異世界人の朝は早い

 朝が来た。伝馬はゆっくりと起床する。


 「う、ん……」


 まだ半開きの目で辺りを見回す。ここはネリネ宅の客間。


 (やっぱり夢じゃないか……)


 ひょっとして、起きたら夢がさめていつもの日常に戻っているんじゃないか、昨夜はそんな期待をほのかに抱きながら眠った伝馬だったが、もちろんそんなわけもなく異世界生活二日目突入。


 (仕方がない。来ちゃったものはしょうがない。だったら、逆に異世界を楽しんじゃえばいいさ)


 伝馬はポジティブ。過ぎ去ったことをむやみやたらに振り返らない。

 早速、寝間着から着替えた。寝間着と着替えは昨夜に、ネリネからもらっている。この村の伝統衣装で、


 (昔のヨーロッパにありそうな感じ? ヨーロッパ詳しく知らないけど。ファンタジーな世界観にはぴったり合ってる)


 と、伝馬は感じた。質素で着心地がとてもいい。伝馬はひと目で気に入ったが、着てみていよいよ好きになった。

 普段あまり服装に頓着しない伝馬だが、異世界という非日常とコスプレっぽい服装のマッチングに、彼のテンションは朝から上がっていた。


 着替え終えた頃、


 「ん……?」


 外がにわかに騒がしくなった。伝馬は木窓を開けて外を見た。多くの村人、主に若い男女が集まり、ネリネ宅を囲んでいた。


 「窓が開いたぞ! ネリネ様じゃあない、てことはあれが異世界人か!」


 「誰よ、異世界人は目が四つ、口が二つ、肌が青紫色の怪物だなんて言った人。フツーの男じゃない」


 「いえいえ、化けているのかもしれないわ。なにせ異世界人ですからね。本性を隠しているのかも」


 「俺たちと同じ服だな」


 「俺、石投げてみようかな」


 「よしなさいよ。捕って食われちゃうわよ」


 「おい、異世界人! こっち見ろ! うわ、見たぞ! 異世界人がこっち見た!」


 「男っぽいわね。でもなかなかいい男じゃない」


 野次馬万来だった。まるで伝馬を、珍獣かなにかだとおもっているらしい。伝馬はその数と騒がしさに圧倒され、すぐに窓を閉めた。


 (動物園のパンダも、こんな気持なのかなぁ……)


 異世界で迎える初めての朝、最初の清々しく高揚した気持ちは、野次馬たちによって無残にもブチ壊されてしまった。伝馬のテンションだだ下がりである。


 気分を害したのがもう一人いる。


 「テンマぁ、この騒ぎは何ぃ……?」


 ネリネは質素な寝間着のまま起きてきた。寝起きがよくないタイプらしく、露骨に不機嫌な仏頂面だ。いつもの凛々しさは影も形もない。


 「ごめん、僕のせいで野次馬が集まっちゃったみたいで……」


 「野次馬?」


 ネリネが窓を開けると、


 「あ、今度はネリネ様だ!」


 「ネリネ様、寝間着姿もお美しい……!」


 「でもちょっと待て、寝間着姿ってことはひょっとして、あの異世界人の男と一緒に寝たんじゃ……」


 「うっそ~、それマジヤバ~い!」


 「あぁ、俺たちの憧れ、ヨウム村一の美女とうたわれたネリネ様が、わけのわからん異世界野郎に寝取られてしまうとは……」


 「許すまじ、異世界スケコマシ!」


 「あの男嫌いのネリネが惚れるくらいなんだから、よっぽどいい男なんでしょうね」


 「意外とかわいい顔してたもんね。気になるわぁ。どんな感じなのかしら。あたしもちょっと試してみたいわねー」


 「やっだー、朝っぱらからえっぐーい」


 「朝から見せつけてくるネリネが悪いのよ」


 「ネリネ様~! 昨夜はお楽しみでしたか~?」


 ネリネの登場に野次馬ども、さらにヒートアップ。好き勝手に無いことばかり言いたい放題。

 ネリネ、ブチギレた。


 「朝からうるっさーーーいッ!!! さっさと散れ! 五数える間に失せないと黒焦げにするわよ!!!」


 窓の外に身を乗り出し、てのひらを天に向け、火球を放った。


 どかーん。


 天高く爆ぜる火球。早朝から爆光が閃き爆音が鳴り響く。


 「きゃーっ!」


 「ヤバい!」


 「危ねぇっ!」


 「ネリネ様がブチギレた!」


 「ああ、怒れるネリネ様もお美しい……!」


 「馬鹿言ってないで逃げるわよ! 見なさいあの目、マジの目よ!」


 「くそっ、異世界人め、今に見てろよ!」


 「異世界人、我らがネリネ様をたぶらかした罪はきっと償わせてやるからな!」


 「ほら、さっさと逃げるの! 逆にあなたがネリネに殺されるわよ!」


 「ごめんなさいね、ネリネ。でも式には呼んでね!」


 野次馬どもは蜘蛛の子を散らすように散っていった。静かな朝が戻ってきた。


 「ふぅ……」


 ため息をつくネリネ。寝起きでブチギレたせいで、仏頂面がさらに酷くなっていた。


 「だ、大丈夫?」


 「うん、大丈夫。ちょっと頭が痛くなっちゃっただけ。朝から怒るもんじゃないわね」


 「ごめん、僕のせいで」


 「テンマのせいじゃないわ。むしろ謝るのはこっちだわ。ごめんなさいね、馬鹿な人たちで。でも、悪い人たちじゃないのよ? ただちょっとそそっかしくて、噂好きで、おっちょこちょいで、身も蓋もない言い方をすると、ただの田舎者なのよ」


 恥ずかしそうにうつむくネリネ。


 「大丈夫、大丈夫、気にしてない気にしてない。それに、村の人たちの気持ちも、ちょっとはわかるよ。僕だって逆の立場なら同じようなことしたかもしれないし」


 「テンマって優しいのね」


 ネリネは眠そうな顔で笑った。


 「じゃ、私はもう少し寝るわ。私、朝弱くて、普段はもうちょっとだけ寝てるの」


 そう言ってネリネは、顔の半分が口になるほど大きなあくびをしながら寝室へと消えていった。

 次にネリネが起きてきたのは昼前だった。ネリネが起きてくるまでの間、伝馬は、


 (まだかな? まだ起きないかなぁ? 暇だし、お腹も減ったんだけど……)


 ただひたすら空腹を耐え、暇な時間を持て余した。

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