露出狂闇堕ちとイジュ

 モズの村は壊滅していた。


 破壊された家と小屋。あちこちに火と黒煙が上る。傷つき倒れる人々。引き裂かれ、無惨に食い散らかされた家畜たち。血と焼ける臭いが辺りに濃く漂う。

 平穏だった頃の村の面影は、もうどこにもない。

 村は虐殺され破壊され、征服されてしまった。地も空も、ドラゴンが我が物顔で闊歩する。


 それを扇動した人間がいる。そいつは村の中央にある半壊した村長の家の屋根に胡座あぐらをかき、今なお暴虐の限りを尽くすドラゴンたちを面白そうに眺めていた。

 そいつはイジュを攫った『闇堕ち』だ。相変わらず上半身はサスペンダーだけ、という露出狂的変態ファッションである。

 その隣にはイジュがいた。イジュはフード付きの黒いローブを頭からすっぽりと被っている。そのフードの下の顔に、ヨウムの村で見せた明るさはどこにもない。


 「こんなこと、していいの……?」


 不安そうに露出狂に聞くイジュ。声に抑揚が薄い。以前のイジュと違う。

 露出狂はニッと笑って、


 「イジュは楽しいこと好き?」


 「うん、好きだよ……」


 「じゃあ楽しいことはしたほうがいいと思うでしょ? 楽しい事ならなんでもするべきよね? わかるでしょ。いい? たとえそれがどんなことでも、楽しいと思ったら絶対にやるべきなの! 人生は一度きり、楽しんだ者勝ちなのよ!」


 さも当然といったように言い放ち、狂ったように高笑いする露出狂。相変わらずの狂気。


 「で、でも、ここの人たちが困るんじゃない……?」


 「だからさ、だからこそ、いいんじゃないか! 誰かが困る、負の感情が生まれる、負の感情は自然の魔力を変質させ、闇の魔力が生まれる。闇の魔力ほど美味しいものはないでしょ? イジュ、アンタにもわかるでしょ?」


 露出狂がイジュに向かって指差す。その指の先に赤黒いもやが漂う。闇の魔力である。靄はイジュの元へと飛行機雲のように伸びていくと、イジュの肉体を包んだ。


 「あっ……」


 イジュの瞳から光が失われてゆく。代わりに、肉体に心地よい力が溢れてくる。魔力のエネルギーと快楽が、イジュの身体だけでなく、心にまで浸透してゆく。


 「これ、凄い……!」


 イジュは感嘆の声を漏らす。

 隣の露出狂はニヤニヤ笑う。


 「でしょ? でしょう? イジュ、アンタは才能がある! アタシに従えば、アンタは最高の闇の魔術師になれる! いいえ、闇の魔術なんてもんじゃない、この世界に、闇をもたらす存在にもなれるわ! そのときには、アンタの好きなもの、なんでも手に入るわよ~!」


 「ホントに……!?」


 イジュが無邪気に笑う。光を失った目に、無邪気さは却って狂気的だ。


 「ホントホント! でも、わかってるわよね? それにはアタシが必要だってこと! アタシがちゃんとアンタを教育してあげるから、アンタはちゃんとアタシの言うことを聞かなきゃダメ! わかる? わかってる?」


 「はい、師匠。わかってます……!」


 コックリと、イジュは頷いた。

 それを見て、露出狂も満足げに微笑む。


 「イイコね……。ホント、イイコ……。アタシの大事なイジュ……」


 露出狂はイジュをそっと抱き寄せる。イジュの小さな頭が、露出狂の豊満過ぎる胸の中へと沈み込んだ。それで息が苦しいのだろう、イジュは少し苦しそうにその胸を手で押し返そうとした。

 しかし露出狂ときたら、そんなことにはお構いなし、明後日の方を見て、もがくイジュに気付いていない。

 露出狂は目を細めて遠くを見つめた。


 そして、


 「来たわね……」


 呟き、顔を酷く歪ませた。それはあまりにもグロテスクな笑顔だった。狂気に満ち溢れた、醜い笑いだった。

 狂気の目が見つめる視線の先、遠くでドラゴンが一体、また一体と倒れてゆく。ドラゴンが何かと戦っている。

 ドラゴンたちは群れなして何かに襲いかかる。火を吹き、尻尾を叩きつけ、爪を立て、牙を剥き、攻め立てる。

 その全てが無駄に終わった。あらゆる手段を持ってしても、何かを倒すことはできない。逆に反撃を受け、次々と倒れてゆくドラゴンたち。あっという間に屍の山が築かれる。


 屍の山を踏み越えて、一人の少年が露出狂とイジュの前へと近づいてくる。近づくにつれ、



 ヴヴヴヴヴイイイィィ~~~~~~ンンンンンン……………!!!!



 少年の手元から発せられる振動音が大きくなってゆく。


 「来たわねぇ……!」


 露出狂の顔がさらに醜く歪む。くくっ、と喉の奥で絞るような笑いが鳴る。待ちわびたごちそうにありついたように、赤い舌が紫の唇を舐める。

 露出狂は興奮していた。大きな胸の奥の心臓は高鳴り、歪んで盛り上がった頬は赤黒く紅潮。ただの興奮ではない。彼女は目の前の少年を見て、性的な意味での興奮さえ覚えていた。


 「お久しぶり、テンマ……!」


 露出狂の口から喘ぎに似た声が漏れる。まるで遠距離恋愛の想い人と久方ぶりの再会を果たしたような艶っぽさ。


 「えっ!? テンマが来たのぉ……!?」


 イジュが言った。少年の顔を見ようと露出狂の胸から脱出を試みたが、露出狂に押さえつけられて失敗した。その声も巨大な質量を持つ脂肪の塊に遮られ、本人以外には誰にも聞こえなかった。


 少年が振動音を高らかに響かせ、村長の家の前までやってきた。

 少年は顔を上げ、鋭い目で露出狂を睨んだ。怒りの目だ。電マを握る右手に力が入る。


 「お前が、お前がこれをやったのか……!?」


 電マ……もとい伝馬は叫ぶように言った。村の惨状が彼を怒りに駆り立てた。


 ちなみに伝馬、自分が全裸だということには、まだ気付いていない。


 緊迫した空気の中でも、下のリトル伝馬は気楽そうにぶらぶら揺れていた。

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