闖入者、イジュ

 電マはただのマッサージ機器でしかないが、伝馬はそんなことは知る由もない。

 いわくつきの魔剣を見るような目で、伝馬は電マを見つめる。マジな顔で電マを握りしめる姿は、かなり面白い。当人が本気なだけ余計に。

 伝馬、おそらく人類史上一番電マをシリアスな目で見つめてた人間だろう。普通の人間は決して、そんなマジな顔で電マを使ったりはしない。


 「テンマ、あなたは一体、どこでこのような術を会得されたのですか?」


 マロニエに話しかけられ、伝馬はハッとなった。それだけ電マに集中する人間も、やはりそうそういないだろう。

 声に顔を上げると、興味しんしんな様子で伝馬を見つめるマロニエの顔が。


 「あ、いえ、電マこれは術というか、僕の力じゃないんです。多分、電マこれそのものの力です」


 「少し貸していただけませんか?」


 「どうぞ」


 伝馬は電マを手渡した。まだ残留混沌魔力の余波があるのか、電マを手に取るマロニエの顔がまた赤みを帯びてきた。


 「見れば見るほど、触れば触るほど、不思議な形、手触り、性質……。まるでこの世の物とは思えないような……ひょっとしてテンマ、あなたは別の世界からやってきたのではないですか?」


 「ど、どうしてそれがっ!?」


 伝馬は驚いた。ネリネと双子従者の三人も驚いていた。


 「その昔、ひいおばあさまから似たような話を聞きました。ひいおばあさまが子供の頃、異世界から来た不思議な術を使う異装の人がいたそうです。その話が、あなたととても似ていると思いまして。その異世界人は魔力を極めるためにこの世界にやってきたのだそうですが、あなたもそうなのですか?」


 「いえ、僕は違います。僕は自分の意志で来たわけじゃなくて、気がついたらこの世界にいたんです」


 「というと?」


 「元いた世界で交通事故に遭ってしまって、内蔵がぐちゃり、骨はきりきり、ばらばら、関節は曲がっちゃいけない方向にぐにゃり、全身から血がぴゅーぴゅー、皮膚もずるずる――」


 「……細かい描写は省いていただいて結構です」


 伝馬は気を利かせたつもりでユーモラスな描写にしたつもりだったが、全然うまくいっていなかった。マロニエもネリネも双子の従者も、全員が全員、顔を青くしていた。


 「あ、すみません……。つまりはかくかくしかじか、なんやかんや、てんやわんやありまして、ここにいる、というわけです」


 伝馬はことのあらましを語った。

 それから、


 「元の世界に戻る方法ってないですか? 魔術でもなんでもいいんです。そろそろ戻らないと家族が心配していると思うんで」


 伝馬の話を聞いたマロニエ、涙ぐんでいる。歳のせいか意外と涙もろいらしい、懐からハンカチを取り出し、目を拭っている。


 「残念ながら、そのような魔術は聞いたことがありません。さっき言った異世界人も、最後はどうなったのか伝わっておりません。あぁ、可哀想なテンマ、酷い目にあった挙げ句、見ず知らずの土地でたった一人ぼっちなんて……よよよ」


 マロニエはいよいよ本泣きになった。それにつられてか、カトレアとカミツレの二人も涙ぐんでいる。


 (そんな泣ける話したかなぁ? あ、でもよく考えたら泣ける話かも。よく考えたら僕、死ぬほど事故った後、一人ぼっちで異世界に来ちゃったんだなぁ……。あれ、やっぱりこれ泣けてくるね……)


 今の今まで今の境遇を深く考えてこなかった伝馬、三人の涙を見ているとなんだか悲しくなってきた。伝馬は自分のことだけじゃあまり泣けないが、他人が悲しんでいる姿を見ると、途端に涙もろくなる性質だった。

 いよいよつられて伝馬も涙をこぼしだした。部屋ではしばらく、四人のすすり泣きだけがこだました。

 ネリネだけは泣いていない。彼女は伝馬とは逆で、他人が泣いているのを見たら冷めてしまう性質だ。


 と、そこへ、

 突然ドアが開いて、一人の少女が元気よく飛び込んできた。その勢いのまま、伝馬の膝の上に飛び込んできた。伝馬はなんとか少女を受け止めた。


 突然やってきた少女、伝馬の懐におさまった。

 少女は身長からして小学生高学年くらいか。着ている服のデザインはマロニエに似ているが、マロニエほど露出はない。ただスカートだけ短く、健康的に焼けた足がスラリと伸びていた。薄いラベンダー色の長い髪と、くりくりと大きい薄緑色の目も印象的だ。


 「お兄ちゃん、いい匂いがする。不思議な魔力の匂い……」


 少女は伝馬の胸に顔をうずめ、甘えるように言った。


 「そ、そうかな?」


 涙目をこする伝馬。可愛らしい闖入者に、悲しい気持ちも涙と一緒に引っ込んでしまった。


 「こら、イジュ! 伝馬から離れなさい!」


 ネリネが目をつり上げて少女を叱った。いや、叱るというよりは怒っていた。嫉妬のせいだ。小さな少女でさえ、伝馬にべったりとくっつくのが許せないらしい。


 「イジュ、そのような振る舞いをしてはいけません。お客様に失礼ですよ」


 マロニエは少女をたしなめた。言葉は優しげだが、その端々に棘があり、目元には怒りがある。こちらもネリネと同様、嫉妬しているらしい。


 「お兄ちゃん、イジュ、失礼なことした?」


 叱られて、目をうるませるイジュ。それが妙に伝馬の庇護欲をくすぐった。姉ばかりに囲まれて育った伝馬、ここで初めて妹萌え的な感覚を味わった。


 「いいや、全然そんなことないよ!」


 「だってさ!」


 イジュはネリネとマロニエを横目で見てニヤッと笑った。なかなかな性格らしい。


 「お兄ちゃん大好き!」


 まるでネリネとマロニエに見せるけるかのように、伝馬の胸に頬を擦り付けるイジュ。ネリネの唇がピクピクと引きつり、マロニエは目を吊り上げてイジュを睨む。

 当の伝馬はまんざらじゃない。にこにこ顔でされるがままだ。

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