お願い? 取引き? それとも脅迫?
長らく闇の魔力によって利己的な欲望と快楽に心を支配されていた彼女だったが、今ようやくその呪縛から解放され、本来の善良な心を取り戻したのだった。
しかし時すでに遅し、いくら善良な心を取り戻したとはいえ、過去に犯した罪が消えるわけじゃない。善良な心を取り戻したために却って彼女は、いくら反省しても足りないほどの過去の悪行に苛まれ、苦しめられてしまっていた。
(よく見ると、かなりやつれてる……)
ランタンの弱々しい灯りでも、闇堕ちのやつれ具合は伝馬の目に明らかだった。伝馬はそれを反省の深さからくる心労の現れと見て取ったが、原因は心労だけではなかった。それは彼女の自死が進行中であることを示していた。
彼女は伝馬に捕らえられてからというもの、一切れのパンも、水の一滴すらも口に入れていなかった。緩やかながら確実に死ぬ方法を実践しているのだった。
伝馬は彼女に近づいた。鉄格子越しに、床で丸くなって震える彼女の背を哀れっぽい目で見つめた。それから屈み込み、彼女の背へ優しく言葉をかけた。
「二度と『闇堕ち』にはならない、二度と闇の魔力は使わない、二度と他人を傷つけない、この三つが約束できますか?」
闇堕ちは顔を上げ、濡れた瞳で伝馬を見つめた。
「アタシが死ねば、絶対に守られるわ」
「僕があなたを死なせません」
伝馬は立ち上がると、持っていた電マのスイッチを入れた。
ヴヴヴヴヴイイイィィ~~~~~~ンンンンンン……………!!!!
牢中に、振動音が響き渡る。
伝馬は電マを、三つある牢の錠へ次々と当てていった。
がちゃん。
がちゃん。
がちゃん。
全て解錠された。原理としては単純だ。電マの振動を当てることで、錠の内部機構へと作用、振動によって内部のピンが解錠位置へと動かされる。つまり、擬似的に鍵が挿入された状態となることでロックが外れるという仕組みだ。
錠には自爆の魔力術式も組み込まれていたが、電マに魔力は無意味。振動が伝わった時点で混沌魔力によって術式は崩壊、無力化されてしまっている。
伝馬は牢の扉を開けた。彼女が牢の中へ入ってくる伝馬を見る。
「ちゃんとやったことを反省して、さっき言った三つの約束が守れるなら、あなたは死ぬべきじゃない。生きて罪を償うべきです」
「……償い切れる罪だと思う? アタシの被害者たちはそれで納得すると思う? 被害者とその家族は、アタシを殺したいほど憎んでいるはず。そんなアタシが生きてていいわけないじゃない!」
「償い切れるかわかりません。でも償わなければいけない。死ねばそれで終わりです。死ぬだけじゃ、何も取り返したことにならない。ですが、生きれば償う機会が絶対にあります。生きていれば、今まで奪ってきたものを返すことができるかもしれない。新しく与えることだってできるかもしれない。なら、少しでも長く生きて、できる限り、命のある限り罪を償ってください。たとえほんの少しだけしか償えなかったとしても、それでも死んで終わるよりましなはずです。だからあなたは生きなきゃいけない」
「……でも、アタシはアタシが怖い。また闇堕ちに戻るんじゃないかって思うと、とても怖いわ」
「僕がついています。そのときは、僕が止めます。あなたに生きろと言った責任の一端は僕が担います。だから生きてください」
「デンマ……」
「伝馬です。て、ん、ま、伝馬です」
「で、で、て、て、テンマ……。でも、さっき死刑って言ったじゃない」
「そうです。だから今から逃げます。僕はあなたを逃すために来たんです」
「えっ! 領主の許可は……」
「もちろん取ってません。だから、この瞬間から僕は死刑囚の脱獄を
とんでもないことを、にっこりと爽やかに笑って言う。
「アンタ正気!? それがどういうことかわかってる? 地位と名誉を捨てるどころの話じゃないよ! アンタ殺されるよ!?」
「たとえ命の危険があったとしても、それでもあなたを殺させるわけにはいかないんです」
命がけであなたを守る、そう言われて感動しない女性はいないだろう、彼女の心が今度は感動で震えた。
「どうして……どうしてアタシにそこまでしてくれるの……?」
「イジュを探したいからです」
「えっ」
「イジュは闇堕ちに攫われちゃって、今も行方不明なんです。だから元闇堕ちのあなたなら、イジュの行方を探す手がかりを掴みやすいんじゃないかと思って。イジュは僕の命の恩人だから絶対に助けたいんです。これも罪滅ぼしの一つだと思って、協力してくれませんか?」
「……」
あなたを守るのはイジュを救うため、そうハッキリ言われてしまい、さっきの感動がぶっとんでしまった。たとえるなら、告白待ちっだった相手から別の相手へのサプライズプロポーズの相談を受けたような感じ。
彼女は少し不満そうに伝馬から顔を背け、
「なんだ……アタシじゃなくてあのコのためか……」
拗ねたように小声でボソッと呟いた。伝馬には聞こえなかった。
彼女は頭をポリポリ掻くと、今度は細い目で伝馬を見据えた。そして口を開いた。
「命を助けられるアタシから頼む立場じゃないってのは承知の上で言うんだけど、一つだけお願い、いい?」
「僕にできることなら」
伝馬もまっすぐに見つめて言った。
「アタシはヴァイオレット。ヴァイオレットって呼んで……」
「わかりました、ヴァイオレットさん」
「さんはいらない。ちゃんと呼び捨てにして」
「ヴァイオレット……?」
これがお願い? 伝馬は不思議そうな顔をしていると、
「テンマ! アタシをアンタのものにして!」
「えっ……?」
突然の告白。伝馬は目が点。
「え゛っ!? いやいやいや! ちょっとまってください! 意味がよくわかりません! ちゃんと説明してください!」
「説明も何も、言葉通りの意味だけど? アンタのオンナになりたいってことだけど、わかる?」
「ぼ、僕の女って……!?」
言っている意味がよく飲み込めない。さすがの伝馬でも意味はわかる。けれどなぜそうなるのかがわからない。
「あー、そういうこと? アンタって見た目通りまだまだボーヤなのね。ウブでオクテでドーテーなのね。じゃ、オネーさんが教えてあげる。アタシが言いたいのは、恋人でも妻でも愛人でも奴隷でもいいってこと。アンタの女になれれば、序列なんてどうでもいいし、なんでもいいってこと。ちょっとだけでもちゃ~んと愛してくれたり、情けかけてくれればそれでいいの。わかった? オンナにここまで言わせるなんて、オトコとしてまだまだ甘いね。でも、そこが可愛い。あ、それともわざと? だったらなかなかヤリ手ね。そういう趣味なの? アタシはそれも嫌いじゃないけど?」
「あの、言ってる意味がぜんぜんわからないんですけど……」
「あそう? ま、オンナとオトコのことだから、アンタにはまだ難しかったかな? こーゆーことはね、もっと簡単に理解できる方法があるんだけど? どう?」
「いや、どうって言われましても……」
「怖がらないで。オネーさんが優しくしてあげるから」
「なんか余計に怖いんですが……」
「大丈夫、初めてが痛いのはオンナの方なんだから!」
そう言って、突然ヴァイオレットは伝馬へと飛びかかってきた。しばらく食事をしていないとは思えないほどの俊敏性。さすがの伝馬も不意を突かれた形になり、押し倒されてしまった。
「オンナとオトコがわかりあえる一番の方法、それはね、肉体言語! 口で言うよりヤるが易しってね!」
「ちょちょちょちょちょっと!? 何言ってるんですか!?」
「何言ってるって、言ってわからないからこうするんでしょ? 心通わせるには、まず身体を繋げるの! ほら、ジタバタしないで! 我慢すればすぐ済むんだから! すぐ気持ちよくなれるんだから!」
「それ犯罪者のセリフですよ!?」
「死刑囚は犯罪者なんだから、アタシが何言ってもそれは犯罪者のセリフになるじゃない?」
「開き直ってる!」
ヴヴヴヴヴイイイィィ~~~~~~ンンンンンン……………!!!!
唸りを上げる電マ。
しかし、ヴァイオレットはそんな伝馬を余裕の表情で見つめ、
「あら、いいの? そんなことして。アタシを拒否したら、もう絶対にアンタに協力してやらないから!」
「僕に協力しなきゃ死刑なんですよ!?」
「アタシ、死ぬのは怖くないも~ん。むしろ死にたいと思ってるし。アンタのものになれないなら、生きてる意味ないし。大体これだけ死にたがってるオンナを生かそうなんて、愛がなきゃ無理ってもんよ。誰かが誠心誠意支えてくれないと。だからアタシを生かすためにもまずはアンタがイカせて!」
「え、えぇ……」
もうめちゃくちゃである。
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