朝、ネリネと一緒

 ネリネとシオンが伝馬から分離したのは、あれから一時間も経った後だった。和解したわけではなく、ただ互いに疲れてしまっただけだ。一時休戦状態はほどなくして冷戦状態へと変化した。


 (僕がなんとかしないと……!)


 伝馬は思った。伝馬にとって二人とも命の恩人だ。その二人が争っているのは不幸だし、悲しいことだ。なんとかしなければ、と。


 (他の部隊員たちも不安よな。伝馬、動きます!)


 ネリネとシオンの対立はドラゴン退治チームにも影響を及ぼしかねない。伝馬が動かざるを得なかった。

 まず最初に、三人集まっての食事会や、他の部隊員を交えての会合などもやってはみたのだが、上手くいかなかった。

 伝馬以外の人がいるところだと、二人は揉めたりせず、必要最小最低限の会話と距離感をもって接するのだが、他者の目がなくなるともうダメ。冷戦が途端にキューバ危機になる。


 ケネディとフルシチョフの苦労を一身に味わった伝馬は、次の手として個別にヒアリングした。


 しかしネリネからは、


 「シオンはあなたを利用しているだけ。私はそんな女を尊敬できないし信用もできない。軽蔑しかないわ。そんな怪しい女といるなんて、あなたのためにもならないわ。あなたこそシオンと決別しなさい」


 と言われ、シオンからは、


 「朝焼けの騎士団とキミは絶対に相容れない不倶戴天の運命。あの女と一緒にいることは、朝焼けの騎士団を敵に回すということ。キミのためにならないよ。キミこそ、早いうちにネリネと距離をおいたほうがいいね」


 と言われてしまった。


 そこでネリネには、


 「たしかにシオンは僕を利用しているかもしれない。けど、それってそんなにいけないことかな? 僕はシオンに命を救われたんだ。人を救うには、常に無私無欲じゃなければならない、なんてことはないと思わない? 下心があっても、それで助かる人がいるならいいじゃないか。シオンは良い人だよ」


 と言った。


 シオンには、


 「ネリネは異世界に来たばかりで、右も左も分からない僕を助けてくれたんだ。住むところも食事も僕のために用意してくれたんだ。ネリネがいなかったら今の僕はないんだよ。ネリネは良い人だよ」


 と言った。互いの憎む相手の良いところを語って聞かせ、誤解を解こうとした。


 すると、これが逆効果。伝馬の言葉を聞いた二人はプリプリ不機嫌になって自分の部屋へと帰ってしまうのだった。


 (どうすりゃいいんだ……)


 ネリネとシオンの対立の陰で、伝馬は一人ため息をつくのだった。




 そうしているうちに、冷戦開始から一週間が経った。

 伝馬は村から徒歩で二時間ほど離れた小川にいた。二時間の道のりも、優れた魔術や電マがあればそれほど遠くはない。

 近頃の伝馬は早朝に部屋を出て、しばらくここで過ごす。朝日を浴びて宝石のようにきらめく水面と、柔らかで優しい水音が彼にとって癒やしだった。


 (どうしたら二人は仲良くなれるんだろうか?)


 癒やされつつも考える。むしろ、考えるために癒やしが必要だった。小川のほとりの清涼な空気が、彼の頭の中をクリアにしてくれる。


 (……)


 ところが、いくらクリアになってもな~んにも思い浮かばなかった。思いつくことはもうやり尽くした。あとは天啓を待つのみ。

 伝馬はゴロンと寝転がり、目を閉じ、良いアイディアが降りてくるのをひたすら待った。

 待っていると、別のが来た。


 「テンマ、ちょっといい?」


 伝馬が目を開けると、そこにはネリネの姿。何やら深刻な顔をしている。ネリネは伝馬の隣にちょこんと腰を下ろした。


 「どうしたの?」


 伝馬が聞いた。ネリネは一瞬深く息を吸った後、言った。


 「テンマって、本当はブルット・フルエールなの?」


 「違うよ」


 「えっ」


 「えっ?」


 「違うの?」


 「違うよ」


 「本当に?」


 「本当に」


 「本当はブルット・フルエールで、私が朝焼けの騎士団だから隠しているとかじゃなくて?」


 「隠してなんかないよ。僕はブルット・フルエールじゃないし、正真正銘新堂伝馬だよ」


 「……そっか。良かったぁ……」


 ほっと胸を撫で下ろすネリネ。心底安堵した様子。


 「僕がブルット・フルエールだって思ってたの?」


 伝馬は苦笑する。しかし内心で思う。


 (隊員たちも僕のことをブルット・フルエールだと思っている。異世界こっち人からすれば、僕がブルット・フルエールって名乗っても違和感なく受け入れられるんだろうね……)


 伝馬はきまりが悪そうに苦笑した。他人の名を借りて英雄と呼ばれるなんて褒められたことじゃない。


 「僕ってそんなにブルット・フルエールっぽいかなぁ……?」


 伝馬、独り言のつもりが、うっかり声に出てしまっていた。


 「私みたいに、ブルット・フルエールと『伝説の魔剣』の話を知ってる人からすれば、とても自然というか、当人がそう名乗るなら充分信じられちゃうわね。それだけテンマの力はブルット・フルエールの伝説にそっくりなんだから」


 「外見はずいぶん違うみたいだけどね」


 「でも、それ以外はほとんど伝説の英雄そのものよ。男なのに女より強いってところが特にね。テンマの持ってる電マそれも『伝説の魔剣』……朝焼けの騎士団では『邪具じゃぐキンモチ・イーイ』だけど、『伝説の英雄』の話に出てくるものそのものなのよねぇ」


 「電マこれも本当は『伝説の魔剣』じゃないと思うんだけどなぁ……。だって姉の持ち物だし。姉はブルット・フルエールじゃないし」


 「あなたのお姉さん……いえ、お義姉さん……」


 「今、なんで言い直したの?」


 「気にしないで。ひょっとしたら電マそれはお義姉さんの恋人、もしくは夫の持ち物、てことはない?」


 「ないと思うなぁ。結婚はしてないし、彼氏の話なんて聞いたこともないし。電マこれが入ってたのも女物っぽい袋だったし」


 「そっか……。なら安心ね……。良かったぁ……」


 ネリネは胸をなでおろした。ブルット・フルエール説が否定されたことにより、心から安心したようだ。


 すると今度は打って変わって、


 「ね、テンマ……」


 目元に妖しい微笑を浮かべ、隣で横になる伝馬へ身を乗り出すネリネ。


 「ん……わぁっ!?」


 ネリネの近づく気配に伝馬が目を開けると、もう目と鼻の先にネリネの顔がドアップ。ネリネはそのまま伝馬へと覆いかぶさり、ぴったりと全身を伝馬へと押し付けた。


 「ど、どしたの……?」


 「……」


 ネリネは答えない。ただ、伝馬から離れない。


 (なんだかムズムズするなぁ……)


 不思議な感覚が、伝馬の胸の中に押し寄せてきた。

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