2-2 親戚のお兄さん

 テーブルの上には食べ物が入った容器が所狭しと置かれている。焼きそば、お好み焼きに焼き鳥、フランクフルトにクレープ。他にも様々な食べ物が積み上げられ、千春のお腹へと吸い込まれていく。


 その食べっぷりは全く知らない人が足を止めるほど。

 周囲の視線をものともせず千春は目の前の食べ物をひたすらお腹の中に入れる。積み上がていた容器の中身が空になったところで一息ついた。


「甘いものがほしい」

「まだ食べるの……」


 千春の食べっぷりを放心状態で見つめていた千波は引きつった声を出す。千春の小さな体をじっと見つめて、どこに入ったのかと眉を寄せた。


 前にも千波の前では食べたはずなのにと思ったところで、瀬川と千波と外食した出来事はなかったことになったのだと思い出す。学校以外で三人で出掛けたのは二人にとっては初めてなのだ。瀬川とは学校でも話すほどに仲良くなったけれど、千波とは前のようには話せていない。どことなく距離を感じる。

 引かれたかなと考える。初めてできた同性の友達に距離を取られるのは寂しい。


「私だけ楽しんじゃってごめんね」


 千春にとって食べることは死活問題だが、瀬川と千波はそうではない。学校で仲良くしてもらえるだけでも十分なのに、休日まで付き合ってもらっている。そのことに気づいて千春は落ち込んだ。


「そんなことないよ! 俺だって楽しいし! 友ちゃんだって楽しいよね!」


 慌てた様子で瀬川がいう。その必死な様子が無理しているように見えて千春はますます落ち込んだ。初めてできた友達に気を使わせている。それが分かっているのに千春はどうしたらいいか分からない。


「私は……」


 千波の口は重い。千春から目をそらして下を向いている。誰に対してもハッキリ話す千波らしくない。それが答えのようなものだ。

 重たい空気が広がる。さっきまであんなに満ち足りた気持ちでいたのに、食べ物を入れたばかりのお腹が空腹感を訴える。これは精神的なものだと千春はもう分かっていた。


「せっかくのイベントになに辛気臭い顔してんだ?」


 上から声が降ってくる。千春の肩に誰かの手が乗せられた。不快感はない。声だけで顔を見なくても誰だかわかった。それだけに驚いたのだ。


「クティさん!! なんでここに!」


 振り返ればそこには予想通りクティが立っていた。千春の肩に両手をのせて楽しげに目を細めている。珍しく大声をあげた千春の反応に満足したようだ。


「なんでって、俺もイベントの関係者だから」


 そういうとクティは羽織っていた法被を引っ張った。そこにはたしかに「子狐商店街」と書かれている。地味な紺色の法被の下から見えるのは真っ赤な穴あきTシャツ。ダメージデニムからは肌が見えているし、腰にはよく分からないファーやらベルトが巻き付いている。

 それなのになぜか法被はなじんで見えた。目立つ人なのに声をかけられるまで気づきもしなかった。今も空気に溶け込み、まるで注目を集めていない。目立つのに目立たない。矛盾した存在感に千春は眉を寄せる。


「藤堂さん、その人は」


 瀬川が若干青い顔で、千波は警戒心をあらわにクティを見つめている。そういえば二人は初対面なのだ。クティにご飯を奢ってもらったことは無かったことなったから。


 どう説明しようかと千春は戸惑った。クティとの関係を説明するのは難しい。というか千春自身わからない。千春にとってクティは気になる人で、一緒にいたい人だ。クティもそれを了承して妙な体質が改善するまで一緒にいてくれると言ったが、あの日以降初めて会った。連絡先だって結局はぐらかされて教えてもらってない。一緒にいるとは何だったのかと、最近の千春は密かにご立腹だった。ここで予想外に会えたことはうれしいが、同じくらい怒ってもいる。

 そんな複雑な感情を一言で説明することなど不可能。そう千春が結論づけると、

「親戚」

 クティが笑顔で真っ赤な嘘をついた。

 

「……本当に?」


 千波が疑いの視線をクティに向ける。千春からみてもクティの外見は怪しいし、親戚というのもとってつけたような嘘にしか思えない。それでもクティは堂々としたもので、「ほんとだって」と困った顔で笑っている。


「たしかに俺、千春ちゃんと違って派手だし? 似てないけどさ、親戚がみんな似てるわけでもないでしょ。親戚っていっても遠縁だし。うちの親が千春ちゃんとこの両親と仲良くてさ、親と一緒に何回か千春ちゃんのお見舞いにもいったことがあんの。そこで仲良くなったっていうか」


 よくもまあ、すらすらと嘘がつけるものだと感心した。瀬川は完全に信じたようで「そうなんですか」とのんきに相づちをうっている。千波は未だ警戒した様子でクティを見つめているが、千春が否定しないから一応は納得したようだ。


「仲がいいのに、今日ここにいることは言わなかったんですね。藤堂さん、商店街でイベントがあることすら知らなかったみたいですけど」


 いや、納得したと見せかけて攻撃のチャンスを狙っていたらしい。千波の切り込みに千春の方がヒヤヒヤした。


「いやー、俺この通りだからさ、昔はともかく今は千春ちゃんのご両親にいい顔されないんだよね。千春ちゃんは昔と同じようにお兄ちゃんって慕ってくれてるんだけど。病気治ったばっかりだし、あんまり連れ回したら心配させちゃうだろうから俺からは連絡とってなかったんだ」

 そういってクティは千春の顔を横からのぞき込む。


「ごめんな。千春ちゃんは遊びたいっていってたのに」


 眉を下げて悲しそうな顔をしたクティは元々の容姿が整っているだけあって儚げに見えた。派手で胡散臭いという第一印象が消え去る。狙ってやっているのだと分かっている千春でもドキリとするのだから、初めてみた瀬川と千波には効果的だった。瀬川が千波の服を引っ張って、そのくらいにしようと視線で訴える。


「じゃあ、藤堂さんはどうするの? その人とまわる?」

「えっ」


 千波の問いに瀬川と千春は同時に声をあげた。


「藤堂さん、そのお兄さんと一緒に行っちゃうの!?」

「久しぶりに会ったんでしょ。私たちは学校ですぐ会えるんだし、邪魔するのも悪いと思わない?」

「そ、そうだけど……せっかく……」


 瀬川は肩を落とす。なんだか捨てられた犬みたいで見ていられない。それを見たクティが千春にしか聞こえないような声で「天然タラシか」とつぶやいた。


「一緒にまわりたいのは山々なんだけど、俺も手伝いあるから。休憩時間の一時間だけ千春ちゃん借りられたら嬉しいんだけど」


 一時間という言葉に瀬川が「それなら」とつぶやいた。ほんとは行って欲しくないという空気をひしひしと感じたが、千春はクティと話したいことがある。主に連絡を一切取れなかったことについて。


「じゃあ、一時間後にここで集合ってことで。その間、二人で仲良くまわってきて」


 クティはそういいながらテーブルの上に重なっていた空の容器を片付け始める。千春も慌ててそれを手伝った。量の多さを見かねて瀬川と千波も手伝ってくれ、四人がかりでゴミ箱へと持って行く。

 食べているときは気にならなかったが、改めてゴミを見るとずいぶんな量だと驚いてしまう。これは千波がどこに入っているのと眉を寄せるのも納得だ。これだけ食べても千春の体は全く成長しないのだから余計に不思議だろう。


「じゃあ、仲良くしろよ~」


 クティは千春の手を握ると、妙に「仲良く」を強調して二人に手を振った。千波は眉を寄せ、瀬川は悲痛な顔で千春たちを見送ってくれる。よく分からない二人の反応に首をかしげつつ、手をつないだクティに向き直った。


「お前ら、ほんと面倒な関係になってるな」

「二人とも私のお友達ですよ?」


 面倒とはなんだろうと首をかしげると「分からないならいいけど」とクティは苦笑いを浮かべた。教えてくれる気はないらしい。

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