伝馬、大事なものさえ置き去りにする超速跳躍!

 この手のスキンシップを姉とたくさんやってきた伝馬だが、ネリネのそれは今までとどこか違ったように感じた。身内のそれとは違う、何やら別種の温かさがあった。それは気持ちが良くて、それでもなぜかくすぐったくて、胸の中とお腹の中がチクチクムズムズする感じ。奇妙な感覚に伝馬も戸惑ってしまった。


 「テンマ、あなたって素敵。あなたは強くて逞しくてかっこよくて頼りになって可愛くて優しくて……でも優しすぎる。なんでそんなに優しいの? なんでみんなに優しくできるの? 優しいのは良いことだけど、優しすぎるのは罪なのよ。わかる……? テンマ、もう優しくし過ぎないで。するなら私だけにして。私だけを見て。他の女の子は見ないで、私だけを優しくずっと見てて……」


 伝馬の顔の真正面にネリネの顔があった。

 ネリネの頬が赤い。目は潤み艶めかしげに伝馬を見つめる。小さく開いた赤い唇が誘うようにそっとうごめく。吐息が熱っぽく色っぽい。小さな喉、細い首。その下は、ややはだけかけた衣服。


 「ね、ネリネ……?」


 伝馬は思わず喉を鳴らした。今までに覚えのない感情が沸き起こってきた。顔が熱を持ち、身体中を血が駆け巡るのがわかった。伝馬はほとんど本能的に手を伸ばし、ネリネのはだけた肩を掴んだ。


 「あっ……」


 ネリネが嬉しげな声を発して、伝馬へとしなだれかかった。身体を伝馬へと投げ出すように。心を愛する人へと捧げるように。

 二人は動きを止めた。ただひたすら肌を添わせていた。あるのは呼吸だけだった。二人の側を幾度となく風が横切り、空は雲が流れていった。


 「テンマ……?」


 待てども待てどもそれ以上手を出してこない伝馬に痺れを切らしたのか、ネリネは顔を上げて伝馬を見た。すると、


 「あ゛っ……!」


 伝馬、顔を真赤に紅潮させたまま目を見開き、死んだように固まっていた。ネリネの求愛行動はどうやら、純真純粋無垢能天気童貞男の許容量キャパシティを大幅に超過したらしい。早い話が刺激が強すぎたのだ。

 あまりにも不甲斐ない伝馬の様子を見て、ネリネは一瞬ブスッと頬を膨らませたが、


 「やっぱり、伝説の英雄じゃないってことね……」


 我が子を愛おしむ慈母の顔になって、伝馬の完熟トマトな頬を指で突いた。それにも伝馬は無反応。完全に思考停止しているらしい。


 「ふ~ん、じゃ私が教えてあげようかな? そういうのもいいわよね?」


 さすがは女性の方が強い世界。パターンも逆である。ネリネの指が伝馬の服にかかる。ボタンを一つ一つ外してゆく。いい感じにはだけてきた伝馬の身体を、ネリネは舌なめずりしてものすごく好色な目で凝視した。


 「ふふっ……!」


 ごちそうを目の前にした空腹の美食家くらい笑っている。ノリノリである。ノリノリネリネ。ノリノリ過ぎて、普段のキャラが壊れてきた。

 それでも伝馬はマグロ。マグロはマグロでも冷凍マグロ。カッチカチで動かない。

 そんな冷凍マグロの下着へと、ネリネは顔を近づけてゆく。口を開け、ネリネの白い歯が下着の端を掴んだ。ネリネの鼻息が荒い。


 と、そのときだった。


 大空に鋭くけたたましい咆哮が轟いた。ネリネは、


 「ハッ……!?」


 となって、パンツから口を離し、空を見上げると、


 「あれは……!」


 大空、はるか高空に巨大なドラゴンの編隊。空の一角を支配するように数多群れるドラゴンが、こちらへ向かってくる。


 「来たな『闇堕ち』!」


 ネリネは悟った。ドラゴンは基本的に群れない。群れたとしても、自我と自尊心が強く、協調性のないドラゴンが空にキレイな編隊を描くことはあり得ない。

 つまり、それはドラゴンたちが操られているということの証左である。

 ドラゴンが操られているということは、そこに『闇堕ち』がいるということだ。

 編隊を組んだドラゴンたちは二人の頭上を越え、村の方へと飛び去ってゆく。


 「乳繰り合ってる場合じゃないわ! テンマ、起きて! 早く! 早く!」


 ネリネが伝馬を激しく揺する。しかし伝馬はまだ冷凍マグロ。


 「起きて! 起きて! 起きなさい!」


 業を煮やしたネリネ、伝馬にビンタのラッシュを浴びせた。というよりも、気合が入りすぎてほとんど殴打だった。そのおかげで伝馬はすぐに正気を取り戻した。


 「はっ! 僕は一体何を……」


 「テンマ、ドラゴンが、『闇堕ち』が来たの! このままじゃ村が襲われるわ!」


 ネリネが衣服を整えながら説明した。


 「な、なんだって! よし、すぐ戻ろう!」


 伝馬はがばっと勢いよく立ち上がった。先程まで冷凍マグロと化していた伝馬、衣服が半分脱がされていることに全然気付いていなかった。上衣がはだけ、ズボンもズレて半ケツ、下着も際どく、ともすればリトル伝馬がこんにちはしかねない危ない状況なのに。

 にもかかわらず、伝馬は勢いよく走り出した。


 「あっ、待って! テンマ!」


 「ダメだ! 僕の『伝説の魔剣』とネリネの魔術は相性が悪い! 足の早い僕が先に行く! ネリネは後からできるだけ早く来てくれ!」


 それよりも半裸であることを注意したかったネリネだったが、伝馬は聞く耳もたなかった。

 伝馬は腰の電マを抜き払い、起動した。



 ヴヴヴヴヴイイイィィ~~~~~~ンンンンンン……………!!!!



 「今行くぞ!」


 伝馬は電マを地面に押し付けた。振動で生み出されたエネルギーを一点へと集中させ、一気に開放した。


 大ジャンプ。わずか数秒、一瞬にして伝馬は数百メートルを跳躍した。あまりにも速い。速いだけに勢いも空気抵抗も凄まじい。髪は激しくたなびき、乱れに乱れていた衣服はさらに乱れ……。


 「て、テンマ……!」


 あっという間に見えなくなってゆく伝馬を、ネリネは呆然と見送るしかなかった。

 伝馬は一瞬にして去ってしまった。着ていた衣服だけをあとに残して。

 伝馬のすさまじい跳躍に、半分脱がされていた衣服は耐えきれなかったのだ。跳ぶたびにズレてゆき、着地するたびに、一枚、また一枚と脱げ落ちていった。


 伝馬は疾走跳躍する。村を守るべく、全身全霊を駆けて走る走る。

 全身全霊というか、全身全裸である。

 一応、靴だけは履いていた。

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