迷子の伝馬ちゃん
伝馬、初めて訪れる王都『ハクトウ』で大興奮。
(すごい、すごい、すごい……!)
古いヨーロッパ的を思わせながらもどこか違った不思議な町並み、珍品名品特産品がずらりと並ぶ市場、往来に溢れ行き交う異人種亜人種、見るもの全てがファンタジック。
往来の、おそらく旅商人と思われる人のほとんどが女性だった。女性が強く、外で働き、弱い男性が家事をする、というこの世界の特徴は、ここでも顕著だった。
伝馬は左右をキョロキョロ、あれこれジロジロ、完全にお上りさんだ。
なぜ伝馬がお上りさんになっているか? それは単純、イジュを取り戻しに来たのだ。
『朝焼けの騎士団』の情報によると、イジュを拐った露出狂の『闇堕ち』は、『ハクトウ』に潜伏しているらしいとのこと。
そんなわけで、早速伝馬とネリネの二人は『ハクトウ』にやってきたのだが……。
「あれ?」
気がつくとネリネの姿が見えない。ついさっきまで一緒に歩いていたはずなのに。
(ひょっとして、これは迷子……?)
ひょっとしなくても迷子だった。いい歳して迷子だと素直に認めたくないだけだ。だが、いつか現実を直視せざるを得ない時が来る。そしてそのときはすぐに来た。迷子であることに気づいたとき、伝馬は心細くなり、不安に襲われた。
初めて訪れる異国の地ではぐれ、一人になることほど怖いことはない。既に宿をとっているならそこで合流できるが、伝馬は『ハクトウ』に入ったばかりで、まだ宿をとっていないのでそれは無理だ。
つまりどっからどう見ても、誰が見ても、完全無欠完璧な迷子になってしまった。
伝馬には金がない。土地勘もない。知己もない。あるのは電マだけ。
(
電マをいじりながら街の片隅で途方にくれる伝馬。背中に哀愁を漂わせている。
と、そこへ、
「痛ったいなぁ! なにぶつかってくれてんだよ! ちゃんと前見て歩けや!」
「あ? それはこっちのセリフなんですけど? お前こそどこに目ェつけてんの?」
哀愁の伝馬のすぐ目の前で言い争いが始まった。
が、伝馬は気付いてない。迷子の伝馬はそれどころじゃない。
「は? 調子こいた口きいてんじゃねぇぞ? いてこますぞボケェ!」
「ボケはテメーじゃ! やっちまうぞカスゥ!」
激しく口喧嘩する二人。ちなみに二人とも女性だ。二人とも旅商人の格好をしていて、魔術も使うのだろう、手に杖が握られている。
この二人に限らず、往来のほとんどが女性だ。この世界は女性が強く男は弱い。強い女性が外で働き、弱い男が家事全般をするのが、
しばらく罵り合っていたが、ヒートアップした二人はついに実力行使に出た。
「テメェッ!」
「ぶっ殺すぅ!」
互いに距離を取り、杖をかざしあった。そして魔術を撃ち合った。
二つの杖から放たれた閃光はぶつかり合い、爆発を起こした。
どっかーん。
当然、街はパニック。
「キャーッ!」
わいわいがやがや。
「危ないっ!」
ざわざわどやどや。
「喧嘩だ! 喧嘩が始まったぞ!」
けんけんごうごう。
「巻き込まれるぞ! 逃げろ逃げろ!」
けんけんがくがく。
一瞬にして、騒がしい街がより騒がしくなってしまった。
目の前で爆発が起こって、伝馬はようやく喧嘩騒ぎに気がついた。
(なんだなんだっ!?)
項垂れていた顔を上げると、そこには元気よく喧嘩する二人の女性。
「死ね!」
「お前が死ね!」
罵り合いながら魔術の応酬。そんな二人を見て、
(こ、これは……喧嘩……?)
ここへ来る前にネリネから聞いていた、王都は『喧嘩の都』とあだ名されるほど、喧嘩が多い、と。
異人種と亜人種、住民と旅行者溢れかえり、ところ狭しと行き交う都は人間関係が殺伐として殺気立ちがち。故に、喧嘩が多くなるのだ。
(でも、これ、喧嘩のレベルを超えているような……)
二人の魔術の応酬は凄まじい。いくつもの魔術が飛び交い、ぶつかり合い、混ぜ合い、爆ぜては飛び散る。
互いに外した魔術が周辺に多大な被害を与えていた。家屋や、市場の商品をワゴンごと破壊し、人々を傷つけていた。周りの人々は各々魔術のシールドを展開し、身と商品を守っている。
(これじゃヤクザの抗争か、テロか、過激派の暴動だよ……)
あまりにも酷く、熾烈な喧嘩を前に、伝馬は呆然とその場を動けなかった。周りが皆退避するなか、伝馬だけは至近距離から特等席に座して見物しているような形だった。
そんな伝馬の姿を見た、遠巻きに喧嘩を見守る人たちの中には、
「す、スゴイ、あの人、あの激しい魔術の中、微動だにせず悠然としている!」
「なんだあいつ!? 男に見えるけど、なんであんなに余裕と構えていられるんだ!?」
「あれはよっぽどの馬鹿か間抜けか、それとも恐れを知らない勇者か……!」
なんて伝馬を評する人もいた。
喧嘩は佳境に入った。
「死ねェェェーーーー!!!!」
「お前が死ねェェェーーーー!!!!」
特大の魔術を撃ち合う、ぶつかり、
カッ!
と、閃光。からの大爆発。
目の前が真っ白になる伝馬。
(あ、死ぬゥ……!)
伝馬、反射的に電マを取り出し、起動。
ヴヴヴヴヴイイイィィ~~~~~~ンンンンンン……………!!!!
爆発に向けて電マを向ける。電マの振動は爆発を減衰、打ち消しつつ受け流す。大爆発は大きな被害を生む前に、完全消失した。
「え……?」
「あ……?」
喧嘩をしていた二人には何が起こったのかわからない。二人は互いの魔術が起こした大爆発を見た瞬間、相打ちを覚悟した、が、そうはならなかった。二人とも怪我を負ったが命に別条はない。
一瞬の爆発の中、一人、泰然と立つ男の姿があった。
もちろん伝馬だ。
魔術の余波燻る爆心地にあって、伝馬は全くの無傷。
(あ~、びっくりした……)
しかも、この程度にしか思っていなかった。こういうのに慣れてしまっていた。ドラゴンや闇堕ちとの戦いが、伝馬を強く成長させていたのだ。
「あいつが……!?」
「やったのか……!?」
喧嘩していた二人が伝馬を見て、呟くように言った。その直後、二人ともふらりとその場に倒れ込んだ。限界まで魔術を使って、性も根も尽き果てたらしい。
「あ、あの大丈夫ですか……?」
伝馬はそっと倒れた二人に近づき、呼吸を確認した。二人とも生きていた。
(大丈夫、みたいだ……)
と、そのとき、
「わーわー、きゃきゃー」
「どんどん、ぱふぱふ」
急に周囲の人々が盛り上がり始めた。まるで突然お祭りが始まったような騒ぎ。
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