終章 夜明けを告げる電マの音

勇者戴冠式。その夜……。

 露出狂闇堕ちを捕らえて十日が経った。

 伝馬はハクトウの街にある、領主所有の大庭園にいた。

 暖かな陽気の爽やかな日だ。いつになく正装し着飾った伝馬は、こちらもまた正装したトルムニアの前に跪いていた。

 トルムニアの隣、あのダイナマイトボディの執政が声高らかに宣言した。


 「領主トルムニアはこの度の功績を称え、に英雄の称号と貴族の位を授ける!」


 名前が間違っている。大変な間違いだが、異世界こっちでは伝馬の名前は発音しにくいらしいので仕方ない。

 間違った名前だったが、観客は湧いた。歓声も上がる。賓客席からは上品な拍手が、一般参列客からは騒々しい歓喜のどよめきが伝馬に贈られた。

 賓客席のネリネとマロニエは微笑で惜しみない拍手をしていたが、一般参列席のシオンは、少し不満そうな顔でやる気のない消極的な拍手をしていた。


 これは伝馬がブルット・フルエールを詐称していることが、トルムニアにバレたせいだ。

 おかげでシオンは貴族になることができなかった。

 逆に、虚偽を申告をしていたということで、罪に問われる可能性もあったが、


 「シオンは悪くありません、シオンは僕を助けるために嘘をついたんです。僕がシオンに嘘をつくよう頼んだんです」


 こう言って伝馬が擁護したためにシオンの罪は不問となった。

 このことについて、伝馬は事後報告でシオンに謝った。というのも、ブルット・フルエール詐称をバラしたのは、当の伝馬本人だった。


 「ごめん、シオン。でも、他人の名を騙ったまま生活するなんて僕にはできないよ……」


 これは恩を仇で返したことにもなる。だから伝馬はシオンの激怒を覚悟した。

 不満げに口をとがらせたシオンは、


 「そっか。じゃ、仕方ないね」


 そう言っただけだった。伝馬に文句を言うわけでも罵るわけでもなかった。

 拍子抜けだった。それがシオンの優しさだと伝馬は思った。伝馬はただただシオンに頭が上がらなかった。

 詐称の張本人である伝馬には何の罰もなく、むしろ栄誉を賜った。シオン曰く、


 「政治的判断があるんだろうね……」


 と、意味深。今では英雄と呼ばれる伝馬も、ちょっと前まではただの男子高校生。政治的判断の意味を考えられるほどの経験と頭脳はまだない。


 騒々しい観客の中には、ハンカチで目元を拭い、さめざめと泣くアラカシの姿もあった。


 「テンマの兄貴ぃ……さすがですぜ……」


 デカい男が感涙に咽び、涙と鼻水を滝のように流す姿はちょっとキモい。周りの人間が引いている。それでもアラカシはお構いなしで泣き続けた。

 ネリネがいる、マロニエがいる、アラカシがいる、不機嫌なシオンでさえいるのに、イジュの姿は庭園のどこにもなかった。

 イジュがいないという事実が、晴れの舞台の伝馬の顔を曇らせていた。


 跪く伝馬の頭にトルムニアが花冠を被せた。永遠花の別名を持つ、希少な『イロノアの花』で出来た冠は勇者の証だ。

 勇者戴冠の儀はここに成った。感激と感動のボルテージを高めた観衆が、惜しみない声援と拍手を伝馬へと送る。

 伝馬は立ち上がると振り返り、観衆たちに笑顔で手を振った。心の奥底を隠した、巧妙な作り笑いだった。


 (イジュ、君はどこにいるんだ……)


 大観衆の大歓声が、伝馬の耳にはどこか遠くに聞こえていた。




 その夜……。

 厳重に警備された地下牢に露出狂闇堕ちはいた。

 地下三階。かつて伝馬が入れられていた牢よりはるかに厳重だった。壁も鉄格子も錠も、魔術に耐性のある素材でできている。しかもそれらには魔術式が組み込まれてあり、無理に破壊しようとすれば、封入された魔術式によって牢ごと囚人を破壊するように設計されている。

 脱獄不可能、外からの手引さえ容易に許さない難攻不落の牢である。


 闇堕ちは既に露出狂という呼ぶには不適切だった。薄汚れた囚人用の上衣とズボンを着せられ、四肢には魔力を抑制する枷をはめられていた。

 凍りつくような暗闇と静寂の中、簡易で簡素なベッドの上で座り込み、壁に背を預け、うなだれていた。


 静寂は唐突に破られた。


 闇堕ちの耳に、何やら低く唸るような音が遠くから聞こえてきた。それはどんどん大きなる。闇堕ちの元へ近づいてくる。

 ガチャン、と扉の開く音がした。闇堕ちのいる牢へと続く扉が開けられたのだ。同時に淡い光が暗闇を払い、唸る音が一層大きくなった。



 ヴヴヴヴヴイイイィィ~~~~~~ンンンンンン……………!!!!



 その音に混じって、廊下を叩く規則正しい靴音があった。音はさらに闇堕ちへと近づいてゆく。闇堕ちの入っている牢の前で音が止んだ。淡い光が牢内を照らした。光に照らされ、闇堕ちが顔をあげると、そこにはランタンを持った旅装束の少年の姿があった。

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