伝馬とネリネ、夜の会話
寝る前にネリネが話しかけてきた。
「ちょっといい?」
何やら深刻そうな顔をしている。
「私のこと、口うるさい嫌な女とか、思った?」
イジュとのことを言っているのだろう。伝馬にもすぐに察しがついた。
「全然。むしろ、いいお姉さんだな、って思った」
「いいお姉さん? どこが?」
「イジュをしっかりと叱ってあげてたから」
伝馬はこの二ヶ月間、毎日のようにイジュのお転婆ぶりを見てきた。
お転婆が行き過ぎて、ただの悪ガキになることもしばしばあった。
そんなときでさえ、ほとんどの村人たちはイジュを叱らなかった。村人たちにとって叱る意味がなかった。
それはイジュにも非がある。村人たちを見下しているからだ。見下している相手から叱られても、イジュの心にはなにも響かない。
(どっちも悪い。子供が悪いことをしたら、大人はちゃんと叱ってあげないといけない。大人はどんな悪ガキも見捨てず、ちゃんと向き合わないといけないし、イジュもちゃんと大人や周りの言うことに耳を傾けないといけない。イジュにはネリネやマロニエさんがいてよかった)
伝馬は心底、そう思っている。
「私が叱ってもあんまり効果ないみたいだけどね」
「そんなことはないと思うよ、そう見えるだけで。イジュはまだ子供だから、ネリネの言葉を頭じゃ理解できないかもしれないけど、ネリネの気持ちは、イジュの心にちゃんと届いていると思うよ」
「だったらいいんだけど。じゃあ、テンマは私のこと、嫌いになってない?」
ネリネはイジュとのことよりも、伝馬にどう思われているかの方がよっぽど重大事らしい。
「嫌いになんてなるわけないよ」
「よかった!」
ネリネが笑った。
「やっぱりネリネは笑っているときのほうが可愛いね」
「え゛っ……!?」
唐突にキザなセリフ。赤くなるネリネ。
伝馬、別に口説き文句のつもりで言ったわけじゃない。褒め言葉を躊躇うことなく、思ったままそのまま口から出るタイプなのだ。
純真無垢といえば聞こえが良いが、天然キザ野郎といっても間違いじゃない。そもそも電マをそれと知らず武器にしてる時点で、ある意味では超ド級の天然である。
「あ、ありがと……」
ストレートで、なんの屈託もない伝馬の言葉に、めちゃくちゃ照れるネリネ。顔が真っ赤。視線も足元をふわふわ。
「そ、それ、そんなこと、普段から言ってるの? みんなにも同じこと言ってるんでしょ? 可愛い子みたら、誰彼構わず言うんでしょ?」
極度の照れと気恥ずかしさのせいか、急に態度がおかしくなるネリネ。朝焼けの騎士といっても、そこは年頃の女の子。
「うーん、どうかなぁ、そのときどきによるんじゃないかなぁ……」
真面目に返す伝馬。
「でも言い慣れてる感じだった。ねぇ、今までそんなセリフ何回言ったの? ねぇねぇ、教えなさいよ」
「さぁ? 覚えてないなぁ。そんなのいちいち数えないし」
「か、数えられないくらい言ったの!? どれだけ多くの女の子を泣かせてきたの!?」
「えっ!? 女の子泣かせたことなんてないよ!」
「ふぅ~ん、うまくやってきたのね。村でもうまくやってるもんね。たくさん女の子はべらせてさ、手慣れたやり方で、こなれた言い方で、あの手この手で……」
「ちょっと何言ってるかわかんないんですけど……」
じと~っとした目つきで伝馬を睨むネリネ。ただ苦笑するしかない伝馬。ズレ続けた会話の生み出したおかしな空気感。
「……」
「……」
しばし沈黙。照れすぎておかしくなったネリネと、そんなネリネの乙女心には全く気付かない伝馬の二人が生み出したビミョ~な間。
やがてクールダウンしたネリネ、ようやく正気を取り戻し、
「そ、そう、こんな話がしたいんじゃなかった!」
本題を思い出した。
「今回のドラゴン退治の任務について、あなたに話しておきたいことがあるの。本当は、朝焼けの騎士団の任務は口外禁止なんだけど、あなたにはちゃんと話しておくのが筋だと思って。実はね――」
ネリネは語った。要約するとこうだ。
ヨウムの村近辺でドレイクとドラゴンによる被害が頻発したので、周辺の村は合同で朝焼けの騎士団にドラゴン退治を依頼した。
依頼を受けた朝焼けの騎士団はヨウムとその周辺に詳しい騎士を数人派遣した。その一人がネリネだ。
退治のために山に入ったネリネたち騎士団は、山中で闇の魔力を感知した。ネリネたちは本件に『闇堕ち』の関与を疑い、ドラゴン退治と並行して『闇堕ち』の調査を行った。
調査の結果、『闇堕ち』がドラゴンたちを扇動し、操っていることが確実となったため、本件は急遽『闇堕ち退治』へとシフトした。
初めて会ったとき、伝馬を『闇堕ち』と誤認したのも、こういった事情があったからだ。
数カ月間、ネリネたちは『闇堕ち』を追跡するものの、今日まで発見には至っていない。しかし、今回再びドラゴンが目撃されたので、進展があるかもしれず、場合によってはドラゴンだけでなく『闇堕ち』との戦いも考えられる、とのことだった。
「テンマ、ドラゴンを扇動することができるってことは、それだけ強力な闇の魔力を持っているということ。つまりね『闇堕ち』はとても危険なの。それなのに、それを知らせずここまで連れてきてしまって、本当に申し訳なく思ってるわ」
いつになく真剣な表情で、ネリネは伝馬に深々と頭を下げた。
「別に謝らなくていいよ。ネリネは僕が役に立つと思ったからここまで連れてきたんだろ? 僕だって村の、ネリネやマロニエさんの役に立ちたいとも思ってるから、むしろ連れてきてくれてありがたいくらいだよ。それに、女の子が戦っているのを、男の僕が後ろから見てるだけってわけにはいかないからね!」
「ふっ、あっはははは」
噴き出し、笑い出すネリネ。笑われ、苦笑する伝馬。
「笑うのは酷くない?」
「だって、普通逆じゃない?」
「逆……?」
「だって、普通は女が男を守ってあげるものじゃない! テンマってときどき面白いこと言うわよね」
「……あ! は、はははは、そうだよね……」
そう、異世界の女は強いのだ。男より断然、確実、絶対に。常識の真逆は非常識であり、場合によってはただの馬鹿、もしくはギャグでしかない。
「でも、ありがとう。テンマぐらい強い男なら、女を守ることもできるわよね。だから、と言ったらなんだけど、明日はイジュを連れて山を降りて、ヨウムの村まで帰ってほしいの」
「子供とドラゴンを戦わせるわけにはいかないからね」
「それもあるけど、どっちかというと、イジュを『闇堕ち』と戦わせたくないの。村長が言ったでしょ? イジュには『闇堕ち』の危険があるって」
「うん」
「闇の魔力は誘惑を孕んでるの。それもとても甘美で快楽を伴う誘惑。のんべえがお酒をやめられないようなものね。普段から好き勝手しちゃうくらい自制心の弱いイジュが、闇の魔力の味を知ってしまったら……、考えただけでも恐ろしいわ」
大人の言うことを聞かず、今回も勝手に付いてきてしまったイジュのことだ、ネリネとマロニエの危惧は当然だろう。
「そうだね……。でも、ネリネ一人で大丈夫? 『闇堕ち』は危ないんだろ?」
「私は大丈夫! 最初から一人のつもりだったし、途中で仲間とも合流するから、こっちは心配いらないわ」
自信満々のネリネ。
「そっか。わかった」
「そっちこそ、帰り道で迷ったりしないでね」
「一本道だし、地図もあるし、イジュもいるし、平気だよ」
山道といってもここまでの道はハイキングコースのようなものだから迷う心配は皆無だった。
「さて、そろそろ寝ましょうか」
「うん。おやすみネリネ」
「おやすみなさい、テンマ……。テンマ、好き」
「何か言った?」
終わりの言葉は小声過ぎて、伝馬には聞こえなかった。
「ううん、なんでもない。おやすみ」
「あぁ、おやすみ」
二人は眠った。もちろん別々のベッドで。
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