恋の方が親しい間柄という認識なのだが、恋人だと思っている翔太からすれば納得がいかない状況だ。


「アモルさんはなにを食べるんですか?」

「アモルですか? アモルが食べるのはラブ。愛デス!」


 アモルは誇らしげに胸を張る。好きな料理はなんですかと聞かれて「ハンバーグ」と答える子供みたいな反応だ。

 千春はマーゴと一緒にいただけで、変食さんのことを知っているとは言っていない。それなのに何の迷いもなく答えるところから見ても警戒心とは無縁らしい。マーゴもクティに比べると抜けている印象があるがアモルはそれ以上に危機感がない。それなのに見た目は成人した美女。話せば話すほどアモルのことが心配になってきた。


「嫌なことをされたら嫌ってちゃんと言わないとダメですよ」

「それ、クティ兄さんにもよく言われマス。えっと、千春ちゃん? あなた、クティ兄さんと仲良しデスネ」


 クティと仲良しと言われて千春の心はじんわり温かくなった。妙に照れる。頬が赤くなる千春をアモルは「ラブですネ」と嬉しそうに見つめていた。その視線が余計に千春の頬を熱くさせる。


「アモルちゃん、千春ちゃんをからかうとクティさんが怖いから止めて」


 気づけばマーゴが戻ってきていた。後ろには恋の姿もある。恋は誰だコイツという顔で千春を見つめていた。その冷たい視線に頬に集まっていた熱が冷める。


「恋くん! 良かったデス!」


 恋が無事だと分かったとたんアモルは恋に抱きついた。アモルの方が身長が高いため、アモルの豊満な胸が恋の顔に押しつけられる。恋は先ほどまでのクールな印象から一転、赤い顔で慌ててアモルを引き離そうとした。


「抱きついてくるなって言ってるだろ!」

「なんでデスカ! 小さい頃はいっぱいハグしてマシタ!」

「小さい頃とは違うんだって。俺はもう中学生!」

「アモルにとってはまだ子供デス! 赤ちゃんデス!」

「周りからはそう見えないの! だからアモルちゃんの彼氏に文句言われたんだろ!」


 大騒ぎする二人をマーゴは生暖かい目で見つめている。仲の良い姉弟のようにも見えるが、恋がアモルを意識しているのがすぐに分かる。同性でもときめいてしまうような美女を前にして中学生男子が意識するなというのが無理なのだ。


「アモルちゃん、ほどほどにしてあげなよ。また恋くん、アモルちゃんの彼氏に怒られるよ」

 マーゴの言葉にアモルは不満げに唇を尖らせて、しぶしぶ恋から離れる。アモルと距離が離れた恋は息をついた。


「なんで皆、恋くんを怒るんデスカ。アモル意味がわからないデス」

「アモルちゃんが恋くん大好きだからでしょ」

「はい! アモルは恋くん大好きデス! 一番仲良しなお友達デス!」


 アモルは嬉しそうに笑って隣にいる恋の手をとった。なにかを言おうとした恋はアモルの笑顔を見て諦めた様子で黙り込む。抱きつかれるよりはマシだと思ったのか手は振り払わない。そこに手をつないでいたいという気持ちが含まれているように見えた。


「そういう態度だから恋くんが毎回嫉妬されるんだって、何回いったら分かるかなあ……」

「アモル、よくわからないデス。契約者は契約者で、恋くんは恋くんです」

「アモルちゃん、ボクより年上のはずなのになあ」


 マーゴが腕を組みうなり声をあげる。それをアモルは首をかしげながら見つめていた。


「アモルさん、マーゴさんより年上なんですか?」

「細かい年齢は本人も覚えてないみたいだけど三桁はいってるはず」

「三桁?」


 千春は目の前にいるアモルを見た。肌には張りがあり、手足には無駄な脂肪がついていない。顔にだってしわ一つないし、髪も綺麗だ。二十代前半。若く見えていたとしても後半くらいにしか見えない美貌がそこにある。


「三桁……?」

「あっ、ちなみにボクは今八十代」


 横から聞こえたマーゴの声に千春は目を見開いた。にこにこ笑っているマーゴの外見は大学生にしか見えない。とても八十代には見えなかったが、ここでマーゴが嘘をつく意味も分からない。


「く、クティさんは?」


 恐る恐る訪ねる。マーゴもアモルもクティのことを年上のように扱っている。となれば二人よりも確実なのは確かだ。

 千春の内心の動揺を抑え込みながらマーゴに問いかけた。マーゴは千春の内心など気づかずさらりと答える。


「四桁はいってると思うよ」

「四桁……」


 それは相手にされないはずだと千春はうなだれた。まだ中学生だし、大人で遊び慣れた雰囲気のクティが自分を子供扱いするのは仕方が無い。そう思って不満を誤魔化してきたが、四桁も年が違うとなればアモルのいう通り赤ちゃんである。一人の女の子として見てもらえるはずもない。

 そんなことを考えながらふと思う。自分はクティにどう見てもらいたいのだろう。女性として意識してもらいたいのか。そもそも自分はクティを好きなのか。


「そういえば、その子は?」


 千春がぐるぐると考えていると恋が眉を寄せて千春を見ていることに気づいた。恋からすればいきなりわいて出た部外者なわけだが、今は考え事に集中させて欲しかったと自分勝手なことを思う。


「クティさんのお気に入り」

「えっ、クティさんの」


 恋は驚いた顔でまじまじと千春を見つめる。その反応に千春は戸惑った。翔太とアモルが恋人同士だと言われた時に千春が感じたように、不釣り合いだと思われているのかもしれない。そう思ったら自然と手に力が入る。

 しかし、予想に反して恋は哀れみの顔を千春に向けた。その反応の意味が分からずに千春は恋を見上げる。


「クティさんは止めた方がいいと思う」

「恋くん、なんてこというんデスカ!」


 千春が「なぜ」と問う前にアモルが騒いだ。恋はアモルをチラリとみてため息をつく。


「アモルちゃん見てて分かっただろ。俺たちとアモルちゃんたちじゃ考え方とか感じ方が根本的に違うんだ。だから傷つかないうちに止めた方がいいと思う」


 アモルは恋の言ったことに納得がいかない様子で頬を膨らませている。マーゴはなにも言わない。それは恋の言葉を肯定しているようでもあって、千春の心の中にもやもやとしたものが渦巻くのを感じた。


「なんでそんなこと、今日あったばかりの人にいわれなくちゃいけないんですか」


 クティと千春は違う存在だ。それは千春だって分かっている。クティと出会ったあの日から、きっと忘れている過去だって、この人は自分とは違うと気づいていたはずだ。それでも千春はクティを探してしまうし、会えるとうれしいし会えないと悲しい。この気持ちを感じたことのない他人に口出しされたくはない。

 千春は恋を睨む。無言で千春の視線を受け止めていた恋は疲れた顔でつぶやいた。


「そうだな。他人に言われたくないよな。悪かった」


 そういうなり恋は千春から目をそらしてマーゴに向き直った。「助けてくれてありがとう」という恋にマーゴが「アモルちゃんがいつもごめんね」と苦笑した。それをアモルが頬を膨らませて見ている。

 千春はその光景をただ見つめていた。恋の真意が分からない。急にクティに近づくなと言ったかと思えばそれを謝ってきて、今度は千春などいないかのように振る舞っている。こんなに失礼な人に会ったのは初めてだと千春の中に沸々と怒りが湧き上がる。


 それでも、それを爆発させる気にはなれなかった。謝るときに恋が浮かべた疲れ切った顔。それが頭から離れない。


「そうだ、千春ちゃん。お友達待ってるんでしょ。送ってくから」


 恋との話が落ち着いたマーゴは慌てた様子でいい、千春はそれに頷いた。なんだか考えるのが面倒で、マーゴに手を引かれるままに歩く。


「またネー」


 アモルの元気な声に振り返れば、アモルと恋が並んで立っていた。並ぶ姿は姉弟のようだけど、そうじゃないと千春は知っている。元気に手を振るアモルと対称的に恋は静かに千春を見送っていた。その目がどこか悲しそうで千春の胸がざわついた。

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