2-3 正体

 手を引かれるままについていくと「子狐商店街本部」と書かれた建物にたどり着く。クティと同じ法被を着た人たちがせわしなく行き交う中をクティは堂々と入っていく。何人かがクティの姿に気づいて、手をつないでいる千春を見て驚いた顔をした。それに対してクティは構うなというようにしっしと手を振った。


 靴を脱いで中に入ると畳の部屋があり、長テーブルが何個も並んでいる。荷物や段ボールが隅の方に重なっており、テーブルの上にはお菓子やペットボトルに入った飲み物、紙コップが並んでいた。どうやら商店街の人たちの休憩スペースらしい。


「勝手に入っていいんですか?」

「俺と一緒だから問題ない」


 クティはそういうと奥のテーブルに腰を下ろす。千春もその隣に座った。

 クティがテーブルの上に並んだ飲み物の中からオレンジジュースを紙コップに入れて、千春の前に置いてくれる。


「なんで連絡先教えてくれなかったんですか」

「今日会えるの知ってたから」

「占いで?」

「そう、占いで」


 テーブルに肘をついたクティはニヤニヤ笑いながら千春を眺めている。クティのことは好きだが、むかつく顔であることも間違いない。


「クティさんが分かっても、私は分からないので、連絡先教えてほしいんですけど」

「いやー、俺にも世間体ってものがあるから知らない中学生と頻繁に会ったり、やりとりしてると問題がね」


 世間なんて全く気にしないだろうに全うぶったことをいう。千春を眺める顔は相変わらず楽しげで、からかって遊んでいるのが分かる。千春の主張をまともに聞いてくれる気がないのは伝わってきた。


「体質治るまで側にいてくれるっていうのは嘘だったんですか」


 瀬川と千波に当たり前のような顔をして嘘をついていたクティ。二人に嘘をつくのが簡単なら千春に嘘をつくのだって簡単なはずだ。必死な千春が面白くて、今みたいにからかうつもりで嘘をついたのだろうか。だから千春に連絡先も教えてくれなかったし、今日まで顔も見せてくれなかったのだろうか。今日会えると分かっていたという言葉も嘘で、千春に会えなくたってクティはなんの問題もなく、今日たまたま暇だったから声をかけたのか。

 悪い考えが頭の中をぐるぐる回る。不安になってクティに貰った紙コップをぎゅっと握りしめた。形が歪んだ紙コップは自分の心を現しているようで気分が悪い。


「千春ちゃん」


 紙コップを握りしめる千春の手にクティがそっと手を重ねた。顔を上げれば眉をさげたクティの顔が目に入る。


「ごめんな。からかいすぎた。体質治るまで一緒にいるのは嘘じゃない」

「……本当ですか?」

「ほんと、ほんと。ただ、あんまり俺が近くにいすぎても良くないんだよ。治るどころかさらに悪化する可能性がある」


 クティと一緒にいられるなら治らなくてもいい。そうとっさに言いそうになって、寸前で千春は言葉を飲み込んだ。それを口にした途端、クティが目の前からいなくなってしまうような気がした。


「……近くにいるのが無理なら、余計に連絡手段が必要だと思います」


 じっとクティを見つめるとクティは千春から目をそらした。困ったなと顔に書いてある。意地でも連絡先を交換したくないらしい。


「クティさんの嘘つき! 嬉しかったのに! 私の純情を弄んだんですね! 最低です!」

「待て! 大声で誤解が生まれそうなことを叫ぶな!」


 慌ててクティは千春の口を塞ごうとしたが、それよりも先にバサリと何かが落ちる音がした。見れば入り口のところに大学生くらいの青年が立っている。クティと同じく法被を着た青年は目を見開いて千春とクティを凝視していた。青年が持っていたらしい紙がひらりと舞い、千春の近くで落ちる。

 大好評。今年もやりますお化け屋敷。と書かれたチラシを見て、この商店街は頻繁にイベントを開催しているんだなと千春は感心した。


「く、クティさんがロリコンに!?」

 そんな千春の感心は青年の叫び声で吹っ飛んだ。


「誰がロリコンだ! 誤解を生む表現すんな!!」

「だって、クティさんが小学生と密室に……!」

「密室じゃねえ! あと千春ちゃんは中学生!」

「あのクティさんが名前呼んでる! しかもちゃん付け!?」


 マーゴと呼ばれた青年は青い顔でクティと千春を交互に見つめている。初対面のはずだが、妙に懐かしい感じがする人だ。しかしながら小学生と間違われたことは千春にとって許せることではない。人が気にしていることをピンポイントで踏み抜くとはなんて人だろうと眉を寄せる。


「人間は皆、食料。バカで都合がよい家畜。そう豪語してやまないクティさんがちゃん付け!? 実はボクが知らないだけで、その子人間じゃないんですか!?」

「おい、マーゴ!」


 クティの怒鳴り声が響く。ロリコンを否定した時とは全く温度が違った。ギャーギャーと騒いでいた青年――マーゴが黙り込む。ゆっくりと立ち上がるクティから目をそらせない。それは千春も一緒だった。本気で怒ったクティを初めて見たが、もう二度と見たくない。そう思うほどには怖かった。


「余計なことベラベラしゃべんな」


 低い声にマーゴが無言で頷いた。大きく首を上下に振る姿はそういうおもちゃみたいだ。念押しするようにしばらくマーゴをにらみつけていたクティが息を吐く。


「ったく、邪魔が入った。千春ちゃん、どっか行くか」


 先ほどまでとはまるで態度が違う。一瞬で空気を切り替えたクティはどこにでもいる、ちょっと軽薄そうなお兄さんに戻っていた。けれど、さっきの怒気を目の当たりにした後では外見通りに受け止めることは出来ない。

 派手なのに目立たない。それはクティがそう見せているからだ。先ほどの怒ったクティが本物で、今のクティは人を欺くための擬態。なぜそんなことをしているのかと考えれば、マーゴがいった言葉にたどりつく。


「クティさん」


 その言葉を口にする時、少しだけ不安になった。これを口にしたらクティが再び怒るのではないかと。それでも千春は聞かなければいけないと強く思った。


「クティさんは人間じゃないんですか?」


 クティの顔から表情が抜け落ちる。マーゴの顔が青ざめる。それ以上やめろというようにマーゴが首を左右に振るが、千春はじっとクティの瞳を見つめた。人間にしては奇妙な光彩を放つ瞳。突然どこからともなく現れて、クラスメイト一人の存在を消し去って、未来を知ることが出来るという。

 考えてみればそんな存在が人間であるはずがない。なぜ今まで疑問を持たなかったのか不思議なくらい、目の前の人は千春が知っている人間とかけ離れている。それでもなぜか怖いとは思わない。ただ知りたいとは思う。


「連絡先教えてくれないんですから、そのくらいのことは教えてくれてもいいと思います」


 千春がじっと見つめながらそういうとクティが眉を寄せる。マーゴが「そのくらい?」とつぶやく声が聞こえた。


「教えてくれないなら、連絡先……」

「分かった、教える」


 千春がすべて言い切る前に、遮るようにクティが両手を挙げた。降参というポーズをとるが、千春としては降参してくれなくても良かったのにと頬を膨らませた。


「えっ、そこで折れるんですか。連絡先教えた方が良くないですか?」


 横から口を突っ込むマーゴをクティがにらみつけた。言葉にはしなかったが「誰のせいで」という思いが透けて見える。


「そんなに教えたくないんですか……」

「千春ちゃんだって、気になるだろ俺の正体」


 わざとらしく大きな声でクティはそういうと千春の隣に座り直す。それからマーゴをにらみつけた。こいと顎で呼ばれたマーゴが恐る恐るやってきて、千春の隣に座る。それにクティが片眉をつり上げた。


「話してくれるんですよね?」

 連絡先は教えてくれないのだからと圧を込めるとクティは諦めたように息を吐いた。

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