セイなる電マ × シンセイなる伝馬

 狂ったように笑い続けるイジュを見て、伝馬は呆然となった。


 (あれがイジュ……? あれがあのお転婆だけど優しくて、ときにはしっかり頼もしかったイジュなのか……? そんなことって……)


 「テンマ! 何もわかってないよ、テンマは! 闇の魔力はね、とっても楽しいの! とっても強くなれるし、とっても愉快な気持ちにもなれるんだよ! なのに、なんでテンマはそういうこと言うの? イジュはこんなにいい気持ちなのに……。あ、わかった、テンマはイジュのこと嫌いなんだ!? 闇の魔力のこと妬んでるんだ!? イジュが闇の魔力を楽しんでるのが、テンマはイヤなんだね? 大丈夫だよテンマ! 私はテンマがだ~い好き! それにね、闇の魔力もテンマのこと好きなんだよ? だから安心して! イジュがテンマに教えてあげるから。闇の魔力の美味しさとか気持ちよさとか全部ね! だからちょっとだけじっとしててね!!」


 狂気の言葉とともに、イジュの身体からどす黒いオーラがほとばしる。それはあっという間に周囲一帯を覆い尽くし、暗黒の世界を現出させた。星一つ無い夜の空より黒い世界が、伝馬とイジュを包み込んだ。

 いや、伝馬の周囲数メートルの空間だけは違った。電マがイジュの闇に抗っていた。電マの発する混沌魔力は、イジュの闇に染まらない。


 「あれ、おかしいなぁ? どうしてテンマはイジュの闇の魔力を吸ってくれないの? やっぱりイジュのこと、嫌いなんだ……?」


 無表情のイジュの虚ろな目から、再び涙が溢れ出す。涙の量に比例するように、イジュから発散される闇の魔力が、その濃さと深さを増してゆく。頭上の太陽さえ、その色を失ってゆく。


 (こ、これが、闇の魔力……!)


 電マに守られているとはいえ、これほど高濃度の闇の魔力を完全に防ぐことはできない。伝馬も肌で闇の魔力を感じていた。

 肌を通して、闇の魔力は伝馬の心へと侵入してきた。それは伝馬に酒の酔に似た奇妙な感覚を与えた。端的には快楽と快感、だが、自傷的であった。たとえるなら麻薬だ。快感と快楽の代償に、肉体と精神を捧げているようなものだった。


 (ダメだ……こんなの……ヤバすぎる……うっ……)


 すると突然、伝馬の中に破壊衝動が芽生えた。胸の辺りがムカムカとしてきた。


 (なんだこれ、気持ち悪い……!)


 快感の波が引くと同時に不快感の大波が押し寄せる。快感と不快感がほんのわずかな間に何度も交互に来ては去る。


 (これが闇の魔力? 最低最悪だ! 気持ち悪い! こんなもの……!)


 伝馬にとって、イジュの絶賛する闇の魔力は最悪の代物だった。イジュと違って伝馬は、闇の魔力の才能がなかったのかもしれない。

 闇の魔力によって引き起こされた不快感は怒りとなり、怒りはそのまま闇の魔力へと向けられた。

 伝馬が電マをふるった。剣で大軍を払うように、電マで闇を切り裂いた。



 ヴヴヴヴヴイイイィィ~~~~~~ンンンンンン……………!!!!



 電マ吼え、闇を喰らう。電マの軌道がそのまま光の軌跡を描く。電マから発せられた混沌魔力は波動となって、イジュの元へと達した。イジュと伝馬の間にあった闇が払われ、二人を繋ぐ光の回廊ができた。


 「テンマ……」


 混沌魔力の波動を受け、イジュの髪がたなびいた。イジュを包む闇の魔力が減衰し、ほんの少しだけ、イジュの顔に明るい表情が戻りかけた、


 が、それはほんの一瞬のことでしかなかった。


 「テンマ、どうして私を拒むの!!! 私が愛してあげるって言ってるのに!!!」


 イジュが発したのは憎悪をにじませた憤怒の言葉。独り善がりの愛欲の発露。まさに闇堕ちの言動そのものだ。

 それを聞いても、伝馬はもうショックを受けない。闇の魔力に包まれたときに、伝馬は闇の魔力を理解した。


 (あれはイジュの言葉じゃない。闇の魔力が言わせているだけなんだ。その証拠に、僕が電マをふるったとき、イジュは一瞬本当の自分を取り戻しかけた。本当のイジュは、闇の魔力の奥底にちゃんと存在している……!)


 それがわかれば、恐れる必要はない。電マを持つ伝馬にとって、闇の魔力は恐れるに足らない。


 「イジュ、今度は僕が君を助ける番だ!」


 伝馬が電マをかかげ、イジュへ向かって歩きだす。一歩、また一歩と進むたび闇が晴れてゆき、世界が光を取り戻してゆく。それはまるで後光のように、全裸の電マ男をまばゆく照らす。


 「イヤ、イヤ! こないで!」


 怪しく光る全裸電マ男に迫られれば、闇の魔力に支配されていなくとも拒絶反応を示すのは当然のことかもしれない。


 「こないでよぉーーーー!!!」


 凄まじい電撃が後光に輝く全裸電マ男へと降り注ぐ。仏のような後光を帯びた全裸電マ男は苦もなく全てを打ち消しながら、足を止めることなくイジュへと迫る。


 「大丈夫だよ……」


 にっこりと爽やかにアルカイックスマイルの全裸電マ男。後光が差しているだけに、電マさえなければ聖者のようだ。ただ、電マも仏具に見えなくもない……。麻羅マラ観音かんのんというのもあるし。

 それを踏まえてみれば、全裸電マ男はシンセイですらあった(一説にはカセイとも。ナニがとは言わないが)。神々しさは神の化身のようであり、威風堂々と闇を払って往く姿は聖者のそれである。

 そして、シンセイ全裸電マ男、イジュの元へ到達。


 全裸電マ男の後光が、電マから放たれる光と波動が、イジュから闇の魔力を取り去ってゆく。


 「て、テンマ……!」


 イジュの目に、あの頃の優しい光が再び宿り始めた。

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