イジメっこには電マでお仕置き
それは突然のことだった。伝馬は不意に殴られ、尻餅をついた。
朝の人気のない村の納屋の裏、そこで伝馬は、六人の村の男に囲まれていた。
ことのあらましは至極単純。この日から村の農作業を手伝う予定だった伝馬、ネリネの紹介してくれた男連中から作業を教えてもらうということで、
「教えてやるからついてこい」
と、男連中についていくと、この有様。
農業は朝が早い。が、殴られた痛みで完全に目がさめた。じんじんひりひりする頬をさすりつつ、殴った張本人を睨む伝馬。
殴った男は伝馬を睨み返した。すごい敵意だ。この男だけじゃない、他の五人も同じように伝馬を睨む。
「あんまチョーシに乗んなよ」
殴った男が言った。
伝馬には男の言っている意味がわからない。伝馬とこいつは初対面。伝馬には恨みを買う覚えがない。
「どういう意味?」
言って立ち上がったそばから、ケツを蹴られた。伝馬は地面に両手をついた。
「お前、ネリネ様に気に入られてるからって、いい気になってんじゃねーよ、ブスが」
そこまで言われて、伝馬はようやく理解した。
(なるほど、買ってたのは恨みじゃなくて妬みか……)
思わず、口に笑みが浮かぶ。おかしくって仕方がなかった。
伝馬には、この連中が滑稽に思えた。わざわざ早朝から男六人が嫉妬して集まって、挙げ句にやることがリンチ、伝馬の感覚からするとダサい。
(でも、笑ってばかりもいられないよなぁ……)
相手は六人。しかも全員伝馬より体格がいい。最初に殴ってきたリーダー格と思われる男なんかは、身長百九十センチはありそうだ。
(いざというときは、
伝馬の腰には電マがある。もし、これ以上暴行されそうになったら、使ってやろうと思った。そのときまでは、なんとか話し合いで済む方法はないかと考えた。伝馬は平和主義者なのだ。
が、平和主義者の願望虚しく、そのときは意外と早くやってきてしまった。
「ちょっと待ってくれ。僕は別に、ネリネとはなんともないよ。一緒に暮らしているのも、僕はこっちの世界に来たばかりで家がないからってだけで、仕方なく厄介になって――」
立ち上がって弁解する伝馬の腹目掛けて、リーダー格の男から蹴りがとんできた。
とっさに伝馬は腕で防いだ。不意打ちじゃなければ防ぐことくらいはできる。伊達に幼い頃から棗ねえと喧嘩してきたわけじゃない。
「へぇ、なかなかやるな。じゃ、これは?」
リーダー格の男が、てのひらを伝馬へと向けた。てのひらから淡い光があふれ、水の塊が形成された。次の瞬間、
「ウォーターショットガン!」
水の塊が弾け、無数の水弾となって、伝馬を襲う。
まんまなネーミングだが、馬鹿にできない。凄まじい速度で放たれた水の散弾は伝馬の全身を激しく撃った。
「ッ……!!」
まるで無数の小さな手に殴られたかのような痛みと衝撃だった。ショットガンの名にふさわしい威力。伝馬は後ろへぶっ倒れた。
「おいおい、やりすぎなんじゃねーの?」
伝馬の背後にいた男が、倒れてくる伝馬をかわしながら言った。心配するような口ぶりとは裏腹に、その目は倒れた伝馬を笑っている。周りの男たち全員が伝馬を笑っている。
「アラカシちゃんの水魔術は女性並だかんねー。あんまやりすぎると死んじゃうよ」
「なーに、手加減はしてるさ。おい、チビ」
倒れた伝馬を見下すようにアラカシは言う。
ちなみに伝馬の身長は百六十九センチで、男子高校一年生としては平均より少し小さいほうだ。
「これに凝りたらネリネ様に近づくなよ。わかったな」
はい、わかりました、と従うタイプじゃない。伝馬は平和主義者だが、理不尽は許せない性質であり、普段優しいくせに怒ると怖い男でもある。
その優しい平和主義者がキレた。
立ち去ろうとするアラカシとその取り巻きへ、
「待てよ……」
伝馬、立ち上がって言った。手には電マ。満身創痍の電マ男。とっても怪しいいでたちだが、もちろん伝馬は大真面目かつ本気。すでに伝馬と電マにはスイッチが入っている。
ヴヴヴヴヴイイイィィ~~~~~~ンンンンンン……………!!!!
辺りに響き渡る電マの振動。それは怒れる獣の唸りにどこか似ているような、いないような。
「意外と根性あんな。でもよ、根性見せるのも、時と場合を考えないと――」
アラカシ、再び伝馬に向け、手をかざす。
「余計痛い目見ることになるんだぜ! ウオーターショットガン!!」
放たれた無数の水弾が、怒れる電マ男へ放たれる。
伝馬は、襲いくる水弾に電マをかざした。
「はっ! 俺のウォーターショットガンをどうにかできるとでも――」
どうにかできてしまった。水弾は電マの数センチ手前で突如勢いを失い制止、その直後、爆ぜるように粉々の水滴へと弾け散った。
アラカシ自慢のウォーターショットガンはただのミストになった。ほんのちょっぴり、辺りに爽やかな空気が漂う。清々しい朝になった。
「えっ、嘘ん……!?」
アラカシ、目が点。呆然。お仲間もご同様。誰一人目の前で起こったことが信じられず、理解できない様子。
伝馬だけが一人平然としていた。だが、その伝馬にしても、目の前で起こったことを理解していない。張本人なのに、電マがウォーターショットガンを無効化した理屈がさっぱりわからない。
(多分、昨日、マロニエさんが言っていた、混沌魔力がどーのーのなんだろうけど……)
魔力、魔術、ともに素人なので、それ以上は考えないことにした。結果としてそうなっているのだから、それでいいのだ。
「異世界人、お前、一体、なにもんなんだ……!?」
アラカシの声は震えている。恐怖している。電マ男を前にビビっている。得体の知れないものを見たとき、自らを超える遥かに強大な力を見せつけられたとき、人は恐怖する。
(この喧嘩、勝った……!)
伝馬は確信する。喧嘩はビビったら負けだ。
「僕は新堂伝馬。普通の男子高校生だ」
名乗りと言うよりおかしな自己紹介になってしまった。
自称普通の男子高校生だが、電マを持ち歩き、電マを武器とする男子高校生は、果たして普通なのだろうか。
「
男子高校生という言葉を知らないから、アラカシの頭の中ではこんな素っ頓狂な変換がされてしまった。アラカシは、恐怖となんだかとっても偉そうな字句にいよいよ混乱した。
その隙をついた伝馬、一気に距離を詰め、アラカシの懐へと入った。
「アラカシ、一発は一発だ」
伝馬の電マが、アラカシの腹に突き入れられた。
ヴヴヴヴヴイイイィィ~~~~~~ンンンンンン……………!!!!
「おッあぁっひゅううう~~~~んんん……!!!」
やけにかん高く非常に気色の悪い声を上げ、悶絶するアラカシ。緩みきった幸せそうな、そんでもってちょっと気味の悪い表情を浮かると、身体をくねくねとくねらせ、よろよろと崩れ落ちた。。
伝馬は続けて、ケツを蹴ったヤツにもお見舞いした。
「ああんッはっっふぅぅ~ふふ~~~んんんん……!!!」
こいつもやっぱりキモい声を上げ、幸せそうな顔をして転がった。
大の男が二人も一瞬にして無残かつ無様に崩れ落ちる姿を見て、
(なんとなく
伝馬、嫌悪感を感じた。生理的に男のくっそ情けない嬌声が無理だった。それはきっと本能だ。
あとは四人。だが、四人は既に戦意を失っている。伝馬にあれほど敵意を向けていた目も、今では怯懦と恐怖に彩られてしまっていた。
「まだ、やるか?」
伝馬が周りを見回して問う。四人は伝馬と目が合っただけで一歩後ずさった。返事はない。言葉はなくとも、顔にはしっかりと答えが浮かんでいた。
(ふぅ、やれやれ……)
喧嘩は伝馬の勝利に終わった。伝馬は電マのスイッチを切った。
「よし、じゃあ、これで喧嘩は終わり! 仲直りしよう!」
そう言って、伝馬は四人に笑いかけた。喧嘩が終われば、後は爽やかに仲直りするのが伝馬の流儀だ。
この楽天的で陽気な平和主義者の屈託のない笑顔に、四人の男たちは困惑した。
「あの、俺たちを、許してくれるん、ですか……?」
一人が言った。伝馬の爽やかな解決法が、あまりにも爽やかすぎて到底信じられない、といった風だ。
「もう喧嘩は終わったからね。あと、敬語はいらないよ、歳も近そうだし」
「は、はぁ、わかりました……」
伝馬に言われても、なおも敬語を崩さない。その後に四人とも謝罪の言葉を口にしたのだが、やっぱり敬語だった。
どうやら先程圧倒的な強さを見せた伝馬への畏敬の念がとれないらしい。
(……ま、無理に敬語をやめさせるのも違うか。よそ者が偉そうに言うのも違うと思うし)
とにかく和解は成立した。彼らはついさっきとは打って変わって、伝馬に舎弟のような態度を取るようになった。
農作業もちゃんと教えてもらえることになった。
その前に四人は伝馬に倒され、幸せそうにノビているアラカシともうひとりを然るべきところへ運ばなければならなかった。
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