世界を揺るがし震撼させるもの
「イジュ、元の優しい君に戻ってくれ」
優しく語りかける全裸電マ男。その言葉に応えるように、イジュの顔から狂気が薄れ、晴れ晴れとした優しい笑顔が取り戻されつつあった、
が、突然、
「だっ、ダメ! テンマ……!」
悶え苦しむイジュ。ぎゅっと目をつむり、膝を落とし、身体を震わせた。
「ど、どうしたんだ――」
「早く離れて! 私、も、もう、保たない……!」
電マによってイジュは闇の魔力の呪縛から解放されつつあったが、同時にそれは、体内に残された膨大な魔力の制御を失うことを意味していた。
制御不能の闇の魔力は一気にイジュ本来の魔力へと変質する。しかし微量の残存した闇の魔力がイジュ本来の魔力を強制的に増幅させる。超高速で増幅される魔力は、イジュの
許容量を越えて、なお増幅は止まらない。いわゆる『暴走状態』である。
暴走状態を終える方法はただ一つ、
死、だ。
暴走状態の行き着く先、それは破滅とされている。それが
「テンマ……逃げて……早く……!」
イジュは幼少ながら賢い。自らの死を悟った。悟りつつ、幼児だというのにイジュは気丈に言った。甘えるのでもなく、助けを乞うでもなく、絶望して泣くでもなく、駄々をこねるでもなく、イジュは伝馬の身を案じた。
その一言は、イジュが闇の魔力から完全に解き放たれた証拠だった。既にイジュは闇堕ちではない。元のイジュが戻ってきた。
「イジュ、闇の魔力から解放されたんだね!」
全裸電マ男は無邪気に喜んだ。魔力の暴走なんて知らないから無理もない。伝馬がイジュの肩に触れようとしたとき、
「早く離れてって言ってるでしょ! 死にたいの……!?」
イジュがキレた。イジュは伝馬を想うあまり心を鬼にして言ったのだが、
(ハッ! まだ闇の魔力が残ってるのか!? なら、
伝馬、盛大に勘違い。イジュがまた闇堕ちしたと思った。
すぐさま電マをイジュの身体にソフトに当てた。
ヴヴヴヴヴイイイィィ~~~~~~ンンンンンン……………!!!!
だがこれで良かった。電マを当てることで増幅中の魔力を一気に減衰、消滅させることができる。勘違いが生んだ最善策。
ただ、ちょっぴり間に合わなかった。
どっか~ん!
……イジュ、爆発。
爆発は周囲に漂っていた闇の魔力を完全に吹き飛ばした。イジュも一緒に吹き飛んだ。普通ならそれで死ぬが、ところがどっこいイジュは生きてた。電マが爆発を最小限にとどめたのだ。
伝馬は無傷だった。電マの振動は爆発を完全に防いだ。さすが電マだ、なんともないぜ。
「あ゛っ!!」
何が起こったのかわからない伝馬。わからなかったが、爆風でイジュがぶっ飛んで行くのを見た。上空へ目を向けると、クルクルときりもみし、飛行機雲のような煙の尾を引いて吹っ飛ぶイジュがいた。
(マズい! 今行くぞ!)
伝馬、電マで大ジャンプ。
ヴヴヴヴヴイイイィィ~~~~~~ンンンンンン……………!!!!
やっぱり便利、電マジャンプ、
と伝馬が思ったのも束の間、
(あれ? 追いつかない……!? ま、間に合わない!?)
イジュのぶっ飛ぶ速度が速すぎる。電マ大ジャンプでも追いつけない。どんどんイジュと地面の距離が縮まってゆく。なのに二人の距離はなかなか縮まらない。
(だ、ダメだぁ! 追いつけない! だったら、これしかない!)
一か八かの最終手段。伝馬は電マを地面に押し付けた。
ヴヴヴヴヴイイイィィ~~~~~~ンンンンンン……………!!!!
『受け止められないなら地面に受け止めてもらおう作戦』だ。電マの振動はありとあらゆるものを柔らかくしてきた。ならば、地面だって、星だって、世界そのものだって柔らかくできるのではないか、と伝馬は考えた。ブッ飛んだ考えだが、そこに賭けた。そこに懸けるしかなかった。
「うおおおおおおおおおおぉぉぉぉぉぉぅぅぅぅ………………!!!!!!」
ヴヴヴヴヴイイイィィ~~~~~~ンンンンンン……………!!!!
電マの唸りが大気を震わし、振動は星を揺るがす。
「
ヴヴヴヴヴイイイィィ~~~~~~ンンンンンン……………!!!!
直後、世界が
ぐにゃん、と。
ぐねぇん、と。
ぐにょん、と。
波打つ大地、ざわめく木々、世界のすべてが揺らめき震える。
うねうね、と。
うにうに、と。
うなうな、と。
まるで世界が豆腐か蒟蒻になったようだった。伝馬の両足がほどよく地中へと吸い込まれた。
その約十メートルほど先で、イジュが頭から墜落した。人が落ちたときの鈍くて嫌な音はしなかった。ほとんど無音だった。水面に水滴が落ちるより、ウォーターベッドに寝転ぶよりずっと優しい音が、伝馬の耳に微かに聞こえてきた。
「イジュ……!?」
伝馬は電マを地面から離した。
すると、世界はゆっくりとその硬さを取り戻していった。伝馬の沈み込んだ両足が地表へと浮かび上がる。ほどなくして、世界は元通りになった。少し離れたところで、イジュが地面に転がっていた。
伝馬はイジュの元へと駆けつけた。身体を抱き起こした。手を頭と胸にそっと当てた。脈はある。怪我はない。異常もなさそうだ。発せられていた闇のオーラも消えている。健やかな寝息を立てている。魔力を使い果たして疲れ果てて眠ってしまったのだろう。伝馬はホッと胸をなでおろした。
「ふぅ……」
イジュを胸に抱き、燦々と降り注ぐ陽光を浴びる全裸電マ男。男は額の汗を拭った。一仕事終えた男の顔は、全裸かつ電マであることを除いてもやはり爽やかだった。
腕の中のイジュは伝馬のよく知るイジュだった。闇の魔力に支配され、虚ろで無表情な表情はどこにもなく、ほんのりバラ色の頬の、幸せそうで可愛らしい。いつものイジュがそこにいた。
温かく優しい兄のような目で伝馬は、眠るイジュへ微笑みかけた。一見すると、仲の良い兄妹のような美しい情景なのだが……、
残念なことに伝馬は全裸。しかもその手には電マ。かなりアブない格好。そんな変態野郎がボンテージに身を包んだ少女を抱いている……。
おかげで微笑ましさより怪しさが勝った微妙な奇観となってしまっていた……。
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