フライ・ハイ! ジャンピング電ママン!

 勢いよく崖から飛び出し、落ちる伝馬とイジュ。


 (し、死ぬ! 絶対死ぬヤツ! 間違いなく確実に……!!!)


 伝馬現在墜落中。死の恐怖にビビリ散らかしたその顔面は、涙やらよだれやらでもう大変。

 対してイジュ、


 「大丈夫だって! 任せて任せて~」


 ニッコニコ。余裕があります。

 だが、地面はもう目前だ。ぺちゃんこぐちゃちゃばらばら数秒前。

 イジュは伝馬から手を離し、迫りつつある地面に向かって杖を振るった。


 「いっくよぉ~、ファイアバースト!」


 杖先からほとばしる火球が地面にぶつかり、爆ぜた。


 どかーん。


 凄まじい爆風。


 「んで、シールド展開!」


 もう一度杖を振る、魔力のシールドが伝馬とイジュの身体を包み込む。その直後、下から噴き上げる爆風が、落下する二人の身体を押し上げ、落下にブレーキをかけた。熱波や衝撃はシールドが完全に防いだ。

 つまり爆風のクッションだ。

 イジュの身体は地面間近でふわりと一瞬空中で静止した。再び落下が始まるが、もう地面との距離はわずか十センチ、イジュはきれいに着地した。


 「ね、大丈夫だったでしょ?」


 イジュはにっこり笑ったが、笑いかけるべき相手の姿がどこにもなかった。


 「あるぇ~……???」


 イジュは辺りを見回した。前後左右どこを見回してもやっぱり伝馬の姿はどこにもない。

 イジュの顔がだんだんと焦ってくる、引きつってくる、青くなってくる。


 「ま、まさか……テンマ……」


 イジュの脳裏に『爆死』の二文字が浮かんだ。

 さて、当の伝馬は、


 「うわぁーーーーーーーーーーーーーーーーー………………」


 死んでいなかった。高空を舞っていた。というより吹き飛んでいた。落ちた崖が遠く眼下に望まれるほど、はるかな大空へ舞い上がっていた。

 伝馬、イジュのシールドのおかげで無傷だった、が、イジュの下にいて爆風をもろに受けたせいで大空へと射出されてしまっていた。さすがのイジュも計算が狂ったらしい。

 イジュが着地を決めてからたっぷり十秒後、伝馬は高空からの自由落下を始めた。パラシュートのないスカイダイビングが始まった。死へのカウントダウンがリスタート。


 「ああああああああああぁぁあああぁぁぁぁぁぁぁ………………」


 落ちる伝馬の叫びを聞いたイジュ、空を見上げた。すると、


 そこには元気に自由落下する伝馬の姿が!


 「テンマぁ~~~! よかったぁ! 無事だったんだね!」


 「あああああああああああああああぁぁぁぁぁぁ…………」


 イジュの声なんて聞こえてない。自らの悲鳴にかき消されてしまっている。


 「テンマったら、飛べるなら飛べるって言ってよ! そんなに楽しそうにしちゃって!」


 「あああああああぁぁぁぁぁぁぁ…………」


 もちろん伝馬は飛べない。なぜなら人間だから。

 叫びながら落下し続ける伝馬を見て、イジュはようやく悟った。


 「ひょっとして、飛べないの!?」


 「ああああぁぁぁぁぁ…………」


 「大丈夫! イジュが助ける!」


 イジュは杖を振った。シールドを伝馬に展開し、伝馬の落下予測地点にファイアバーストを撃った。


 どかん!


 土煙を上げ、再び空中に舞い上がる伝馬。まだ高すぎる。崖を飛び越えてしまった。


 「あれ? むぅ、今度こそ!」


 どかん!


 墜落する伝馬を再度爆発させる。またまた舞い上がる。ピンボールのように空中を言ったり来たりさせられる可哀想な伝馬。

 しかも今度は角度が悪い。伝馬は村の方へと吹っ飛んでいった。


 「あわわわわわわわ~~~~~……!!!」


 「大丈夫、イジュがなんとかするから! えいッ!」


 杖を振るう。しかし何も起こらない。


 「ごめん、テンマ、魔力切れちゃった……」


 するイジュ。まさかの魔力切れ。

 もイジュの言葉も、はるか遠くへとすっ飛んでいく伝馬に見えも聞こえもしなかった。

 もう既に、いや、最初から伝馬はイジュを当てにしていない。


 (なんとかしなきゃなんとかしなきゃなんとかしなきゃなんとかしなきゃなんとかしなきゃなんとかしなきゃ………………!!!)


 助かる方法は一つしかない、というか、できることが一つしかない。

 そう、電マだ。

 伝馬には電マ以外何もないのだ。

 伝馬は電マのスイッチを入れた。



 ヴヴヴヴヴイイイィィ~~~~~~ンンンンンン……………!!!!



 唸りを上げる電マ。微かに伝わる振動が、伝馬に勇気を与える。

 今まさに墜落しているというのに、ただの電動マッサージ機器を信頼しているその姿は狂気であり、もはや猟奇的ですらある。


 (頼む、もう電マこれしかないんだ! 葵ねえ、僕を救ってくれぇーーーー!!!)


 伝馬はどこまでもマジだ。狂っているわけじゃない。ただ純粋に、ドラゴンすら倒すこの不思議な形の振動する道具を信じ切っているのだ。


 (うおおおお、地面が、もう、目の前にぃッ!!??)


 正確には地面ではなく家の屋根だった。伝馬はもう村までぶっ飛んでいたのだ。

 真っ逆さまに落ちている伝馬、その手の電マを突き出した。せめて落ちるときは、頭からより手から落ちたいのが人間心理だ。

 電マの先端が、真っ先に屋根と接触した。そのとき、



 ヴヴヴヴヴイイイィィ~~~~~~ンンンンンン……………!!!!


 屋根が揺れた。電マ先端に滞留した混沌魔力が屋根とその周囲の自然魔力を撹拌した。激しく乱れた魔力が、屋根から柱を通じて壁、地面、地面からさらに周囲の地面へと伝わり、辺り一帯を柔らかくもみほぐした。


 ヴヴヴヴヴイイイィィ~~~~~~ンンンンンン……………!!!!



 辺り一帯の全てが急激に硬さを失い、異様なほどの柔軟性を得た。それはさながら、凝り固まった筋肉がマッサージによって解れ、柔らかくなるのに似ている。

 屋根が、そして家、地面すら、まるで生きてるかのように柔らかくはずんだ。ポヨン、ボヨヨン、ぐにゃ~ん、たわわ~ん、ぷるる~ん、と。


 次の瞬間、伝馬は落ちた。激突した。半端ない速度での墜落だったが、


 「おほっ……!」


 伝馬の肉体は巨大なマシュマロにくるまれるように屋根に包み込まれ、トランポリンのように弾んだ。屋根から地面へ、地面でまた三度ほど跳ねて、無事安全に着地した。


 伝馬、見事生還。


 「あ゛ぁ~……」


 奇跡的な生還を遂げた伝馬、が、そのショックは大きく放心状態。スイッチの入った電マを握りしめたまま、しばらくその場でへたり込んでしまった。

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