全裸男と露出狂女 セイキの対峙!

 ここで会ったが百年目。対峙する伝馬と露出狂。いや、伝馬も全裸だからこの場では露出狂が二人になる。ややこしい。

 伝馬が目をつり上げ怒っているのに対し、『露出狂の闇堕ち』はそんな伝馬を見て不敵に笑っている。

 そんな態度にいよいよ伝馬がキレた。


 「お前がやったのかって聞いてるんだッ!」


 絶叫。全裸の少年が電マ片手にブチキレる様は色んな意味でコワい。


 「……!」


 伝馬の怒声に露出狂の闇堕ちは怯んだ。おかげで伝馬の全裸を指摘できなかった。伝馬の激怒は、全裸に電マの変態的かつコミカルなスタイルとは裏腹に、有無を言わさない迫力があった。


 「もう怒ってるじゃない……」


 露出狂はぼそっとつぶやくように言った。恋人の怒りを買って拗ねるような感じ。それがいかにもわざとらしく、伝馬は一層腹が立ってきた。


 「ああ、僕は怒ってるよ! だからもうこれ以上怒らせないでくれ。これ以上こんな真似はやめて、イジュを返して大人しく捕まってくれ」


 「ゴメン、それは無理。これがアタシの生きがいなんで!」


 ニッコリと笑う露出狂の闇堕ち。ニヤニヤ笑いの薄目の、じっとりとした視線が伝馬の下腹部へと向けられる。


 「美味しそ……」


 リトル伝馬を見つめ、恍惚の表情を浮かべると唇をぺろりと舐めた。


 「まだ人を食い物にするつもりか!」


 伝馬、ちょっと勘違い。リトル伝馬が狙われているとは思ってもいない。


 「これだけ言っても聞いてくれないなら、僕があなたにしてあげられることは、もう電マこれだけしかない……!」


 伝馬は電マの切っ先 (?)を屋根の上の露出狂の闇堕ちへと突きつけた。



 ヴヴヴヴヴイイイィィ~~~~~~ンンンンンン……………!!!!



 電マの咆哮が轟く。


 「電マそれは勘弁して! アタシ、電マそれ苦手なのよ~! だから、電マそれはこのコにお願い!」


 露出狂の闇堕ちが、その胸からイジュをポンと取り出した。


 「ぷはぁ~~~……死ぬかと思った……」


 イジュの顔が真っ赤になっている。やや酸欠気味らしい。いつぞや村長にヤられたときの伝馬と同じだ。


 「い、イジュ!? 無事か!?」


 ここでようやく伝馬はイジュに気付いた。露出狂の闇堕ちの胸の中に誰かがいるとは思っていたが、それがイジュとは思っていなかった。


 「あ! テンマ~! 久しぶり~!」


 伝馬を見て、にわかにテンションを上げるイジュ。だが、その目はどこか虚ろで、子供とは思えない不気味さがあった。


 「い、イジュ……?」


 伝馬にもそれがわかった。だが、具体的に何がおかしいのかまではわからなかった。


 「テンマ~、どうしたの~?」


 言って、その虚ろな目が伝馬の下腹部を見つめると、ニヤニヤ笑った。


 「ふふっ、今日のテンマって可愛い……」


 「イジュ……!」


 伝馬の背中に寒気が走った。今のイジュはあまりにもイジュらしくない。伝馬の目の前にいるのは間違いなくイジュだが、伝馬の知らないイジュだった。その不気味な違和感に伝馬は恐怖さえ覚えた。

 そのとき、ようやくネリネが伝馬に追いついてきた。ネリネは伝馬の横に並び立つと、露出狂の闇堕ちの隣のイジュを見て驚愕した。


 「イジュ……! ああ、なんてこと……!」


 イジュを見て、ネリネはがっくりと肩を落とした。


 「ネリネ!? どうしたんだ!?」


 「イジュが……『闇堕ち』してしまった……」


 伝馬も顔色を変えた。


 (そうか……あの不気味な違和感の正体は『闇堕ち』だったからか……!)


 伝馬はまっすぐにイジュを見つめた。虚ろな目が伝馬を見返してくる。吸い込まれるような黒さ。以前のイジュにはなかったものだ。

 突然、ネリネは杖を構え、杖の先をイジュへと向けると、


 「ファイアバースト!」


 魔術を使った。杖先から放たれる火柱がまっすぐにイジュへと迫る。

 イジュは火柱に対して手をかざした。手の先に黒い靄が生まれ、渦を巻き、迫る火柱を吸収した。


 「ネリネお姉ちゃん、急にどうしたの?」


 小首をかしげるイジュ。ネリネの魔術を、まるで子猫にじゃれつかれた程度にしか思っていないらしい。


 「ね、ネリネ!? いきなり何を――」


 伝馬の問を遮るようにネリネは、


 「今の見たでしょ!? 言っておくけど、私は本気でファイアバーストを撃ったの。なのにイジュは造作もなく簡単に打ち消して見せたわ。これが今のイジュなの。これが『闇堕ち』の力なの……!」


 唇を噛んで言った。強張った顔には額の汗とともに絶望が滲んでいる。

 そんなネリネを見て、露出狂闇堕ちが笑った。


 「アッハハハハッ!!! どう? これがアタシの弟子の力! 凄いでしょ? でもまだまだ序の口。凄いのはこれからなの。アタシがみっちり仕込めば、このコは最高最強の『闇堕ち』になれるわ!」


 ドヤ顔の露出狂闇堕ち。弟子、イジュの肩に手を置き、ご満悦。


 「テンマ、あの闇堕ちの言う通りよ。だから今のうちにイジュを殺さないといけない……」


 「こ、殺す!? なんで!?」


 「『闇堕ち』はね、一度堕ちたらずっと『闇堕ち』なの。もう元に戻る術はないの。『闇堕ち』が救われる道は死しかないの」


 「そ、そんな……」


 ネリネの言っていることは真実だろう。伝馬を絶望が襲う。


 (『闇堕ち』は死ななきゃダメだって……? そんな、そんなことがあっていいはずない……)


 ネリネの言葉が信じられなかった。信じたくなかった。それを信じるということは、イジュを殺さなければならないということだ。伝馬にイジュは殺せない。伝馬は優しい男だ。誰だって殺したくない。

 だから伝馬は思った。


 「僕は、イジュを殺さない! あの露出狂の闇堕ちだって殺さない……!」


 思ったことが、そのまま口をついて出た。絶望に押しつぶされそうな心を、持ち前のポジティブと勇気で奮い立たせる。


 「テンマの気持ちはわかるわ。でも仕方がないことなの……!」


 「いや、ネリネ、それは違う。そもそも僕の電マこれは誰も殺せないんだよ。僕は正直なところ電マこれが『伝説の魔剣』だなんて、あんまり信じてない。けれど、皆は僕をブルット・フルエールだと信じてくれてるし、電マこれを『伝説の魔剣』だとも皆思ってる。人を一切傷つけず、なおかつ人を癒やし、救ってきたとされる伝説を僕は今、心から信じてみたくなったんだ!」


 強く握った電マを見つめるその目に、絶望はもうどこにもない。元々ポジティブな男なのだ。伝説だろうとなんだろうと、縋れるものは縋る。ネガティブは苦手。たとえ根拠が希薄でも、信じたいものを信じてやってみる、それが伝馬という少年なのだ。


 「テンマ……あなたって人は……」


 『闇堕ち』は一生『闇堕ち』、それが異世界こっちの常識だ。だが伝馬は違う。伝馬は別の世界という常識の外から来た男だ。電マという世にも奇妙な不思議アイテムを持ち、男は女性に敵わないという常識が通用しない男だ。

 そんな伝馬の優しく凛々しく頼もしげな横顔を見ていると、実直で真面目で冷製で至極常識的なネリネも伝馬の言葉を、いや、伝馬そのものを信じたくなった。


 「わかったわ。テンマ、あなたの好きにして。私はあなたを信じてる」


 「ありがとう、ネリネ……」


 二人は顔を見合わせて微笑んだ。出会って数ヶ月、今までで一番、二人の心が通い合った瞬間だった。


 「さぁ、イジュ、僕が……」


 伝馬が顔を上げ、イジュの方を見ると、


 「君を救って……あれ?」


 さっきまでのイジュの目の虚ろさはどこへやら、見慣れた子供っぽいあの頃のイジュがそこにいた。

 が、その目に涙がみるみるうちに溜まってゆく。顔は紅潮し、口はへの字に曲がっている。超ご機嫌ナナメ。


 「て、て、て、テンマのバカーッ!!!!」


 イジュが大粒の涙をボロボロこぼして叫んだ。


 「い、イジュ……!?」


 突然のことに、きょとんとする伝馬。隣のネリネも呆然としていた。


 「もうテンマなんか知らなーーーい!!!」


 その瞬間、イジュの身体を黒いオーラが纏った。


 「マズい! テンマ、クるわ!」


 「ま、まさか……!?」


 そのまさかだ。イジュを覆った黒いオーラに黒雲の雷のごとく、青白く、眩く明滅する帯が幾重にも走った。

 瞬間、イジュのローブは焼けるように爆ぜた。同時にいくつもの青紫の電撃と化したオーラがイジュの全身から放たれ、五月雨のように伝馬とネリネに降り注ぐ。


 「なッ!?」


 伝馬はとっさにネリネをかばった。ネリネの前に立つと、雨あられと襲い来る電撃へ電マをかざした。



 ヴヴヴヴヴイイイィィ~~~~~~ンンンンンン……………!!!!



 電マが、電撃を打ち消した。伝馬とネリネの二人は全くの無傷だが、二人の周囲の地面は黒く焼け焦げ、大量の白い煙を吐いていた。もし、電マがなければ、二人は地面と同じように黒焦げだっただろう。


 「イジュ、なんてことをするんだ! 当たったら死んでたぞ!?」


 さすがに命の危険を感じた伝馬、煙の先、シルエットのイジュを睨んで叫んだ。

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