第三章 闇堕ち
ドラゴン退治に出かけます
さらに一ヶ月ほど経ったある日、
「アラカシ、テンマ借りるわよ」
「ネリネ様! どーぞどーぞ、ごゆっくり!」
いつものようにアラカシとその取り巻き連中は追っ払われ、二人っきりになった伝馬とネリネ。
「今、隣村から使いが来たわ。ドラゴンが出たって。既に隣村では多数の被害が確認されているわ。私は村を守るため、これからドラゴンを退治のために山に登るんだけど、テンマ、もしよければ、あなたの力を貸してくれない?」
「よろこんで力になるよ!」
二つ返事で了承した。
伝馬は自分が村のお荷物であることを自覚している。何から何まで人の手を借りなければやっていけない伝馬を、村の人たちは温かく支えてくれた。今こそ恩を返すときだ。
「ありがとう! さすがはテンマ、私の見込んだ男!」
ネリネは伝馬の手をとり、ギュッと握りしめた。近頃ネリネは距離が近い。顔も近い。
わざとだ。これはネリネの情熱的かつ積極的なアピールだ。男を落とすのに古来から使われてきた伝統的技法。
しかしそこはやはり伝馬、五人の姉に囲まれて育ってきたから、これぐらいのスキンシップじゃなんとも思わない。
せっかくのアピールは不発に終わった。
「じゃあ早速、山に行く準備をしましょう」
二人はネリネ宅で準備をした。準備を終えるとすぐに出発した。
村を出るときに、マロニエやアラカシ、村の人たちがわざわざ見送りに出てくれた。アラカシなんかは、
「テンマの兄貴! 俺も付いてきます! テンマの兄貴の行くとこなら、俺、天国でも地獄でも付いてきますぜ!」
なんて言っていたが、
「足でまといだからやめて」
と、ネリネに一蹴されてしまった。アラカシはハンカチを涙で濡らしながら、
「兄貴、兄貴のことだから大丈夫だと思いますが、俺、寂しくって、心配で……」
「ネリネもいるし、大丈夫だよ。は、ははは……」
ハンカチを噛みながら男泣きに咽ぶアラカシ。伝馬は苦笑を禁じえない。
見送りの中にイジュはいなかった。
マロニエの判断で、イジュにはあえてドラゴン退治のことを伝えなかった。伝えればきっと、やんちゃなイジュはワガママ言ってついてこようとするだろう。それは面倒だし、それにどれだけ優れた魔術を使えても、子供にドラゴン退治は早すぎる。
見送りの際にイジュがいなかったことでホッと安心したマロニエだったが、これが大間違いだった。むしろイジュがいないことを疑うべきだったのだ。
実はイジュ、伝馬とネリネの話をこっそり聞いていたのだ。手を取り合う二人を見て、激しく嫉妬した。幼い女の子を侮ってはいけない。恋心もあれば妬心もある。ときには大人を出し抜くことだってある。
こっそり二人の後をつけたイジュ、日が暮れ、引き返せないタイミングを見計らって、
「テンマ、ネリネ! イジュも一緒に行く~!」
二人の間に姿をあらわした。愛用の杖を携え、しっかりと旅装もしている。
「「イジュ!?」」
驚く伝馬とネリネ。
「ね、ね、今日はあそこに泊まるんでしょ? 楽しみ~」
イジュは伝馬とネリネの背後を指差した。そこには山小屋がある。イジュの言ったとおり、そこが今晩の宿だ。
(やれやれ、子供は無邪気だなぁ……)
伝馬、本日二度目の苦笑。
苦笑の横で、ネリネは怒っている。
「イジュ、どうして勝手に付いてきたの?」
そう言ったネリネの顔と声はとても厳しい。伝馬の顔が苦笑からぎょっと驚きに変わるくらい。
「だってそうじゃないと、ドラゴン退治につれてってくれないじゃん!」
「当たり前でしょ! これは遊びじゃないのよ!? ドラゴンが危険なことくらい、あなたの歳でも十分わかっているでしょう?」
「でも、イジュはネリネお姉ちゃんやマロニエおばあちゃんに負けないくらい強いよ?」
「そういうことじゃないの! ドラゴン退治は子供のやることじゃないの!」
「なにそれ! 意味分かんない! せっかくイジュが手伝ってあげるって言ってるのに!」
「誰が手伝ってほしいなんて言った? 子供の出る幕じゃないの!」
「子供子供って、イジュ子供じゃないもん! 村の誰よりも強いもん!」
「そういうところが子供なの! 強さの話なんてしてないの! そしてこれは大人の仕事なの! あなたみたいなおチビさんはお呼びじゃないの!」
「ドラゴンを退治するのに大人とか子供とか関係ないじゃん! 大事なのは強いかどうかじゃないの!?」
「あなたみたいな子供は強い以前の問題なのよ! そんなことがわからないからバカガキなのよ!」
「あ! あ! バカって言った! ガキって言った! テンマ~! ネリネがひどぅい~!! ネリネを叱ってよぅ~~~!!」
伝馬の胸の中へと飛び込むイジュ。泣いているふうだが目元は乾いている。完全にウソ泣きだ。
「あなたねぇ! いい加減にしなさい! テンマ、ダメよ! 子供の嘘ウソ泣きなんかに付き合わないで!」
伝馬に助勢を求めるイジュと、それを目と口で牽制するネリネ。
ヒートアップする二人を最初は見守っていた伝馬だったが、
(このままだと埒が明かないなぁ)
もはやガチ喧嘩なので、そろそろ仲裁することにした。
「ま、ま、二人とも落ち着いて」
伝馬、口ではそう言い、手ではイジュの頭を撫で、ネリネにウインク。
「僕に任せて」
と、目で合図した。
屈んで、イジュに目線を合わせた伝馬。イジュの小さな手をそっと握りながら、
「イジュ、みんな君を心配しているんだ。君に危ない目にあって欲しくないから、君のことを本当に大切に思っているからこそ、ネリネもああやって厳しく言ってるんだよ。わかるかな?」
優しく諭すように言った。伝馬が幼い頃、五人の姉がしてくれたように。
イジュは憮然としている。
「うん、難しいよね。でも今はまだわからなくていいんだよ。こどもなんだから。おとなになったらきっとそのうちわかるさ。ただ、一つだけ知っていて欲しいことがある。僕もネリネもマロニエさんも、君のことを本当に大切に思ってるってこと」
イジュは頷いた。完全に理解したわけじゃないが、それでも、伝馬とネリネの気持ちを、少しはわかった気がした。
伝馬はネリネに向き直って、
「さ、お説教は終わり。来ちゃったもんは仕方ないよ。とりあえず山小屋に入ろ。お腹も減ったし」
「……そうね。そうしましょう」
ネリネはふーっとため息をついた。
既に辺りは暗い。イジュを追い返すわけにもいかず、二人改め、三人は今夜の宿となる山小屋に泊まることになった。
山小屋ですることは少ない。食事と、明日に備えて寝ることだけだ。
イジュは山道をたくさん歩いて疲れたのだろう、食事のあとすぐに寝てしまった。大人顔負けの魔力の持ち主でも、こういうところはまだまだ子供だ。
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