第一回口喧嘩バトル!

 シオンは顔を強張らせていた。口を真一文字に結び、毛先が微かに震えていた。


 「……無言は、肯定ととるわよ?」


 ネリネの杖を持つ指に、ぐっと力が込められる。杖先に光が灯る。ネリネの魔力が杖先へと集まりつつある。


 「ちょ、ちょっとネリネ!」


 さすがに魔術はまずい。喧嘩どころの騒ぎじゃなくなる。慌てて止めに入る伝馬。


 「なに? テンマ、今大事なとこなの」


 「大事なって――今、魔術使おうとしたでしょ!? ダメだよ! 魔術なんて人に使っちゃ!」


 「それは彼女次第ね。返答次第では、使わずに済むわ」


 「返答次第って……」


 伝馬が横目でシオンを見る。シオンは俯いたまま、一言も発さない。


 「ほら、早く言い訳の一つくらいしてみなさい……」


 黙ったままのシオンに厳しく詰めるネリネ。


 (嘘でもなんでも良いから、とにかく何か言ってくれ!)


 とは思っていても、さすがの伝馬も声に出しては言えなかった。


 「ふっ、ふふふ……」


 突然俯いたかと思うと、笑い出すシオン。


 「シオン……?」


 いぶかしがる伝馬。


 「何がおかしいの……!?」


 静かにキレるネリネ。目をつり上げ、シオンを睨む。杖先の魔力がどんどん大きくなってゆく。


 「別に笑ってないよ……だって、だってね……」


 そう言って、シオンは顔を上げた。そして、


 「ううぅわぁぁぁぁ~~~~~~~~ん」


 いきなり盛大に泣き始めた。子供みたいに、いや、赤子みたいに大泣きだ。大粒の涙がボロボロ落ちる。

 呆気にとられる伝馬とネリネ。いい歳の大人とは思えない号泣を目の当たりに、二人してフリーズ。


 「お~~~いおいおいおい………………」


 しゃくりあげ、声を大にして泣きじゃくるシオンに、二人とも引き気味。


 「ほ、ほら、ネリネが厳しいこと言うから……」


 「わ、私のせい!? たしかに厳しく言ったけど、だからって泣かなくてもよくない!?」


 「だって、だって、ね、ね、ネリネがぁ、ぼ、ボクに、ボクに杖向けるからぁ、魔術使ってボクを殺そうとするからぁ~~~」


 「ほぉらぁ~、殺されると思ったんだよ」


 「こ、殺しなんてしないわよ! 人聞きの悪い! ただ脅しただけで、ちょっぴり痛い目にあってもらおうともおもってたけど!」


 「ダメだよ、暴力で言うこと聞かせようなんて。ほら、シオンももう泣かなくていいんだよ。別に殺そうとなんてしてないんだから」


 「あ~ん、怖かったよぅ、テンマぁ~」


 伝馬の胸の中へ飛び込むシオン。身体全体を伝馬へとガッチリ密着させる。


 「あ、こら! テンマから離れなさい!」


 くっつく伝馬とシオンを見て、ネリネは声を荒らげた。


 「え~ん、怖いよぅ」


 シオンはさらに伝馬へとしがみつく。


 「ほらほら、脅かすから余計に離れないじゃないか」


 「て、テンマ! あなた身体で篭絡されてるのね!? 色仕掛けでヤられちゃってるのね!? だからその女をかばうのね!? その女の身体をたっぷり楽しんだってことなのね!? 全く男ってヤツぁ!!」


 「えっ? えぇッ!? ど、どういう意味!?」


 ネリネもおかしくなりはじめている。伝馬にもわけがわからない。全くもってカオス。


 「別に色仕掛けなんてされてないし、篭絡もされてないよ! 僕とシオンはそんな関係じゃないよ!」


 「だったら今すぐ離れなさい! 離れて私の胸に飛び込んできて!」


 「前半は同意だけど、後半は意味がわからないよ!」


 「あーもう! テンマから離れろこのクソアマぁッッ!」


 大事な大事な杖を放り出し、シオンに掴みかかるネリネ。もうワチャワチャハチャメチャムチャクチャだ。

 こんな激しい女同士の争いを目の当たりにし、また巻き込まれるのは、五人の姉のもとで育ったさすがの伝馬でも初めてのことで、もうお手上げだった。


 「いやだぁ~、絶対離れないぃ~、だってテンマが好きなんだも~ん。こんな強くて優しくてかっこよくて扱いやすくて都合のいい男を手放せないよ~。これからもっともっと利用して、有名になって、地位を得て、一緒に末永く幸せになるんだから~。テンマの子供たくさん産んで、幸せな家庭を築くんだから~」


 「このアマ、どさくさ紛れて何言ってんの!? ほらほら、テンマ、今の聞いた!? この一般下層平民、この期に及んでテンマを都合よく利用するって堂々と宣言してたわよ! 平民の分際で貴族目指して、男使ってのし上がろうなんて身の程知らずにもほどがあるわね!? さ、テンマ! この女の下劣で下賤で下衆な本性わかったでしょ!? だからテンマ、早く私のところへ来て! 私のほうが何倍も何十倍も何百倍も何千倍も何万倍もテンマのこと幸せにしてあげられるんだから!」


 「そんなの絶対無理~。だって朝焼けの騎士団と伝説の英雄ブルット・フルエールは相容れないから~。なぜなら伝説では、両者は古より対立し、その溝は埋まることなく深まり続け、血で血を洗う歴史がそのまま現代へとつづいてるからで~す」


 「テンマがブルット・フルエール!? んなわけないじゃない! ブルット・フルエールは大昔の人間よ! ついに頭おかしくなった!?」


 「テンマがブルット・フルエールじゃなかったとしても、その伝説を受け継ぐ『伝説の魔剣』の所持者なんです~。あなたもうすうす気付いてたんじゃないですか~? テンマの持つ不思議な武器がかのブルット・フルエールの『伝説の魔剣』なんじゃないかって。あなたにわかりやすく、朝焼けの騎士団の教義にある言葉で言うなら『邪具じゃぐキンモチ・イーイ』ですね~。騎士団が禁忌とする邪具を持つ人間と、騎士団員が結ばれるのはムリムリムリのカタツムリで~す。つまりテンマはボクと結ばれる運命なんで~す」


 「ぐぬぬ……ええぇ~い、ままよ!」


 突然、伝馬の背中に抱きつくネリネ。


 「あ、ズルい! ボクのテンマなのに!」


 「ズルいとかないです~! 先に知り合ったのは私のほうが先なんだから、優先権は私にあります~!」


 ついにシオンと同じ土俵に落ちたネリネ。


 「離れろ!」


 「離れろ!」


 伝馬を挟んで蹴り合う二人。


 「もう、何がなんだか……」


 めちゃくちゃだ。二人の女性に間に挟まれたりまとわりつかれたり、さすがの伝馬も魂の抜けたような顔になって疲れ果ててしまった。口喧嘩の間にさりげなく挟まれた二人の愛の告白にも、心ときめかせる余裕すら失ってしまっていた。


 (嫌われるよりまし、なんて思ったときもあったけど、好かれすぎるのも問題だなぁ……)


 はぁ~っとついたため息をつく伝馬。ため息と一緒に魂まで抜けていきかねない、そんな様子だった。


 修羅場はしばらく続いた。

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