シオン流政治的駆け引き

 謁見の間を出るとすぐ、伝馬はシオンの肩を掴んだ。伝馬にしては珍しく恐い顔でシオンを睨む。


 「あとで話を聞いてくれるって言ったよね?」


 声音もキツい。先ほどおさめた怒りが、またぶり返してきている。

 そんな伝馬を見て、


 「ふっ……」


 シオンは笑った。吹き出しながら、鼻で嘲笑っていた。


 (馬鹿にして……!)


 嘲笑われて、伝馬はカッとなった。掴んだ肩を引き寄せようとした、

 が、ヒラリとかわされた。そして今度は逆にシオンが恐い顔をする番だった。鋭い目で伝馬を睨むと、伝馬は気圧され、たじろいでしまった。


 「キミって意外とバカなんだね」


 やれやれと、ため息交じりにシオンが言った。


 「ば、バカだって!?」


 「声が大きい。バカの理由を後でゆっくり教えてあげるから、今は黙って静かに大人しくボクについてきて。お願いだから。わかった?」


 シオンの言葉には有無を言わせない迫力があった。伝馬は口をつむぐしかなかった。

 二人はシオンの家に戻った。最初に二人が出会った場所だ。そこで、


 「ここなら大丈夫。じゃ、さっきの続きをしましょう」


 「……」


 そう言われて、伝馬は戸惑った。伝馬は元々怒らないタイプだし、そういったタイプは怒りも持続しない。冷めてしまっているのだ。今の伝馬にあのときのテンションはなかった。


 「ごめん……」


 逆に謝ってしまった。冷静になった今、伝馬は恥ずかしくて申し訳ない気持ちになっていた。


 (激高して掴みかかるなんて、良くなかったなぁ……)


 と、反省している。


 「ぷっ……」


 怒っているかと思えば、一転翻って謝りだす伝馬を見て、シオンはまた噴き出した。

 笑われてちょっぴりふくれっ面になる伝馬。


 「ごめんごめん、急に謝るから、ね……。怒ってるんじゃなかったの?」


 「まだ怒ってるよ……前ほどじゃないけど」


 「謝られても、ボクは謝らないよ? だって全部キミのためなんだから」


 シオンはにっこり笑った。お得意の毒気のなさに、伝馬はもう苦笑するしかない。


 「僕のためってどういうこと?」


 「キミ、危ないところだったんだよ? もう少し遅かったら死刑だったんだから」


 「し、死刑って、ぼ、僕が???」


 「そ、キミが」


 唐突に語られる物騒な言葉に、伝馬は愕然となった。


 「キミがやったことはそれだけ大変なことだったんだよ。街で喧嘩騒ぎを起こして、警察騎士たちをボッコボコにして、挙句の果てにはボクに婦女暴行未遂……ま、死刑は免れないよね」


 「ふ、ふ、フジョ……!!??」


 まさかの性犯罪者扱い。とんでもない冤罪に、伝馬は一瞬パニック。


 「ふっ、ふふふ、ふ、婦女暴行なんて誤解だッ! その他のことも全部なにかの間違いなんだ!」


 「わかってるわかってる。ボクはわかってるよ。でもあちらは頭の固い貴族だし、警察騎士はメンツを潰されたと思ってるから、道理も何もあったもんじゃないってわけ。キミを死刑にしなければ腹の虫がおさまらないってことさ。領主様にとっても、キミの死刑は都合よかったりもするし」


 「え、領主様にとって都合がいいって、なんで?」


 「キミはね、領主様にとって、いや、領主様に限らず権力者にとって非常に危険な人物なんだよ。早い話が、領主様はキミを恐れているのさ。キミのことを領主の地位を脅かす存在と見てるってこと」


 愕然としすぎて口をあんぐりする伝馬。


 「な、なんでそんなこと……僕は地位に興味なんてちっとも持ってないんですけど……」


 「キミがどう考えてるかなんて、権力者にはどうでもいいことなんだよ。重要なのはキミが警察騎士一個小隊に匹敵する力を持っていたことだね。個人でそんな力を持つ人を、権力者が放っておくわけないじゃないか。キミもそんな力を持つなら、ちゃんとそのあたりの政治感覚は持っとかないとね」


 「えぇ……そ、そんなこと言われても……」


 今まで権力とは無縁の平穏な暮らしをしてきた伝馬にとって、かなり厳しく辛い話である。ただの男子高校生に突然、鋭敏な政治感覚を持てと言っても、どたい無理な話である。


 (大いなる力には大きな責任が伴うって、なんかで聞いたけど、責任どころの話じゃないよ……)


 力は木にも花にも例えられる。大きな木や美しく甘い花には、それを利用しようと多くの鳥や獣や虫が集まる。それが仲間であればいいのだが、ときには木を倒し、花を摘み、自らのものにしようとするものもいるわけで……。


 「ボクが謁見の間でキミに一言も喋るなって言ったのも、キミのためを思って言ったんだよ? もしキミが何かを発言すれば、それが取るに足らないことでも、領主様の側にいるあの女なら、どんな言いがかりをつけてきたっておかしくないからね。言いがかりをつけられたら最期、権力はね、どんな理不尽なものでも無理矢理通すからね。権力ってのは、それだけの力があるんだよ。よって、権力者たちの前で不用意な発言は謹んでね」


 「……そうだったのか。でも、それなら、僕が領主様の前で電マあれの力を見せたのは、あまり良くなかったんじゃないかな? 権力者は僕の力を恐れてるんだろ? 『こいつは危ないからやっぱり潰しておこう』って、ならないかな?」


 「あれはあれで必要なことなんだ。『死刑』を言わせないためにもね。何事も調和と均衡が大事なんだよ。既に権力者たちはキミの実力を知ってるからね。だから、あえて目の前で見せつける必要があったのさ。見せつけることで、いざとなったら反撃する気概と能力があることを表明したってわけ。示威行動ってやつだね。『伝説の魔剣』の力を見せつけたおかげで、あっちはキミに手を出しづらくなったんだよ。挑発しすぎるのもダメだけど、ナメられてもダメってこと」


 「はー、なるほど……」


 シオンの政治感覚に伝馬は感嘆した。


 「ありがとう。それと、ごめんなさい。知らないうちに僕は君に助けられてたんだね」


 伝馬は深々と頭を下げた。


 「いいのいいの! 困ったときはお互い様だからね! ボクも色々とキミに助けてもらうつもりだから!」


 「色々と……?」


 「それはそのときまでのお楽しみ、ね!」


 アハハハ、と笑うシオン。無邪気で屈託のない笑顔だ。

 そんな笑顔を見ていると、伝馬もなんだか笑えてきた。つられて伝馬も笑った。

 しばらく笑いあう二人。伝馬にはこれからドラゴン退治という大仕事が待ち受けていることを、彼はすっかり忘れてしまっている。

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