走れ伝馬

 ドラゴンの襲撃が始まった。破壊されてゆく村、魔術で応戦する村人たち、ドラゴンと人間の戦いが、遠目に繰り広げられている。


 (な、なんてこと……!)


 助けてくれた村人たちを、第二の故郷ともいえる村を襲われ、伝馬は居ても立っても居られない。村を救うべく、全力で駆けた。

 とはいえ、イジュを背負っているからその歩みは鈍い。山道を子供一人背負って下るのなんてそりゃもう大変。

 そんな全力疾走が長く続くわけがない。すぐにヘロヘロ、息はぜーぜー、汗はダラダラ、歩く姿はよろよろ。もうダメダメ。

 それでも足を止めない。止めるわけにはいかない。今も目の前で村人とドラゴンは戦っているのだから。


 今度は遠く背後からもドラゴンの喚声が聞こえてきた。

 振り返ると、


 「ウソ……!?」


 遠く見える山の中腹にも複数のドラゴンいた。そこでも戦いが繰り広げられていた。空中を三体のドラゴンが舞い、山腹からは魔術らしい閃光が空に向けて放たれている。


 (ネリネが戦ってる……!?)


 伝馬は思わず、山腹に向かって足を一歩踏み出した、が、そこでとどまった。

 どう考えても間に合わない。ここからでは遠すぎる。

 それに、戦っているのがネリネなら、なおさら駆けつけるわけにはいかない。イジュを無事に村まで帰すのが伝馬の使命であり、ネリネとの約束だ。


 (ネリネ、本当は助けに行きたいけど、僕は君を信じてる……)


 ネリネは一人で充分だと言った。今はそれを信じるしかない。伝馬は村に向けて再び足を踏み出し、再び駆けた。

 と、そこで、


 「う、うぅ~~~ん……」


 背中のイジュが起きた。


 「テンマ、おんぶしてくれるのはありがたいけど、もうちょっと静かに歩いてよぉ」


 起き抜けの第一声は苦情だった。どうやら伝馬の背中は寝心地が悪かったらしい。走っているのだから当たり前だ。


 「そんな呑気なことを言ってる場合じゃないよ! ヨウムの村がドラゴンに襲われてるんだ!」


 「ふえっ……?」


 寝ぼけ眼をこすってから、イジュは目を凝らして村を見た。伝馬の言った通りの光景が広がっている。


 「た、大変! テンマ、早く村に帰らないと! さ、早く早く! 走って走って! はいやはいや! どうどう!」


 伝馬を馬扱いするイジュ。騎手に急かされるままに走り出す伝馬。名前が伝馬だから、合ってるっちゃ合ってる。


 「ちょっと! 人を馬扱いしないで欲しいね!」


 もちろん伝馬は不満だ。不満を言うくせに、ちゃんと馬のように伝馬は走る走る。


 「キャハハハハァーー! テンマってはやーい!!」


 眼下で村がドラゴンに襲われているというのに、イジュは楽しげだ。

 伝馬もなんだか楽しくなってきた。


 「よぉ~し、もっと飛ばすよ! しっかり掴まってなお嬢ちゃん!」


 「いけいけテンマ! がんばれっ! がんばれっ!」


 「うおおおおおぉぉぉぉーーーー!!!」


 人馬一体、いや、正確には人人一体となった二人、上はただはしゃいでいるだけで、大変なのは全力疾走する下だけだが、とにかく二人は一体となった。

 伝馬は楽しくなってきた。子供と一緒に童心に帰るのも、ときには悪くない。

 楽しさが伝馬に疲労感を忘れさせた。ランナーズハイってやつだ。無我夢中で伝馬は走る。


 と、そのとき、


 「違う!」


 イジュが伝馬の髪の毛を引っ張った。


 「ウゲッ」


 伝馬、竿立に……いや、四本脚ではないので、そのままひっくり返りそうになった。


 「あっ、危ないよ!」


 「ごめん、でも道が違ったから」


 「あれ? 間違えたかな? たしかこっちこっちから来たと思ったけど」


 「行きはそうだったけど、帰りは近道があるんだよ」


 そういって、くいくいと伝馬の髪を引っ張り、伝馬の首を脇の道へと無理矢理向かせた。


 「いてて、もっと優しく扱ってくれよ。で、道って、これ?」


 道と言うにはあまりにも胡散臭かった。あまりにも細く、雑然としていた。荒れ道だ。道は道でも、どちらかというと獣道に近い。とても人の行く道には見えない。


 「こっちならもうすぐだよ! さ、走って走って! いけいけ伝馬! 走れ~! 走れ~!」


 「わかったわかったってば! あんまり髪の毛引っ張らないでよ! ハゲちゃうから!」


 伝馬は荒れ道へと突入した。

 道は狭く、緑が深く、地面も凸凹している。

 なのに伝馬はさきほどとほとんど変わらない速度で走れてしまった。


 「すごいっ! 伝馬ってどうしてそんなに早く走れるの!? ひょっとしてヤってた!?」


 「ヤってないよ。てかヤるってなんだ? 自分でもわかんないけど、なんだか早く走れちゃうんだよ」


 隠れた才能を発見し、得意げに笑う伝馬。とても誇らしげだ。


 「かっこいい! 天才じゃん! よっ、馬人間!」


 「それって褒め言葉になってる?」


 進めば進むほど、獣道は緑が深くなっていった。深くなればなるほど、視界も狭く細くなっていった。

 それでも伝馬はアクセルを緩めない。アスリートで言うところのゾーンに突入している。道が険しくなればなるほど、彼は楽しくなってしまう。


 (うおおおおおおお、僕は早い! そう、馬だ、より使わされたと書いて。そう僕はダークホース伝馬! 異世界に舞い降りた一匹の天才……!)


 ハイになりすぎて、思考が少なからず馬鹿になってしまっている伝馬。馬鹿も伝馬も字面は似ている。つまり馬鹿も伝馬も紙一重。

 そんな楽しい時間も、いつかは終わりがやってくる。

 そしてそれは唐突にやってきた。


 「テンマ、もうすぐだよ!」


 「そうか……!」


 伝馬、ふと寂しさを感じた。楽しい時間の終わりとはいつもせつないものだ。

 一歩、また一歩と進むたびに視界が開けてきた。道の奥から光が差している。光というゴールに向かって伝馬は走る、ただひたすら走る。光あふれる、ゴールと言う名の栄光へと。

 あれほど深かった緑は急に途切れ、燦々とする陽の光に、目の前が真っ白になった。


 (ゴール……!)


 同時に、伝馬の頭の中でオリンピックの総集編に使われそうなBGMが流れ出した。既に脳内でインタビューのイメトレも始まっている。インタビューの予定なんてないのに。

 だが、栄光のゴールには以外な落とし穴が潜んでいた。落とし穴というよりもそこは、


 「あ、ら……!?」


 崖だった。切り立ったと~ってもたか~い崖。

 車と調子に乗った伝馬は急に止まれない。勢いよく飛び出し急転直下、栄光から物理的な転落。

 ただ今伝馬、崖を真っ逆さま急降下中。


 「い、イジュうううううう~~~~~~ッッッッ!!!???」


 哀れで情けない叫びを上げる伝馬。墜落までなまじ時間があるのが超恐い。


 「大丈夫、イジュにまかせて!」


 「任せるって!? あ! そっか! 魔術だね! 魔術で空をビューンて飛ぶんだね!」


 「あっははははははは! テンマって面白い! 鳥やドラゴンじゃないんだから、空なんて飛べるわけないじゃん! あはははは! ほんとテンマって冗談が上手いんだから!」


 「―――――――――!!!???」


 イジュの無邪気な笑い声と、言葉にならない伝馬の叫びが、崖に木霊した。

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