2-11 なりたい関係

 学校じゃ目立つから、放課後、商店街で。そう言って、恋は少女たちを追い返した。少女は納得いかない顔をしていたが心配で付いてきたらしい友達二人はほっとした顔をしていた。

 良い友だちがいるんだなと恋は少し安心した。少女には止めてくれる人がいなければ危険な場所に自ら突っ込んでいきそうな危なっかしさがある。止められなくとも、心配してくれる人がいるといないとでは大違いだ。


 詳しい場所を決めていなかったので出入り口を兼ねるアーチの下で時間を潰す。アーチの柱に寄りかかってスマートフォンをいじっていると、顔見知りのおばさんたちに声をかけられた。「後輩と待ち合わせ」と答えたら妙に喜ばれたのが引っかかる。大雅以外に友達がいないと思われているらしい。


 おばさんたちが去っていく後ろ姿を眺めながら、本当に来るのだろうかと恋は考えた。かなり一方的な待ち合わせだ。こなくても全く問題ない。むしろ来ない方が恋としては嬉しい。


 しかし、来るだろうなという確信があった。入学したての一年生が三年生の教室にまで押しかけてきたのだ。軽い気持ちの行動ではないだろう。

 だからこそ面倒くさい。正直に言えば関わり合いになりたくない。ただでさえ自分はクティに好かれていないのだから、下手なことをしてさらに評価を下げたくない。今以上に下がったら、アモルと話すことすら許してもらえなくなるかもしれない。


 浮かんだ考えに恋はしゃがみこんで頭を抱えた。大雅にクティに好かれるチャンスかもと言われた時は拒否したのに、これ以上嫌われない方法は探している。我ながらなんて優柔不断なのだろう。

 大きく息を吐く。息と一緒にどうにもならない未練も吐き出して楽になれればいいのにと思ったが、それですむなら何年も悩んでいない。


 ぼんやりと地面を見つめていると目の前に人がたつ気配がした。のろのろと顔をあげると待ち合わせの人物がそこにいた。


「体調悪いんですか?」


 恋の目の前にしゃがみ込む少女に警戒心はなく、心配そうな顔には善意しかうかがえない。生粋のいい子だ。そう思ったら乾いた笑みが浮かんだ。


「クティさんって、こういうタイプが好きなのか……」


 恋の言葉に少女の顔が輝いた。嬉しそうに頬を染める姿は恋する少女そのもので、恋は眩しさに目をそらした。


「クティさん、私のこと好きなんですか!」

 目をそらしたにも関わらず、ぐっと顔を近づけられる。物怖じしない性格らしい。


「藤堂さん、あんまり近づくのはどうかと……」


 そういって少女――藤堂の腕を引っ張り、恋から距離を取らせたのは少年だった。昼休みに藤堂の後ろにいた子だ。もう一人いた活発そうな少女の姿はない。大雅と同じく部活に向かったのかもしれない。


「話がしたいって乗り込んできたのはそっちなのに、ずいぶんな態度だな」


 恋はそういいながら立ち上がる。恋は同学年の中でも細身だが、一年生よりは大きい。立ち上がったこと見えた身長さに、少年が怯んだのが分かったがぎゅっと拳を握りしめて耐えている。気弱そうな印象だったが、意外とこの子も肝が座ってるのかもしれない。


「藤堂さんはあなたと話したいことがあるみたいだけと俺は反対。彼氏がいる女の人ばっかり狙ってストーカーするような悪人と関わらない方がいいよ」


 少年はそういって藤堂を庇うよう前にでて、恋を睨みつけてきた。威勢が良い割に足は震えている。なけなしの勇気を絞り出したのだとわかった。

 そこまでした理由は隣で目を瞬かせている藤堂にあるのだろう。好きな相手を守りたい。いいところを見せたいというのは男の本能だ。だからこそ、なんだか恋はいたたまれなくなった。


「瀬川くん、その噂ウソだよ」


 どうしたものかと考えていると藤堂が首を傾げながら少年――瀬川を見つめた。男らしく恋を睨みつけていた瀬川の顔が緩み、持ち前の愛嬌が表にでる。


「ウソ!?」


 驚きで固まる瀬川に恋は頷いた。恋が彼氏持ちの女性ばかり狙ってストーカーしているという意味不明な噂は真っ赤なウソである。

 といっても、ウソだといっても信じて貰えないから噂が広まっているわけで、昨日出会ったばかりの藤堂がウソだと断言する理由は恋にも分からない。


「なんでウソだと思ったんだ」

「噂になってる彼氏持ちの女性ってアモルさんのことですよね」


 確信をもった藤堂の言葉に恋は黙って頷いた。藤堂は推理が当たったという感動もなく淡々とした様子だ。そんな藤堂を瀬川は混乱した様子で見つめていた。


「アモルさんが愛澤先輩と一緒にいると彼氏たちがみんな怒るって言ってました。翔太さんも愛澤先輩をやっかんでたみたいなので、歴代彼氏もそうなのかなと。アモルさんには彼氏がいっぱいいたみたいですし、何人かの彼氏が愛澤先輩に不利な噂を流していけば今みたいな状況になるのかなと」


 違いますか? と眠たそうな瞳で見上げられたが恋はすぐに返事が出来なかった。少しの間を置いてから頷く。その姿をみた瀬川が悲鳴みたいな声をあげた。


「えっなにそれ、先輩は被害者ってこと!?」


 驚く瀬川に藤堂が冷静に頷く。瀬川は藤堂と恋を交互に見て、渋面をつくった。藤堂の話を信じたいけれど、信じるには判断材料が足りないというところだろう。

 その反応が普通だと恋は思う。アモルの存在を瀬川は知らないし、学校では恋自身より噂の方が有名だ。恋と接点のない一年生が噂を鵜呑みにするのは仕方のないことである。逆に言えば、アモルに会ったからといって噂に流されることもなく真実にたどり着いた藤堂の方がおかしい。

 見た目通りのか弱そうな子とは違う。それはすぐに気づいたがもっと根本的に、藤堂は自分たちと違うような気がした。アモルと仲が良く、人ではない者と会う機会が多かった恋だから感じるような小さな違和感。しかし、アモルたちと同じ人ではない者かというとそうでもない気がする。


 クティのお気に入り。

 それは軽いものではなく、もっと重たくて、他人が簡単に口を出してはいけないものではないか。そう気づいて恋は後ずさった。これ以上関わると面倒なことになる気がする。


「それで、聞きたいことってなんだ」


 恋は強引に話を切り出した。聞きたいことさせ聞ければ藤堂は恋に用がないはずだ。藤堂と一緒にいることによってクティに勘違いされでもしたら、今以上に厄介なことになる。想像で恋は身震いした。クティは一度敵だと判断したら本当に容赦がないのだ。


「愛澤先輩、クティさんと関わらない方がいいと言ったじゃないですか。あれってなんでですか?」


 藤堂の言葉に瀬川が目を瞬かせた。恋は拍子抜けした。教室に乗り込み、放課後まで押しかけてきて聞きたかった話がそれなのかと。


「言っただろ。俺たちとクティさんたちは全く別の生き物なんだ。あの人たちは人間と同じ見た目をしているから勘違いしそうになるけど、理解しあえる存在じゃない。普通の人間だと思って接したら痛い目をみる。なるべく関わらない方がいい」


 恋の言葉に瀬川が首をかしげる。話の内容にまるでついて行けていないところを見るに瀬川はクティのことを知らないようだ。事情を知らないまま着いてきた瀬川は良い奴なのだろうが、説明もせずに連れてきた藤堂は何を考えているのだろう。クティのことを説明しても理解してもらえないと考えるのは想像がつくが、だとしたらなぜ着いてくることを容認し、隠す様子もなく恋と話しているのだろう。

 瀬川など眼中にないという藤堂の態度に恋は自分の腕をなでた。目の前にいる藤堂が得たいのしれない化物のように見えてくる。


「関わらない方がいいといいながら、愛澤先輩はアモルさんと友達なんですか」


 触れられたくないところを一突きされた気分だった。不快さで顔が歪む。なんでお前にそんなことを言われなければいけないという気持ちがわき上がってきて、昨日自分をにらみつけてきた藤堂の気持ちが分かった。仕返しなのだとしたら目の前の存在は見た目にそぐわず陰湿だ。


「俺がアモルちゃんと友達なら、自分もクティさんと友達でもいいと言いたいのか? そんなの俺に言うことじゃなくてクティさん本人に言えばいいだろ。それとも本人に言う度胸がないなら俺に言ってんのか」


 鼻で笑うと藤堂は不快そうに眉を寄せた。お人形のように整った容姿が歪む。いい気味だと恋は思った。


「クティさんに言ってもまともに取り合ってもらえないんです! 連絡先だって教えてくれない! 詳しいことも全然教えてくれない!! だから私よりも事情を知ってそうな先輩に話を聞きたかっただけなのに、なんでそんな意地悪いうんですか!」


 次の瞬間、子供の癇癪みたいな怒鳴り声が浴びせられた。細くて小さな体から出たとは思えない大声に恋は驚いて、隣で様子を見守っていた瀬川も目をむいている。

 藤堂が恋を睨む。その瞳には怒りがにじんでいたが、泣きそうでもあった。大きな瞳に涙がにじむ。それに恋は慌てた。女の子が目の前で泣くのを平然とみていられるほど薄情ではない。


「ごめん。悪かった。そんなにお前が気にしてるとは思ってなかったんだ」


 慌てて謝るが藤堂は恋のことを見ない。小さな手を握りしめて唇を噛みしめ、必死で泣くのを堪えていた。瀬川は藤堂の周囲をうろうろしているだけでまるで役に立たない。なんでコイツ着いてきたんだと恋は瀬川に八つ当たりしたくなってきた。


「……クティさん、連絡先教えてくれないのか?」

「……教えてくれません。マーゴさんはすぐに教えてくれたのに」


 涙で震える声は切実だ。こんな子を泣かせてなにをしているんだとここにはいないクティを責めながら違和感も覚える。


「クティさんと契約してるんじゃないのか?」

「してないです」


 藤堂は首を左右に振る。その姿はウソをついているとは思えず恋は混乱した。

 クティは人間嫌いで有名だ。商店街の人間には比較的良くしてくれるだけで、他の者にはとことん冷たい。一度契約者との会話を見たことがあるが、とても対等とはいえなかった。

 そんなクティが商店街の人間でもない、契約者でもない人間に興味を持っているということが恋には信じられなかった。気に入っているというわりに連絡先を交換していないというのも意味が分からない。今まで見たことも聞いたこともない行動ばかり。だからこそ本気なのではないかと恋は思った。


「マーゴさんと連絡とれるなら、マーゴさんと連絡とった方がいい。俺はクティさんとそんな親しいわけじゃないし」

「でも、アモルさんとは友達なんですよね?」

 じっと藤堂は恋を見上げる。それはすがるようだった。


「愛澤先輩がアモルさんと友達になれるなら、私だってクティさんと友達になれますよね」


 肯定して欲しいと願う藤堂の言葉に恋は返事が出来なかった。友達という言葉が頭の中でぐるぐる回る。友達というには必死で熱のこもった声と視線に恋は嫌でも分かってしまう。藤堂は恋と同じだ。


「友達には……」


 なれない。そうハッキリ言って上げた方が藤堂のためなのだと分かっている。分かっているけれど恋はそれを口に出すことが出来なかった。どの口がいうのだと心の中の自分が笑う。お前だって宙ぶらりんのまま、勇気も出せず、だからといって離れることも出来ずにアモルの隣に居座り続けているではないかと。

 

 本当の友達になれるのであればなりたかった。それでアモルの隣にずっといられるのであれば。でも恋はそれが出来ず、友達だとウソをついてアモルの隣に立ち続けている。アモルの彼氏たちに流された噂だって、すべてがウソだとは言いがたい。彼らはちゃんと恋の気持ちを気づいていた。友達だと本気で思っているのはアモルだけで、恋は友達だと思っていない。友達だと言えば隣にいられるから、友達だとウソをつき続けているだけ。お前は悪くないと大雅はいうが、本当は恋が悪いのだ。告白する勇気も諦める勇気もないくせに、彼氏の座を勝ち取った男たちの席をかすめ取り続けているのだから。


 奥歯を噛みしめ、手を握りしめる。答えを待つ藤堂になんと言えばいいのか分からなかった。言う権利がない。諦めろなんて恋が言ったって、藤堂が納得するはずがないのだ。


 それでも何かを言わなければいけない。小さな希望にすがる藤堂を無視することは出来なかった。それは自分を切り捨てるのと同じことだ。言葉がまとまらないまま口を開いて、恋はなんとか声を絞り出そうとした。


「あれって、クティさん?」

 その声は瀬川のつぶやきでかき消された。


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