天才少女は危険な素質の持ち主

 「わたし、イジュ・キャバリ! よろしくね、テンマ!」


 「よろしくイジュ。僕は新堂伝馬」


 二人は握手をかわした。


 「ああ、お恥ずかしい。失礼してすみません。その子は少々お転婆なところがありまして」


 マロニエが謝罪した。その声は怒りと嫉妬で若干震えている。


 「テンマ、わたし、恥ずかしいことした? 失礼なことした?」


 伝馬は苦笑した。伝馬は別に気にしてないし、イジュが失礼をしたとも思っていない。だが、このままじゃ子供の教育に悪いとも思った。


 「イジュ、僕が良くても、ときにはイジュのやったことが相手に失礼だったり、マロニエさんにとっては恥ずかしかったりするときもあるんだよ。だから気をつけないといけないんだよ」


 「ふぅん、そうなんだ……」


 「偉そうなこと言ったけど、そういう僕だって、しょっちゅう失礼なことしちゃうんだけどね。今はわかんないかもしれないけど、そういうこともあるってことは覚えておいて損はないよ」


 「うん、わかった!」


 意外に素直だ。


 「イジュは偉いね」


 伝馬がイジュの頭を撫でた。イジュは照れくさそうに笑った。それから伝馬の膝からピョンと飛び降り、


 「マロニエのおばあちゃん、ごめんなさい」


 ちゃんと謝って、その後さっさと部屋を出ていった。出て行きがけに、


 「テンマお兄ちゃん、今度遊んでね!」


 イジュはにっこり笑い、伝馬に手を振りながら去っていった。

 部屋は嵐が去った後のように静かになった。そこへマロニエのため息が大きく響いた。


 「すみませんテンマ、さぞご迷惑だったでしょう」


 「いえいえ、全然! ちょっとびっくりしましたけど、元気があっていい子ですね」


 「私も驚きました」


 「えっ?」


 「あの子が人に、ましてや男に、あんな風に馴れるのを初めて見ました」


 「そうなんですか? 人懐っこそうに見えましたけど」


 「あの子は大人顔負けの並外れた魔術の才能があるせいか、他人を見下す癖があるのです。同じ年頃の子供も、大人も馬鹿に見えてしかたないのでしょう、私たちは魔術ができるからかまだマシですが、自分より劣ると思った人たちには、めったに笑顔すら見せません」


 「そうなんですか……」


 「あの子、さきほどテンマをいい匂い、不思議な匂いと言いましたね。あれはきっと、あなたの身体に残る混沌魔力を嗅ぎ取ったのだと思います。私たちにはわからないほど微量な魔力を嗅ぎ取ることができるほど、魔力の才能に恵まれているのです。それが驕りとなってしまっているのです」


 伝馬は頷いた。たしかに、イジュのネリネやマロニエに対する態度は、どこか大人を小馬鹿にしたところがあった。


 「思えば可哀想な子なのです。あの子は孤児なのです。捨てられていたのを、私が拾ったのです」


 そこでマロニエ、憂い顔から急に伝馬へとにっこり笑いかけ、


 「なので、私が産んだわけじゃありませんし、私は未婚です。つまり何も遠慮は要りませんよ? テンマ、もし寂しいときがあれば私をお呼びください。力になりますよ」


 妖しげな目で、伝馬を見つめるマロニエ。マロニエ流の好意表現だ。好色百九十歳おばあちゃんは見た目通り今日も元気。

 それに気づいたネリネ、ムッと不快感をあらわにした。二人の従者も取り澄ました表情の下から呆れ顔をのぞかせていた。

 ただ残念なことに、当の伝馬にはこれっぽっちも響いていなかった。というか、気づいてすらいなかった。


 「ありがとうございます」


 と言っただけ。マロニエの言葉を、茶飲み友達になろう、という程度の意味でしか受け取っていなかった。

 哀れマロニエ、大胆な好意は見事に空回り。

 マロニエがスカされたのを見て、ネリネは満足げに頬を緩め、二人の従者も思わず顔をほころばせた。

 大胆な告白をかわされ、またそれを笑われ内心穏やかじゃなかったが、そこは御年百九十歳のレディ、ネリネなどとは年季も経験も違う。内心を顔には全くあらわすことなく、コホンと咳払い、涼しげに話を続けた。


 「そうそう、イジュは孤児ということで、物心ついたときから周囲に馬鹿にされたり、からかわれたり、同情されたりしてきました。自尊心が強い子ですから、同情すらもさぞ不快なことだったでしょう。しかし並外れた魔力の才能を開花させたことで、イジュは、上から目線で同情してくる人や見下したりしてくる人たちを、逆に見下すようになりました。それだけならまだしも、馬鹿にしたりからかったりした人を魔術に物を言わせて乱暴したりするようになって、私たちがいくら注意しても聞く耳持ちません。優れた魔術を鼻にかけ、むしろ得意に振る舞う始末。これは非常に危険な徴候でして、なぜなら強すぎる魔術と倨傲は闇の魔力へと通じるからです。このままではイジュの将来はとても危ういものになるかもしれません」


 「そうだったんですか……その、闇の魔力ってそんなに恐ろしいものなんですか?」


 「ええ、とっても。かつてこの世界は三度滅びかけたと言われています。いずれも闇の魔力によって堕ちた『闇堕ち』たちのために。闇の魔力は強力ですが、その分危ういのです。闇は我欲を亢進させ絶望を糧とします。闇に堕ちれば、己一個の欲のために他者を顧みず、ひたすら利用し虐げる暴虐の徒となるのです。世界を滅ぼしかねないほどの……」


 (『闇堕ち』が世界を滅ぼす……イジュもそうなりかねないって……?)


 伝馬は天真爛漫なイジュの姿を思い出した。どう考えても、イジュと世界を滅ぼす存在とが結びつかない。


 「あんないい子が、そんなことになるとは思えないですが……」


 「そうですね、さきほど言ったことはあくまでも最悪の場合ですから。しかし、無視できないことでもあるのです。一度『闇堕ち』となれば、どのような事態を引き起こすかわかりませんから。しかし、テンマの前だとイジュはいい子でした。ひょっとしたらあなたと触れ合うことで、イジュは『闇堕ち』の恐れのないほど、いい子になるかもしれません。テンマ、よろしければイジュと仲良くしてあげてください」


 「してあげるなんてとんでもない、僕のほうこそ、仲良くしてもらいたいくらいです」


 「それはよかった」


 その後は茶菓を飲み食いしながら適当な話をし、会話も尽きると伝馬とネリネは村長のお舘を後にし、ネリネの家に向かった。とりあえず、ネリネの家に住まわせてもらえることになったのだ。


 伝馬の異世界生活はヨウムの村、ネリネ宅で始まった。

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